第4話 一夏の計画②

 黒崎と僕はスーパーに着くと、黒崎一夏は何食わぬ顔で店に入ろうとする。



「おいおいおい!さすがに入ったらまずいだろ。」


 僕は咄嗟に彼女の腕を引き、店の前まで戻す。

 彼女は何をするんだと言いたげな目で僕を見て、ちょっと不機嫌な声色で言う。



「山崎くん、なんで止めるんですか!」


 いやいや、お前はなんで店に入ろうとするんだ。と言ってやりたい…。彼女がした行動は作戦もなく敵地に入るようなものだろう。



 黒崎は何か言いたげな僕の気持ちを汲み取ったのか、みるみるうちに口元を緩ませ薄気味悪い顔をして口を開く。



「まさか、渚ちゃんがまだ出勤しているか分からないし、もし彼女が出勤する前に私達がスーパーに居るのを見られたら逃げられる、とでも言いたいんですか?」



 悔しいがご名答だ。黒崎の昨日の発言を聞いた小野寺は明らかに僕たちに良いイメージを抱いていないのは明らかだった。


 そしてバイト先にも注意を払って通勤するに違いない、スーパーの中で僕たちを見たら小野寺は帰ってどこかへ行ってしまうかもしれないと思った。



 黒崎は僕の表情からして予想が当たったことが分かったのだろう。


 さっきまで浮かべていた薄気味悪い顔が徐々に崩れ、まるで人をバカにするかのような、笑いをいかにも私は堪えていますというような表情になる。


 いくら可愛い黒崎でさえ、この時の顔はお世辞にも可愛いとは言えなかった。むしろ見た人全員が少し腹を立ててしまう、そんな憎らしい顔だ。



「ぶはははっ!!だめ、耐えきれない!!あはははは」


 黒崎は僕の顔を見ながらゲラゲラ笑い出す。僕はここまで人にムカついたことはあっただろうか。


 今だけ彼女を殴っても良いですよと言われたら確実に殴っていただろう。



「でも、そうだろ?元はと言えば全部黒崎が悪いんじゃないか!昨日あんなデリカシーのないことをいうから…!」



 彼女は笑い尽きたのだろうか。ヒーヒーいい、乱れていた呼吸を戻すと、コホンと咳をして言う。



「まず渚ちゃんがいくら用心深い子だったとしてもバイト先までバレたことは気づいていないと思いますよ?


 たった1日家の前であった男女2人組、しかも何故学校に来ないんだ?とか言うデリカシーのない奴にそこまで警戒をするでしょうか?


 それに学校を何ヶ月も休んでまでお金に困ってバイトをしている彼女です。


 私たちを見かけても普通に対応して私達が帰るのを見計らいながら働くでしょう。帰らず待ってたら待ってたで退勤時間になったら裏口から帰るはずです。」



 確かにそうだ。いくら用心深そうな小野寺だってトートバッグから見えたエプロンと服装だけでバイト先までバレるとは思っていないだろう。


 それに黒崎が何食わぬ顔そこまで注意深くチェックしてたなんて気づいていないだろう。


 しかも彼女は黒崎一夏がどういう人間かまだ知らないじゃないか。



 あぁ、僕は深読みをしすぎて逆に空回りしている。挙句の果てには黒崎にバカにされて笑われるなんて…。


 穴があったら入りたい。まぁ、入ったところでまた黒崎は馬鹿にしてきそうだが。



「…あぁ、確かにそうだ。じゃあスーパー行くか。」


 だが言ってしまったことはしょうがない、そう言い聞かせながら僕はスーパーへ入ろうとするが、黒崎は一向に歩こうとしない。


 不審に思った僕は振り返って黒崎をみると、黒崎は何か言いたげな表情をしながら僕を見つめていた。



「どうしたんだ?黒崎、早く行くぞ。」



 黒崎は恥ずかしそうに僕を見ながら口を開いた。


「あのー…私も笑ってて忘れていたんですけど、いつまで腕を掴んだままなんですか?」



 その言葉を聞いた瞬間、僕の身体中の体温が上昇するかのようにぼうっと顔が熱くなった。



「うわぁ!!ごめん!」



 咄嗟に引っ張った彼女の腕を離して、僕達はスーパーの自動ドアの前に立つ。


 いざ自動ドアの前に立つと僕の頭の中で考えがグルグルと回る。



 ここに小野寺が居れば…僕達の予想は当たっているということになる。そう思うと1歩踏み出して歩くのが少し怖くなった。



「大丈夫ですよ、行きましょう?」



 黒崎はなだめるように優しい声で僕にいい、歩き出した。スーパーの自動ドアがあいて、僕達は店内に入る。



 小野寺は本当に居るのだろうか、居たら何故彼女は何ヶ月も休んでバイトなんかしているのだろうか。それほどお金に困っているのだろうか。もしかしたら頼る人も居ないんじゃないのか。



 そんなことを考えながらスーパーの中を歩き回る。


 レジの方をチラリと見るがどの人もおばさんばっかりで若い高校生くらいの女の店員さんは見当たらなかった。


 よく分からないが小野寺が居ないことに何故かホッとしてる自分がいた。彼女にはもっと違う理由があるんじゃないか。僕はそう思いたいんだろう。



 野菜コーナー、お肉売り場などを見渡していると、黒崎は「あ、ビンゴ。」と小さな声で呟く。



 どういう意味だ、と疑問なまま黒崎の視線を追うと僕は…これは驚きなのだろうか、身体中が固まり血がサーと引くのが分かった。



 そこには昨日見た、小野寺渚がレジにいたおばさん達と同じエプロンをつけて品出しをしていた。



 黒崎は僕の顔を見ると、何も言わずにその場にただ居てくれた。


 僕は乾いた口をパクパクと動かし、やっとの思いで声をふり絞る。


「お、小野寺…、どうして……どうしてだよ!」


 僕の声は小野寺に聞こえたんだろう。手に持っていた品出しの商品を落としたことにも気づかず、僕達の方を振り返った。



 僕達を見ると小野寺は大きく目を開いて彼女の顔の血の気がひいていくのが僕にでもわかった。



 ここから僕たちはお互い何も言えず、少しの間沈黙があった。その少しの間の沈黙が僕にはとても苦しかった。


 まるで僕の心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。でも、それはここにいる黒崎も小野寺も同じだろう。 いや、同じであると信じたかった。



 僕達3人が出すこの険悪な雰囲気とは裏腹にスーパーを訪れた賑やかな家族連れの客の声やスーパー特有の陽気な音楽が流れ、僕の耳に入っては消えたりを繰り返す。



 しばらくすると小野寺は動揺した姿を見せながらも落とした商品を掴み、品出し用に使っていた沢山商品が入っているカートひいて、小走りで食品倉庫だろうか?


 スタッフ以外立ち入り禁止と書かれているところへ向かっていった。


 小野寺がまさか本当にバイトしていたなんて…。


 一体なぜ?どうして?高校生が…学校を休んでまでお金を稼がなきゃいけないんだ…。


 僕の頭の中で疑問が出来ては悩み、出来ては悩むを繰り返す。



 いくら予想してたことにしても僕には衝撃がつよかった。



 黒崎が心配そうに僕をみる。



「大丈夫だよ、まさか本当だとは思っていなかったからさ…。」



 僕がそういうと黒崎は僕の方をみて言う。


「きっと…きっと、渚ちゃんに理由を聞けば解決策も出てきます。それに私、たくさん考えます…。どうすればいいのか。」



 黒崎は大丈夫だからといい、僕を慰めてくれた。


 僕達はそのあと二人邪悪な雰囲気をかもしながらもスーパーを出た。


 僕達の今の感情とスーパーの賑やかな雰囲気のせいで余計に辛い気持ちや苦しい気持ちが浮き彫りになる感覚に陥った。


 公園に向かうため、重たい足取りを動かすと黒崎一夏は何か考え込むような表情をしながら歩いていた。



 きっと、彼女の中で何か発見があったんだろう。いや、そうであって欲しい。僕は心の中でそう思うことにした。



 でも一体 小野寺渚は何故働いているのだろうか。

 高校生が学業という本業を捨ててまでお金を得る必要があるのだろうか。



 そう思いながら公園へ向かっていると思ったよりはやめについてしまった。


「案外はやくついたな。」


 僕がそういうと黒崎は「確かに。」と言い、辺りを見渡す。


 公園には小学低学年の男の子達が遊んでいた。人数は5〜6人だろうか?なにやら言い争いをしているようだった。


 赤いシャツを着ている少年が他の5人に何か馬鹿にされているような印象を受けた。

 喧嘩とかでは無さそうだ。僕が見る限り彼ら全員が対等な立場でいるとは思えない。



 するとガキ大将のような少年が赤いシャツを着た少年に向かって強い口調で言う。


「お前の家貧乏なんだからこんなの買ってもらえるわけないじゃん!」


 ガキ大将のような少年は赤いシャツの少年のものであろうゲーム機を手に取りながらそう言った。


 すると他の子達も「そーだそーだ。」と言い、赤いシャツの男の子をバカにする。


「本当だよ!誕生日だから買ってくれたんだ!」


 赤いシャツの男の子がそう言いながらガキ大将からゲーム機を奪おうとする。


 すると急に襲いかかってきた男の子に動揺したガキ大将は男の子の体を手でおしてしまい、男の子は体がよろけ、倒れてしまった。



「おい!」と注意しそうになったが男の子達は急に黙って怯えた顔をしていた。


 男の子の視線の方をみると明らかにいつもと様子が違う黒崎一夏がそこにいた。


 ばかっ…、あいつ何急に出ていったんだよ…!?


 僕が止めようとしたのもつかの間、黒崎は怒り狂った顔で男の子達に言う。


「なにしてんの!!これはやく返しなさい!」


 男の子達からすると血相を変え、怒鳴る黒崎はよほど怖かったんだろう。


 ゲーム機を黒崎の手に差し出すと涙目になりながらガキ大将とその仲間たちは自転車を引きながら逃げていった。


 黒崎がまだ何か言いたげな顔をしながらそそくさと逃げるガキ大将とその仲間たちの後ろ姿を眺めていると、赤いシャツを着た少年が黒崎の方を見つめている。


 黒崎は少年の視線を感じ、「ああっ、ごめんね」といい少年の方を見る。


 僕も彼女が正気になったと分かったので黒崎達の方へ向かう。


 黒崎は先程のガキ大将から押し付けられたゲーム機に傷がないか確認する。


「あいつら、本当に酷いですよね、ぼく?次ああやって言われたらちゃんとさっきみたいに言い返してね?」


 傷が無いことの確認が取れたんだろう。黒崎はゲーム機を渡そうとしていたのに、なぜかゲーム機をじっと眺めていた。


「どうしたんだ?黒崎…??」


 彼女がずっと見つめているゲーム機へ僕も視線を落とす。


「えっ…嘘だろ??」


 驚きのあまりゲーム機をみては男の子の顔を見てと繰り返す。


「ぼく、名前なんていうの…?」


 黒崎は男の子に確認という意味なんだろう。

 信じられないと言った様子で聞く。


「小野寺優人…(おのでらゆうと)、小野寺優人です。」


 男の子、いいや 小野寺優人は何が起きているのか分からない、というような様子で僕達の顔をじっと見つめた。

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