第5話 小野寺の秘密

 小野寺優人は僕達の方をみておどおどしている。


「ごめん、その…優人くんはお姉ちゃんとかいる?」


 僕は優人くんに質問をなげかける。いつもなら先に黒崎がしそうなことだが、隣の黒崎の様子を見る限り動揺をしていてそれどころじゃなさそうだった。


 黒崎だって、まさか自分が助けた男の子が小野寺渚の弟かもしれない。とまでは予想が出来なかったんだろう。まぁ、僕もこんな小説やドラマでありそうなこと想像もしなかったが。


「はい!高校生のお姉ちゃんがいます。」


 僕達の予想が確信に変わる音がした。黒崎は口をパクパクさせながら優人くんの方をずっと見る。


「僕達、お姉ちゃんの友達なんだ。良かったらお姉ちゃんについて教えてくれないかな?」


 今の黒崎ではいつものような鋭い洞察力もましてや優人くんとまともに話すことが難しいと判断した僕は優人くんに言った。


「お姉ちゃんについて、ですか…?」


 優人くんは少し不安そうになりながら僕達の方をみる。


「なんでもいいの、お姉ちゃんのことじゃなくても、あなたの家でこの数ヶ月の間、一体何が起こったのか…。私達はそれを知りたいの。」


 やっと喋れるようになったと思ったら黒崎はまた小学低学年の子に対して勢いのある質問を投げかけた。


 まあ、僕が言うよりさっき助けてもらった黒崎から聞かれた方が優人くんも話しやすいだろう。


「ここだと、お姉ちゃんが帰るの遅いって心配するから…、お家へきてください。」


 優人くんは幼いながらも何かを決心したような顔をして僕達に向かって言った。

 先程までの弱々しく、いじめられっ子のような雰囲気は彼にはもう感じ取れなかった。


「分かった、優人くん。でも話してて辛くなったら言わなくても良いからね?」


 黒崎にも彼の決心を感じたのだろう。優しい口調で言うと、僕達は小野寺の住んでいる団地へ向かった。


 3人で団地へ向かい歩き出すと黒崎はなんだか嬉しそうに優人くんを見ながら喋る。


「私、弟がずっと欲しかったんですよね。お姉ちゃんも優人くんみたいな可愛い弟がいるのは羨ましいです!!」


 急すぎる発言にびっくりするが、確かにそれは同感だ。


 優人くんは小学低学年なのに、落ちついてるし少し恥ずかしがり屋さんなのか黒崎や僕をみるが僕達が視線を合わせると恥ずかしそうに目線を外したりする。


 その動作は男の僕でも母性本能をくすぐられるような感覚を起こす。

 優人くんは黒崎の発言を聞くとまた恥ずかしそうに下を向いてしまった。


 その反応をみる黒崎は終始、 優人くんを「可愛い」と愛でていた。


 団地につくと優人くんは自分の住んでいる棟へ小走りで向かい、くるりと僕達の方を向く。


「僕の家はここだよ!」


 僕達を少し信用してくれたのだろうか、それとも子供ならではの無邪気な性格だからだろうか。

 優人くんは僕達の手を少し恥ずかしそうに引っ張りながら団地の階段の前まで連れてきた。


 黒崎をみると明らかに優人くんにメロメロになっていた。

 いつも冷静で少し人間味に欠けていた彼女を見ている僕からすると今の彼女の姿は少し新鮮だった。


 そう思いながら僕達は優人くんを先頭にして狭い階段を登っていく。

 2人通行するには少し狭いコンクリートで作られた階段は、3人の歩く時に鳴る足音をリズミカルに響かせる。


 ふと、優人くんの足音が止まる。

 すると僕達の方を見て小さな声で「ここだよ。ここが僕のおうちなんだよ!」と教えてくれる。


 小野寺の両親のしつけがちゃんと行き届いているのだろう。

 集合住宅団地で大きな声を出すと思いのほか響く。それを配慮して彼は小声で言ったんだろうと思うと、なんていい子なんだと再確認する。


 優人くんは家の前でしゃがみこんでランドセルの中から鍵を取り出し、家の鍵をあける。

 いざ人の家、しかも小学生に家を招かれるなんて思いもしなかったから僕は少し緊張をしながら小野寺の家へ入った。


 黒崎も僕と優人くんが入ったあとに「お邪魔します。」と言い、家に上がる。

 部屋は結構ボロボロな築30年以上は経っているであろう、そんなレトロな作りが僕の視界に物珍しく映る。


 靴を脱いで、同じ向きに揃えると優人くんはリビングへ向かい、僕達に手招きをする。

 黒崎が靴を脱いでいる間に僕はリビングの方へと進む。


 そこには丁寧に片付けられた4人暮らしの机と椅子が置かれていて、小さなテレビが置かれていた。

 壁には優人くんの描いた絵が飾ってあった。小野寺が取った自由研究だろうか?何かを発明して表彰されたであろうものが何枚か飾られてあった。


 優人くんは僕が壁の表彰状に視線を向けていることに気づいたんだろう。

 嬉しそうに口を開き、僕と先程 靴を脱ぎ終わりリビングに来たばかりの黒崎に教えてくれた。


「お姉ちゃん、理科が凄く得意でね、小さい頃に太陽光で動く自動ロボットを作って賞状を貰ったんだよ!」


 優人くんは小野寺のことが本当に大好きで尊敬しているのだろう。僕達に小野寺が取った賞状を指さしては何を作って表彰されたのか教えてくれた。


 黒崎は優人くんを見て優しい声でいう。


「優人くんはお姉ちゃんのことが本当に大好きなんだね」


 優人くんはそれを聞くと照れながらも嬉しそうに「うん!大好きだよ」といった。


 だが突然優人くんは寂しそうな顔をして僕達に言った。


「だから、僕も本当はお姉ちゃんには働かないで学校に行って欲しいんだ…。」


 今まで思っていても小野寺自身には言えなかったんだろう。優人くんはそう口にすると目に涙をためてぽろぽろと泣き始めた。


「大丈夫??優人くん!?」


 黒崎は心配をして優人くんの涙をハンカチで拭き取っている。

 優人くんは泣くのを必死に抑えて僕達に向かって言った。


「パパが借金をしちゃって、すると、ママがどこかへ行っちゃったんだ。そしたらお姉ちゃん、お金が無いからって毎日朝早くから遅くまで働いているんだ。」


 幼い少年が口に出した言葉はあまりにも重かった。

 こんなに辛いことを少年と小野寺は1人で悩み、誰にも相談出来ずに居たのだろうか。


 少年もお姉ちゃんに心配をかけないように、と明るく振る舞って寂しい気持ちや辛い気持ちを1人で背負っていたのではないのだろうか。


 小野寺も自分が何とかしようと弟に心配をかけず父親にも迷惑をかけないようにと学校にも行かずに働いていたのだろうか?誰にも心配や迷惑をかけたくないと担任にも相談せずに。


 そんな2人の今までの気持ちを想像するだけで僕の目からは涙が溢れて止まらなかった。

 隣をみると黒崎も下を向きながら鼻をすすり、涙を制服の裾で拭き取っては泣いてを繰り返していた。


 団地の小さな部屋でしばらくの間 涙を拭う時の音と、鼻をすする音だけが響いた。


 少し経つと皆落ち着いたのか、下を向いていた顔を上にあげる。


「でもどうして優人くんのパパは借金をしちゃったの?」


 黒崎は泣き止んではいるがまだ少し震えた声で優人くんに聞いた。


 優人くんの話をまとめるとこうだった。

 優人くんのお父さんは個人経営の会社で社長として働いていたがここ数年売上が悪く、経営難に陥っていたらしい。


 お父さんはお金の援助をしてもらう為に昔から仕事での知り合いの人からお金を借りる。すると経営は元通り、むしろ売上も上がっていったっと言う。


 するとお金を貸した人が多額の負債を抱えてしまい、少しの間お金を貸してくれないかと言われたらしい、

 何年も知り合いであり、自分がピンチの時に親切にしてもらった相手だ。お父さんも貸してしまったんだろう。


 お金を貸した知り合いは借りた次の日から消えてしまった。

 自分の名義で借りたお金は返す宛もないのに利息が膨れ上がったのだという。



 父親は最終的な決断として自己破産をしたが、父親の中で何十年も仲良くしてた人に裏切られたショックが心の傷として深く刻まれたのだろう。


 精神的に不安定になり家の少ないお金で勝手にギャンブルをしたりお酒を飲んでは暴れる日々が続いたという。耐えきれなくなった母親は小野寺と優人くんが家に帰ると姿は消えていたらしい。


 父親はその事も重なり以前より酒癖も悪くなり、小野寺がバイトに行っている間に外へ出て街中の人を暴行をしてしまい、今はアルコール依存症の人がいく施設で療養をしているそうだ。


 そんな悲惨な出来事を聞いてしまい、また僕達は下を向いているとドアノブを捻り、誰かが家に入ってくるのが分かった。


 見慣れない靴に動揺したのだろう。乱雑に靴を脱ぎ、ドタドタと部屋を走る音が聞こえた。


 後ろを見ると血相を変えた小野寺渚がそこに立っていた。


「なんで、なんで…。どうして人の家に居るんですか?」









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