第2話婿の条件

 次元戦艦、合成鬼竜に乗って東方はガルレア大陸の巳の国イザナに降り立ったアルドは、アザミに導かれ、彼女の生家へと足を運んだ。

「父上!? ご無事でござるかぁ!?」

 転がるように父の部屋に飛び込むと、アザミが叫んだ。

「おぉ、アザミ……帰って来てくれたか……」

 質素な和室の真ん中に敷かれた床の中で、豊かな髭を蓄えた、いかにも武人然とした逞しい中年男が、力強い外見からは想像も出来ないような、息も絶え絶えの返事をする。

「あぁ、そんな! イザナの荒熊と例えられた父上が、おいたわしや……」

 以前は溌溂とした男だったのだろう。見る影もない姿に、アザミはがっくりと膝を着いた。

「便りでは、あんなに元気そうでござったのに……どうしてもっと早くに教えてくれなかったでござるか!?」

「アザミよ……そう言うな。異国で一人、武者修行に励む娘を心配させじと、気を使ったのだ……げほ、げほっ!」

 激しい咳は、一息ごとに男の命を削るかのようだ。

「父上!」

 叫ぶと、アザミは父の元に駆け寄り、節くれだった大きな手を握った。

「アザミよ。そう、嘆くな。人には皆、天命というものがある。志半ばではあるが、わしは、お前という宝に恵まれた。それだけで、十分に幸せよ」

「そ、そんな弱気な事をおっしゃられるな! 父上は、きっと良くなるでござるよ!」

「こればかりは、神のみぞ知る事。だが、願わくば……最後はお前に看取って貰いたい。修行中のお前を呼び戻すのは忍びなかったが、これも最後のわがままと思い、暫くは家に居てくれぬか?」

「勿論でござる! 父上の身体がよくなるまで、いつまでだってそばに居るでござるよ!」

「そうしてくれるか……お前が家にいてくれるなら、わしの身を犯す病も、もしかしたら治るかもしれぬな……」

「そ、そうでござるよ! 父上は、拙者の知る、一番の侍! 病などには負けぬでござる!」

 アザミの言葉に、雄熊の如き男のいかつい顔が綻んだ。

「はは、アザミよ。一番は言い過ぎだ……」

 まんざらでもない様子で言うと、ふと、射るように目を細め、入口で静かに親子の再会を見守っていたアルドを睨んだ。

「して、アザミ。先ほどからそこに立っておる小僧は何者か」

「そうでした! 聞いて下され父上! あれこそが、果て亡き修行の末に拙者が見出した、飛燕天昇流を共に繁栄させるに足る、強き婿殿でございまする!」

「どうも。俺の名前は――」

 挨拶をしようと一歩踏み出した矢先。

「なんだとぉおおおお!?」

 それこそ、荒熊の嘶きの如き叫びを上げ、アザミの父が勢いよく身体を起こした。

「そんな話、手紙には書いておらなんだぞ!?」

 寝耳に水という様子で父が言う。

「はい! アルド殿には以前から想いを寄せていたのですが、中々踏ん切りがつかず。そんな状態で父上にご報告するのもぬか喜びをさせてしまうと思い、伏せておりました。しかし、この度の父上の急変がきっかけとなり、拙者も想いを告げる事が出来き、こうして連れてまいった次第でございまする」

「お父さん。俺の名前は」

「えぇい、黙れ小僧! お主にお父さんと呼ばれる筋合いはござらぬわ!」

 獣のように吠えると、アザミの父が勢いよく腕を振る。

「えぇ……」

 病人とは思えぬ変わりように、アルドは困惑した。

「父上?」

「は、しまった! ご、ゴホン、ゴホン……その、突然の事で、少々取り乱した。これも病のせいだろう。許されよ」

「大丈夫でござるよ。アルド殿は底の受けた桶のように心の広いお方。この程度の事で怒ったりはせぬでござる。なぁ、アルド殿」

「う、うん」

「ぐぬぬぬ……小童が、娘とイチャイチャしおって……」

「ん。父上、なにか言ったでござるか?」

「ゴホン! ゴホン! ただの咳であろう。しかし、アザミよ。強き婿と言ったが、その小僧は、本当に飛燕天昇流を託せる程の男なのか?」

「確かに、アルド殿は一見すると頼りないでござるが――」

「え、俺ってそんな感じなのか?」

 知らなかった事実に、アルドは一人ショックを受けた。

「意外や意外。戦いになるとこれがもう、鬼人の如く。その上、鬼の力の宿った魔剣を下げ、多くの仲間に恵まれて人望も厚く、その上ミグレイナの王とも親交のある、素晴らしい御仁なのでござる!」

「お前が言うのなら、そうなのだろう。しかし、わしは侍だ。この目で見て、直に手合わせをしない事には、その者の強さを信じる事は出来ぬ」

 そういうと、アザミの父はおもむろに布団から這い出した。

「父上!? そのようなご無理をされては! お身体に障りまする!」

「平気だ! このくらい!」

「アザミの言う通りだ! ちゃんと寝てないと!」

 二人に止められ、アザミの父は渋々布団に戻るが。

「しかし、これでは小僧の力量を測る事が出来ぬ……」

 ――ふん! なにが強き婿殿だ! とぼけた顔をして、とてもそうは見えぬ! 百歩譲ってそうだとしても、大事な娘を、こんなどこの馬の骨とも知れぬ輩になどやれるものか! しかし、今のワシは病床の身という事になっておる。本当なら、直々に叩きのめして追い払ってやりたいが、そうもいかん。さて、どうするか。

 内心でそんな事を考えると、アザミの父は言った。

「うむ、ならば、こうしよう。ゲンシン様に仕える侍に、普賢一刀流を使うシオン殿という若者がおる。彼ならば、わしの代わりとして不足なしだ。シオン殿と仕合をして、万が一にも勝てたなら。その時は、お主の強さを認め、アザミの婿殿として迎え入れよう」

「父上!? 普賢一刀流と言えば、ガルレア最強の呼び声高き流派! しかもその中でも、シオン殿は普賢一刀流の未来を担う若き龍虎の片割れと評判ではござらぬか! いくらアルド殿が強いと言っても、それではあまりに酷と言うもの!」

「なにを言うアザミよ。普賢一刀流に勝ち、ガルレア最強の流派となるは、我が飛燕天昇流の悲願なるぞ。お前の婿になるからには、それくらい出来なくてどうする」

「しかし……」

 アザミが戸惑うのも無理はない。奇縁から、アルドは以前、シオンと共に旅をした事があるが、その強さはかなりの物だった。アルドとて、多くの修羅場を潜ってきた身だ。腰には魔剣オーガベインを下げ、その身には神龍の力すら宿している。それでも、本気のシオンが相手では、必ず勝てるとは言い難い。

「大丈夫だ、アザミ」

 それでもアルドは言い切った。

「お父さんを安心させる為だ。他に手がないのなら、俺はやるよ。シオンに勝って、強い男だって証明して見せる」

「アルド殿……頼もしいでござるよ」

 目をハートにさせて、アザミは言った。

「それで、お父さん。シオンの奴は今、どこにいるんですか?」

「知らぬ」

 むっつり顔で、アザミの父は答えた。

「それを探すのも試練の内よ」

「父上!?」

「いいんだアザミ。アザミの使う剣技は凄いからな。そのくらい出来なくちゃ、認めてもらうのは無理なんだろう」

「お父さん! すぐに戻るから、病気になんか負けないでくれよ!」

 励ますと、アルドは家を飛び出した。

「アルド殿! 拙者もお供するでござるよ!」

 後ろに続くアザミを、父が引き留める。

「アザミ! お主はここでわしの看病を!」

「しかし父上、見届け人がおらねば、試練にならぬでござる! 大丈夫、アルド殿ならささっと見つけて、ズバッと勝ってくれるでござるよ! それでは、御免!」

「あ、アザミ!」

 愛しい愛娘の背中が見えなくなると、アザミの父は寂しさに震えた。

「久々に娘に会えたと思ったのに……おのれ小僧! お主など、シオン殿に斬り捨てられてしまえばいいのだ!」


 †


 そんなアザミの父の気持ちなどつゆ知らず、表に飛び出したアルド達であったが。

「して、アルド殿。シオン殿の居場所に、なにか心当たりがあるでござるか?」

「それがさっぱりなんだ。アザミの方こそ、なにか思い当たる事はないか?」

「うーむ。シオン殿は両親もござらぬし、ゲンシン殿の命であっちこっち飛び回っておられるからな。手掛かりもなしに探すのは、相当に骨が折れるでござるよ……」

「それだ!」

 閃いて、アルドは叫んだ。

「ど、どれでござるか?」

「ゲンシン様だよ。あの人なら、シオンの居場所を知ってそうだ」

「うーむ。言われてみればそうでござるが、あのゲンシン様が、素直にシオン殿の居場所を教えてくれるであろうか……」

「とりあえず、時間がない。それについては、向かいながら考えよう!」


 †


 かくして、アルド達はクロサギ城の謁見の間にやってきたのだが。

「おぉ、アルドよ。久しいな。この度はわしに何の用じゃ?」

「はい、ゲンシン様。それが、色々と込み入った事情がありまして。シオンの居場所を教えて頂きたいのです」

「ほう。込み入った事情とな。面白そうじゃ。話してみよ」

「はい。実は……」

 と、アルドは込み入った事情を話して聞かせた。

「なるほど。そこの娘の父親を安心させる為に、シオンに勝って己の強さを証明せねばならんと」

 話を聞くと、ゲンシンはニヤニヤと下衆な笑みを浮かべた。

「それにしてもアルドよ。浮いた話には興味のない、お堅い男と思っておったが。いつの間にやらそのような可愛らしい娘を捕まえて来おって。お主も中々隅に置けぬなぁ」

「せ、拙者が、可愛い!?」

 隣のアザミが、真っ赤になって肩を震わせる。

 弾みで刀を振り回さないでくれよ。内心で祈りならが、アルドは続けた。

「はい。聞いての通り、アザミのお父さんは重い病気のようで。一刻も早く婿に相応しい男だと証明して、安心させてあげたいのです」

「その心意気、アッパレじゃ! お主の男気に免じてこのゲンシン、特別にシオンめの居場所を教えて……あげないよ~ん! うわっはっはっは!」

 神妙な顔を一転させ、ゲンシンは下衆な高笑いを上げる。

「えぇ!?」

「やはりこうなったでござるか……」

 驚くアルドの隣で、アザミがげっそりと呻いた。

「なぜですか、ゲンシン様!」

「なぜじゃと? そんなの、決まっておろう!」

 ばっと、羽織をはためかせ、拳を固めてゲンシンは言う。

「お主がそのように可愛いらしい娘とくっついたら、わしが悔しいではないか!」

「……えぇ~~~!?」

「我らが侍の長でありながら、なんたる下衆さ……。叶う事なら、この場で切り捨ててしまいたいでござる」

 怒りで、アザミの肩が震える。

「ゲンシン様……あなたという人は!」

 アルドも、ゲンシンを睨み、拳を震わせた。

「どわっはっはっは! 怒ったか? 怒ったか? 残念でした~! 恨むなら、下衆なわしを頼ろうとした己の浅はかさを恨む事よ! どわっはっはっは!」

「……うぐぐぐ。拙者、もう我慢ならぬでござる!」

 アルドの想いと父への孝行、その二つを邪魔されて、ついにアザミも刀に手を伸ばす。

「ゲンシン様……ありがとうございます!」

「どわっはっはっは……へ?」

 突然のアルドの言葉に、ゲンシンは目を丸くした。

「あ、アルド殿? なぜ、そのような下衆な男に礼など……」

 アザミも、わけがわからず目を白黒させた。

「どういう事じゃ! お主は、そこの娘と祝言を上げたいのではなかったのか!?」

 アルドは静かに首を振る。

「いえ。俺はただ、旅の仲間として、困っているアザミを助けてやりたかっただけです。とりあえず婿の振りをすれば解決すると言われ、こうして東方までやってきましたが、アザミのお父さんは俺を婿とは認めてくれず、あろう事か、あのシオンに勝って来いと命じました」

 悔しそうに拳を握ると、アルドは言った。

「俺は以前、シオンと一緒に旅をしたことがあります。あいつは強い。俺じゃきっと、歯が立たないでしょう。アザミになんとかすると言った手前、こうしてずるずると、ゲンシン様の所までやってきてしまいましたが。本音を言えば、もう沢山です。ゲンシン様がそのように、シオンの居場所を教えないと言うのなら、俺としては、助かります」

「そんな、アルド殿、なにかの冗談でござろう? アルド殿は、そんな事を言うような御仁では……」

 縋るようなアザミの目に、じわじわと涙が滲む。

「ごめん、アザミ。でも、俺だって一人の人間だ。シオンみたいな強い侍と戦うのは怖いよ……」

「アルド殿……」

 涙にぬれた目に一瞬、怒りの炎が灯るが、それもすぐに、深い失望と哀しみに流されて消えた。

「どわっはっはっは! こいつは面白い! アルドよ! お主、実は下衆の才能があるのではないか?」

「そんな事言われても、嬉しくはありません。用件はこれでおしまいなので、俺達は帰ります」

「…………く、ぐす」

 あざみはもはや、言葉もないと言う様子で、ぽたりぽたりと畳を濡らしながら、嗚咽を噛み殺している。

「待て待て。折角面白くなってきたのじゃ。ここで帰しては下衆の名が廃るというもの」

 底抜けに下衆な笑みを浮かべると、ゲンシンは楽しそうに言うのだった。

「シオンの奴は丁度今、ガルレアにおる。定期連絡を終え、次の船の刻限になるまで、荒れ寺で妖魔退治をやらせている所よ!」

「ゲンシン様!? そんな、今更シオンの居場所を教えるなんて、どういうつもりですか!?」

 ぎょっとして、アルドが叫ぶ。

「だってその方が面白いんだも~ん。どわっはっはっは! さぁ、アルド! お主はどうする? その娘の心は、既にお主から離れておるようだが? 素知らぬ顔で人助けを続けるか? それとも、娘を見捨ててミグレイナに帰るか? どちらにしても、見ものじゃわい!」

「そんなの決まってます!」

 力強く言うと、アルドはアザミを振り返った。

「さぁ、アザミ。急いでシオンの所に向かおう!」

「……もういいでござるよ。アルド殿の気持ちはよくわかった。惚れた腫れたと一人で舞い上がっていた拙者が愚かであった。お主のような男の力は、金輪際借りぬ!」

「どわっはっはっは! これよこれ! これが見たかった。他人の不幸程美味い酒はないわい!」

 下衆な笑いが後ろで響くが、アルドは無視した。

「なに言ってるんだよアザミ。あんなのは、全部出まかせに決まってるだろ」

「……ぇ?」

 ぱちぱちと、アザミのつぶらな瞳が瞬く。

「普通に頼んでも、ゲンシン様は教えてくれないだろ? だから、わざとあべこべの事を言って答えを引き出したんだ」

「な、なにぃ!?」

 と、今度はゲンシンが狼狽する番である。

「ず、ズルいぞアルド! わしを謀りおったな!?」

「いつもやられている仕返しです。これに懲りたら、あまり人に意地悪をしちゃだめですよ」

 腰に手を当て、アルドは言うのだった。

「うるさいうるさい! わしに説教をするなど、百万年早いわ! お前の顔など見とうない! とっととわしの城から出ていけい!」

「言われなくても。さぁ、アザミ! 行こう!」

「う、うむ……」


 †


 そうして、クロサギ城を出てきた二人だが。

「ふぅ。一時はどうなる事かと思ったけど。上手くいって良かったよ!」

 予想以上の大成功に、アルドの顔からも笑みが溢れる。

 一方で、隣のアザミは沈んだままだ。

「アザミ? どうしたんだ? さっきから元気ないけど」

「……どうもこうもござらん。普段口先であれほど好きだの立派だのと言っておきながら、いざという時に拙者はアルド殿を信じきれなかったでござる。拙者は、自分が恥ずかしいでござるよ!」

 ぼろぼろと、大粒の涙を流しながらアザミは叫ぶ。

「アザミ……そんな、泣かなくたって」

「えぐ、ぐず……だって、アルド殿はこんなに拙者の為に頑張ってくれているのに、拙者と来たら何も出来ず、それどころか、アルド殿の優しさを疑ってしまい……あぁ! このアザミ、一生の不覚でござる!」

「仲間が困ってるんだ。助けてやるのは当然じゃないか」

 なんでもないという風に頭を振ると、アルドは微笑んだ。

「それに、もしあそこでアザミが俺の芝居に気づいていたら、作戦は台無しだったろ? むしろ、アザミが本気にしてくれたから、ゲンシン様を騙せたんだ。シオンの居場所を聞き出せたのは、アザミのお陰さ」

「はぅ!?」

 心臓を突き刺すような激しい愛の一撃に打ちのめされ、アザミは膝を着いた。

「アザミ!? どうした! 大丈夫か?」

「アルド殿……お主という奴は……いくらなんでも優しすぎるでござるよ……」

 息も絶え絶えに呟く。例の病は極限を超えて、今にもアザミは死んでしまいそうだ。

「ん、なにか言ったか?」

「何でもないでござる!」

 ニブチンなのが玉に瑕だが、そんなのは、アルドの持つ数多の美徳に比べれば、ちっぽけなものだ。

「拙者はもう大丈夫でござる。さぁ、シオン殿のいる荒れ寺へ向かうでござるよ!」

「あぁ!」

 元気いっぱい返事をすると、颯爽とアルドは駆けだした。

 その背中が太陽のように眩しく、アザミは一瞬目を細める。

「……アルド殿。今は至らぬ拙者でござるが。いつの日か必ず、アルド殿に相応しい女子になってみせるでござるよ!」

 剣を抜き、故郷であるイザナの空に誓うと、アザミもアルドの後を追った。

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