第3話 かごめかごめ

 あたし、御薬袋 透子みなえ とうこ16才は郷土史研究部の部長を務めている。1年で部長はすごいっしょ?と言いたいとこだけど、これにはもちろん裏がある。なんとうちの部は部員があたしだけなのです! だからとうぜんあたしが部長だ。ふつうはこんな弱小部には部室も予算も渡されず廃部になるもんだけど、伝統とやらで学校側が潰したくないみたい。まああたしにとってはありがたい事だけど。


「部室を一人で好きに使えるのは嬉しいんだけど、

 こればっかりは一人でやるのしんどいよー」


 郷土史研究部は屋上の御社の管理(要は掃除)も活動のうちなのですよ。ホウキとちりとり、ゴミ袋。お掃除の三種の神器をもって、ぶーたれながら屋上に続く階段にてくてくと向かう。雨でも降ってくれたら屋上の鍵閉めて帰るだけで済むのになー。あ、でも傘持ってきてないや。それに雨ふると髪の毛が途端にまとまらなくなるし。やっぱ、雨はだめ、降っちゃダメ。


「ゆーこ、待ってったら! ねぇ、おちつこう?!」


 曲がり角で慌ただしく廊下を走っていくクラスメイトとすれ違う。部活棟から渡り廊下を渡ってこれから屋上というところ。姫川さんグループかぁ。あそこ仲は良かったはずなのにケンカでもしたのかな。地味で目立たないポジションを貫いているあたしには派閥とか関係ない話。そのまま通り過ぎて階段を登っていく。


(派閥関係ないって言えば、あの子よね。

 めっちゃ美人さんなのにどこの派閥も入ってないなんて不思議)


 派閥関係ない勢って地味キャラ集団なんだけど、その中で一人めっちゃキャラ立ってる子がいる。その名は鬼頭あやめちゃん。とにかくすごい美人さん。陽にあたったことがないんじゃないかと思うくらいの色白で、そのくせぷっくりとした唇は血色が良くて思わず触れてみたくなる。ティントとかいらなそうで羨ましい。今どき黒髪ロングでぱっつんなんて許されるのは美人さんだけだと思うけど、あの子はそれがベストスタイルってくらい似合ってる。吸い込まれるような黒い瞳はちょっと吊り目がちのアイラインで縁取られててキリッとしてかっこいい。


(あれは後輩とかできたらきゃーきゃーいわれるタイプよね。

 おねーさまー♡ みたいな。)


 頭も良くてテストの成績はいつも上位常連、おまけにモデルか?って思うほどスタイルもいい。鬼頭さんは身体が弱いとかで体育の授業は休みがちなんだけど、たまに一緒に着替えると更衣室がざわつく。あたしも正直自分のお子様体型が恥ずかしくなって近くにいてほしくないレベル。身体弱い設定なくしちゃえば、運動だって思い切りできるんだろうな、きっと。もったいない。


(それに引き換えあたしは屋上清掃が似合う地味子ですよね。

 鬼頭さん、勝手に仲間認定してごめんなさい)


 やっぱり、地味オブ地味子を地でゆくあたしと同じカテゴリに入れちゃいけない人だ、あの子。あたしと来たら背の高さも真ん中くらい、顔立ちはちょっとは愛嬌ある方だけど美人とは程遠いし、体の発育も中途半端でまだ子供っぽい。成績、運動ともに平凡。あんまり良いところもなければ、悪いところもそれほどない、それがあたしなのです。


「その上部活はぼっち活動ときたらもう、モテ要素なんてゼロですよっと!」


 景気をつけて屋上のドアを てぃやぁ! と蹴り開ける。いや、ドアは足で蹴り開けたらいけないとは思うんですよ? でも掃除道具で手がふさがってるんだから大目に見てほしいなー。


「さむっ」


 屋上に出た途端、ひゅうと風が首筋をひと撫で。前下りボブになんかしなけりゃよかった。いつもの重めボブに個性がないとかどうでもいいこと、考えるんじゃなかった。首筋が、めっちゃ寒い。


「早く終わらせないと風邪引いちゃうなー」


 東を向いている御社に向かっていくと、ちょうど西日が正面に入ってくる。なにもかも全てが真っ赤に染まってしまう。毎日のようにここの掃除をしているあたしにとってはおなじみの光景。昔から、夕暮れどきに一人でいるとついつい口ずさんでしまう童謡がある。


「かごめ かごめ

 かごのなかの とりは

 いつ いつ でやる っと」


曾祖母ひいばあちゃんには、そのクセはやめておけと言われ続けてたけど、ごめんなさい。高校生になってもやめられてません。誰もいない屋上にあたしの気のない童謡が風にのってかき消されていく。普段はそのまま謡いながら掃除をするのだけど、今日はちょっと違ってた。屋上に誰かいるみたい。さすがにちょっと恥ずかしくて、あわてて口をつぐむ。


(よあけのばんに)

      「あれ、誰かいる……」


 いつもの御社の前にいつもの鳥居。その下に、いつもはいないその子はいた。残照に照らされてどこもかしこも真緋に染まる世界。その子の周りだけが黒く切り取られている。


 ”黄昏時にうたのは、たれそ彼?”


 幻想的な光景が手の届く現実だと教えてくれるのは風にそよぐ長い髪だけ。その子の長い髪が風に揺られて、つられて黒い世界も形を変える。


(つるとかめが すべった)

      「きれいな瞳……」


 逆光の中に真っ黒に切り取られた彼女の世界、そこに一際輝く紅い瞳にあたしの視線は吸い込まれていく。その力強い瞳を、あたしはよく知っている気がした。よせば良いのに、その子の名前を呼んでしまう。


 ”逢魔が時に往きうたのは……”


(うしろの しょうめん )

       「 鬼頭おにがしらさん?」


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