第8話 これからのこと
「あたし達、お互いが気になってたってこと、それが分かったことだよ」
「そうね、嬉しかったわ。それは私も同じ気持ちよ。
だから、明日からはもう会えないのが少しさみしい」
この一時だけでも友達になってくれた御薬袋さんをしっかりと記憶していく。肩上で少し前下がり気味に綺麗に切りそろえられた栗色の髪。優しげですこし眉尻の下がった眉と長いまつげに縁取られた、よく動いて表情豊かな瞳。そこには私が告げた別れの言葉への困惑の色が濃く浮かんでいる。
「え? なんで会えないの? 普通に教室で毎日会えるじゃない?」
「だって、私、人を襲ってしまったもの。
きっと私、もう家から出してもらえなくなる。
今までも血の誘惑に逆らえなかった人たち、みんなそうだったから」
自分でも驚くほどに暗い声が出た。鬼頭の家はそこそこ古い家柄で古臭いしきたりがいくつもある。その中には鬼の血に纏わるものもあって、そのうちの一つがこれだ。血を求めて人を襲った一族の者は、一生幽閉されるというもの。私も明日からは母屋に引き戻されて敷地から出ることなく一生を終えるに違いない。それをかいつまんで彼女に話す。
「なにそれ、意味分かんない。いつの時代の話よそれ。
そんなのあたしが黙っておけばいいんでしょ?
絶対だれにも言わない。だって友達の秘密だもの」
「その気持、とっても嬉しい。だけどやっぱり私、隠しているのが辛い……」
御薬袋さんは本気で怒ってくれている。その言葉通り、きっと黙っていてくれるのだろう。私だってこれからずっと閉じ込められて生きるのは嫌だ。だけど、それと同じくらい、自分が無意識に人を襲ってしまうことも耐えられない。
(私、なんでこんな事を御薬袋さんに話してしまっているんだろう。
彼女には関係ない話なのに)
そんな戸惑いを抱えながら私は胸の内を彼女に打ち明けていく。寒い。寒さを感じて肩をぎゅっと抱く。肩を掴んだ手が小刻みに震えていることに、自分でもやっと気がついた。道理で声がかすれるわけだ、きっと怖くなっているんだ、私。
「そっか、怖いよね。あたしも人を襲ったり傷つけたりってぞっとする。
しかもそれ、気がついたらやっちゃってるんだよね?
いつもこんな怖さに耐えてるなんて、すごいよ」
私の震える肩に手を添えてくれる御薬袋さん。暖かな手のひらが私の手に被せられて感じる暖かなぬくもり。すこし震えが収まってくる。
「でもね、きっと大丈夫だよ。だってあたしがいる」
「御薬袋さんが?」
「そう、あたし。
キミの秘密はもう知ってるんだよ?
あたしがそばにいる時なら、発作が起きても手助けしてあげられる。
キミがああなった時にどうしたらいいかも知ってるし、ね?」
そう言っていたずらっぽく右の人差し指を立てて左右に振って見せてくる。一瞬で頭の中があの指を舐めさせてもらった、背徳的で芳醇なひとときに埋め尽くされてしまう。もう、こんな時になんてことを思い出させるんだろう。やっぱり御薬袋さんは意地悪だ。
「そんなの御薬袋さんになんのメリットもないじゃないの」
「あるある、めっちゃあるよ!
あたしってほら、ふつーじゃない?
何の取り柄もないからさ、人から頼られた事あんまりないんだよね」
御薬袋さんは決まり悪気な様子でふにゃっと笑う。なんだかその顔がおかしくて私も釣られて少し頬をほころばせてしまう。なんの取り柄もないって言うけれどそんなことはない。あの子のさり気なく周りを和ませてくれるところ、真似できないって前から思っていた。
「そんなあたしが、あやめみたいな何でも出来ちゃう子に頼られる
これって、あたしにとってはすごく嬉しいことなんだ」
私の両肩に手を置いて真っ直ぐに私を見つめる御薬袋さん。その茶色がかった瞳に吸い寄せられてしまう。なんだか黄昏時のあの時の仕返しをされてるみたいな気持ち。熱っぽく口説かれてるみたいで、それが少し心地いい。
「だからさ、あたしに頼ってよ、あやめ」
「わかった、わかりました。もう私の負けよ。
今日のことは二人の秘密、そういう事にして下さい」
そう言ってあたしは小さく御薬袋さんに頭を下げた。人に頼るというのは私にとって初めての事、明日からどうしたらいいのか正直わからないけど、御薬袋さんなら私を引っ張っていってくれる。そんな気がした。
「いいね、二人の秘密。わくわくしちゃう
こんな美人な彼女との秘密、命に変えても守るからね!」
「おともだち、お友達です!
もう、御薬袋さんふざけ過ぎですよ!」
ふざける御薬袋さんに、むくれる私。ふいに彼女は真面目な顔になる。
「
御薬袋さんは自分の胸を指してもう一度繰り返す。
「あたしの名前、
その代わりあたしも鬼頭さんのことはあやめって呼ばせてもらう」
とうこ
口の中でその音を転がしてみる。友達と下の名前で呼び合うことなんて、もう随分としていない。舌が絡まる気がする。いや、多分絡まってるのは私の心だ。恥ずかしさと嬉しさが絡まってうまく解きほぐせない。もごもごと口ごもる私を御薬袋さんの期待の乗った眼差しで見守っている。
「とう、こ……」
「うん、なにかな、あやめ?」
透子はずるい。私がこんなに苦労してるっていうのに、スルッと下の名前で呼んでくる。私だって下の名前で呼び合いたい。絡まる舌を解きほぐしてもう一度。
「友達として、最初のお願い聞いてくれる?」
「もちろん、あやめのお願いならどんなものでも大歓迎だよ」
ポケットからスマホを取り出す。お願いするのは、周りの人達が当たり前にやっているのに、自分には必要のなかったこと。なんだか胸がどきどきしてきた。
「透子、私とLINEのIDを交換してくれますか?」
こんなに緊張してお願いしたのに透子はケラケラと笑い出す。
彼女の両のほっぺたを思い切り引っ張って、私はウサを晴らすことに決めた。
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