第7話 あたしのすてきな一日
「あーもう、見回りの先生に見つかったらどうしよ。
もうすっかり夜になっちゃったよ」
あたしの膝では鬼頭さんが幸せそうな顔で眠りこけてる。おかげであたしは帰るに帰れないけど、あたしがこの子にかけた迷惑を考えたら、見回りの先生に怒られるくらいしょうがないかな、なんて思う。
「流石にひとりじゃ保健室まで連れてけないし。
起きてもらうのを待つしかないよね」
鬼頭さん、指がふやふやになるまで傷口舐めてくれた後、ぱたって寝ちゃうんだもの。まあなんとなくそうなるんじゃないかって思ってたけど。舐めてくうちにどんどん気持ちよさそうな、ぽわーっとした顔になってたもんね。最後の方とか話しかけても返事ないし、目線もふらふらしてたし。これはもう倒れるんだろうなーと思ってたら、やっぱり倒れた。
「きっと血がほしいっていうのはもう収まってるはずよね。
ほんとにもう、気持ちよさそうに寝ちゃって」
いたずらでぷにっと柔らかそうなほっぺたをつついてみる。むぅ、ってちょっと不機嫌そうな声をあげて指から逃げてく鬼頭さん。普段よりちょっと子供っぽい仕草。いつもこんな感じだとみんなも鬼頭さんに声かけやすいのかなーなんて思う。
「さっきの鬼頭さん、ほんと可愛かったなー。
ずーっと子供みたいに指しゃぶりたがってて、ふふふ」
思い出すとついつい顔がにやけてしまう。指先がふやふやになるくらいに傷口をなめてもらってる間、流石にあたしも暇だったのです。悪戯で指先を逃して追いかけさせたり、舌を指先で少しくすぐったり。その時の鬼頭さんの表情とか反応とかを思い返すと、にやにやが止まらなくなる。ん、なんかあたし、楽しみすぎてたかも知れない。
「あたしのせいで迷惑かけちゃったのに、ちょっと意地悪しすぎちゃったかな?」
「そうですね、
「鬼頭さん?! いつから起きてたの?」
思いもかけず、膝の上からしっかりした返事が返ってきたのでびっくり。視線を下に落とすと、鬼頭さんが目を覚ましていた。ちょっとすねたように口をとがらせている。下から見上げてくる彼女の瞳はいつもどおりの黒い瞳。月明かりを映した瞳がきらりと輝きを放ってる。
「『ほんと可愛かったなー』あたりからです。
御薬袋さんがにやにやしてるので声かけづらくて」
「うやぁ、あたし絶対変な顔してたでしょ?!
黙ってみてるなんて、鬼頭さんのいじわる!」
「意地が悪いのはお互い様だとおもいますけど?」
膝の上から鬼頭さんが起き上がる。つややかな髪がひざの上を流れて少しくすぐったい。起き上がるのがつらそうなので手を引いて助け起こす。夜の屋上で向かい合うあたし達。
「御薬袋さん、私のこと、引き戻してくれてありがとう。
そしてごめんなさい。
私、あなたを襲ってしまうなんて、とんでもないことを……」
「キミが悪いんじゃないもの。謝らないでよ。
そもそもあたしが来なければ何も起きなかったんだし」
「屋上に来たのが悪いなんて変よ。私がちゃんと我慢できてれば……」
あたしがどれだけ鬼頭さんは悪くない、そういっても聞き入れてくれない。正直なところ今回の事はほとんどあたし一人が悪い話だと思ってる。あたしが声をかけずに帰ればよかった、それだけの話。だから鬼頭さんにこんな悲しそうな顔をさせていたくなかった。
「それにね、鬼頭さん。あたし、今日はちょっと嬉しかったんだよ?」
「嬉しかった? 怖かったのではなくて?」
お互い譲らないのでちょっと変化球を投げてみる。わざとらしく鬼頭さんの手を取って、ちょっと上目遣いに気分を出して口にしてみる。不意を突かれたようにきょとんとした顔で見返してくる鬼頭さん。
「鬼頭さんみたいな美人さんに、あんなに情熱的に迫られるなんて
あたしみたいな地味な子にはちょっと刺激つよかったなぁ」
「なっ?!」
あ、面白い。すぐに真っ赤な顔になった。あたしも人のこと言えないけど、この子こういうの免疫なさそう。もっと振り回していろんな顔を引き出してみたくなっちゃう。
「女の子同士なんて考えたことなかったけど、あたし相手なら考えていいとか」
「わ、私、そんなこと言ってない!」
「『あたしね、こんなに欲しいって思ったこと初めてなの』」
「知りません! 知りませんからね! 私がそんな事言うわけないです!」
黄昏時のやり取りを思い出して、ネタになりそうな彼女のセリフを真似てみる。ムキになって否定してくる鬼頭さんだけど、これ絶対覚えてるよね。それが分かってちょっとうれしくなる。あの怖かったけどドキドキした黄昏の時間、あれがあたしだけの幻だなって思いたくなかったから。
「そんな〜、あたしの16年の人生の中で一番ときめいた一言だったのに」
「うそよ、そのあと御薬袋さん、やめてって泣いてて
私、あなたにあんなに怖い思いさせてしまって……」
ごめんなさい、ごめんなさい って繰り返す鬼頭さん。結局ここに戻ってきちゃった。からかうんじゃなくて、ちゃんと向き合わないといけないのかも。明日からただのクラスメイトに戻るにしても、今日のことはしっかり二人で納得して終わらないといけないものね。
「ちゃんと覚えててくれてるんだ。ありがと。
確かに食べられちゃうって思って怖かったのは本当」
伏し目がちになった鬼頭さんはちょっと涙ぐんでる。そんなに悲しい顔しないでほしい。あたしにとって今日はいい日だったんだから。それを分かってほしかった。
「だけどね、前から気になってた鬼頭さんに
あんな風に迫られてドキドキしちゃったのも
やっぱり本当のことなんだよ」
握った手に力を込めて、この気持が伝わってほしい、そう願う。
「それにね、一番嬉しかったのはね」
握った手を少し引き寄せて、顔を寄せ合う。
互いに互いしか見えないくらいの距離。
鬼頭さんのきれいな瞳の中に、あたしだけが映ってる。
「あたし達、お互いが気になってたってこと、それが分かったことだよ」
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