第3話 一夏の計画 ①

 この時の僕は何だったんだろうか。


 いつもの僕では絶対話さないような身の上話を、しかも知り合って一日目のましてや黒崎一夏という要注意人物に話してしまうなんてどうかしてた。





「僕の家ってさ、父が書道家で母が華道家なんだ。」



 そう、僕の家は周りから見れば由緒あるお家で母も父も僕が生まれた時から厳しくしつけられていた。



 テーブルマナーはもちろん、書道に華道や茶道など様々な習い事をしていてとても多忙な日々を送っていた。


 この時の僕の中ではこの生活が当たり前だと思っていたし、他に自由を与えられても何をすればいいのかすら分からなかった。


 自由な時間が苦痛だと感じるほどに、だ。当時の与えられたことしか出来ない僕にとっては


 苦痛な自由を与えられるくらいなら両親の為に決められたスケジュールを淡々とこなす日々の方がよっぽど楽だったんだろう。



 その日は塾の帰りに電車で帰る予定だったんだが大雨の影響で電車が1時間遅延したんだ。


「クソっ…どこか雨宿りする場所を…」


 そう言って時間つぶしになる場所を探していたら古本屋を見つけた。


 オシャレな外装の扉をひくと中には誰も居なかった。


「まぁ、店自体は開いてるみたいだしいいか。」


 そう思い、店内をウロチョロするがそこに置いてある本は古すぎるし、とても今どき高校生が読むような品揃えではなかった。


 来る場所間違えたか…と落ち込みながら辺りを見渡すと1人の作家の作品の品揃えがすごくよかった。


 僕は気になり、適当に1冊を手に取りあらすじを読んでみる。


 そこには『自由を掴み取れ』そう書いてあった。


 この時の僕にはこの本の意味がわからなかった。自由を掴み取る?自由なんてあっても無駄じゃないか、と。


 だが同時に「本当の自由」を知ってみたくなった。多分 この時の僕は薄々感じてたんだろう、


 僕の感じる自由は本当は自由ではないってことに。

 読み進めていく内に僕は本の世界に夢中になっていった。


 パラパラとめくるページの音とザーザーと降る雨の音だけが店内に響く。

 どれほどの時間が経ったんだろうか、少なくとも遅延の電車がくる1時間はとうにすぎていただろうし、そのことにも僕は気づいていなかった。


 自由の美しさが綴られている文章に僕は夢中になって文字を追い続けていった。


「おい、坊や、もう閉店だよ。」


 急に低い声が僕の後ろでしてバッと振り返る。そこには中年のお洒落に髭を生やしたおじさんが立っていた。


「あっ、すみません…!本を読んでたら夢中になってしまって…。」


 おじさんはフンと嬉しそうに鼻で鳴らし、僕に言う。


「その本を書いてる作家、誰か知ってるかい?」


 そんなことを言われたって知らないし分からない、そもそもそこまで気にして取った本ではなかったから作者まで見ていなかった。


 僕は本に裏返したりして作者の名前を探す。


「松岡虎之助…さんですね」


 松岡虎之助…初めて聞いた作家だ。おじさんはそれを聞くと嬉しそうに「そう、松岡虎之助なんだよ!」


 と僕に言う。


 どうやらおじさんもこの作家が好きみたいだ。


「じゃあここの周辺にあるのは全て松岡虎之助の作品なんですか?」


 僕が尋ねるとおじさんは「あぁ、そうさ。ここは全部彼の作品だよ。」と僕に教えてくれた。



 それから少し世間話をして、まだ僕が手に取った本は読みきれていなかったので買い取ることにした。


 そしてこの本に出会ってから僕の日常に自由が生まれた 彼は僕にとって恩人なんだ、と。



 そう彼女に伝えていると彼女は何も言わずに僕の話をずっと聞いてくれていた。


「あ、私この道曲がって帰らないといけないので、山崎くん、また明日。」


 彼女は思い出したかのように分かれ道の方へ歩き僕に挨拶をする。


「あぁ、また明日」


 僕も挨拶をして自分の家へ向かった。


 家へ帰るといつも通りご飯を食べてお風呂へ入ったりしているとあっという間に寝る準備の時間になった。


 僕は布団の中に入り今日の出来事を思い出す。

 黒崎一夏は一体何者なのか。小野寺渚は何故学校へ行かないのか…。


 黒崎はなぜ小野寺渚が学校へ行きたくないんじゃない、と言ったのか…。


 頭の中でグルグルと考えを巡らせるが何一つ分からなかった。もういい…、今日は寝よう。明日になればまた何か分かるだろう。


 この日はいつもよりはやく寝てしまった。



 ミンミンミンと煩わしい音が僕を起こす。


 蝉というのは何故こんなにうるさいのだろうか。1週間しか生きれないから短い時間で生きていることを表明しているのだろうか…。


 逆にそんなに鳴かなければ1週間以上 生きていけそうな気もするが。

 そんなことを考えながら支度を済ませ、門をでる。



 まだ7時なのに何故こんなに暑いんだ…。太陽は僕を笑うかのように照らし続ける。



 太陽に負けないと学校へ足を運んでいると交差点の信号で見慣れた黒髪の1人だけ制服が違う彼女がいた。


 うわっ…黒崎一夏だ。朝から黒崎を相手にするのはダルいと思い、顔が見えないように下を向きなんとかその場をやり過ごそうとする。


「あっ、山崎くんじゃないですか!こっちこっちー!」


 はい、無念に終わりました。さっきまでの僕の努力は全部無駄です!


 …そんなことを考えていると信号が青に変わったので、僕は黒崎が手を振る方へ歩く。



 彼女はというと、元気にこちらを見ながらずっと手を振っている。


 僕が気づいたのだから振るのをやめればいいのにと思うと少し面白くて笑ってしまう。


「山崎くんおはようございます!」


 彼女は元気に挨拶をしてくれた。僕も「おはよう。」と挨拶を交わし2人で学校へ向かい歩く。


 のんびりと歩いていると彼女は少し真面目な顔をして僕に話しかける。


「あの、渚ちゃんの件なんですが…」


 さっきまでの和やかな雰囲気が崩れたことを肌で感じた。


「うん。小野寺がどうした?」


 黒崎の話をまとめるとこうだった。昨日と同じ時刻に小野寺を待っても彼女は警戒して時間をずらして外出をするだろうし


 帰る時間も違うだろうということ。そのことを見計らって今日は遅めに彼女の家へ向かおうということだった。



 確かにその意見には賛成だ。彼女は昨日の黒崎の発言で大分僕たちに警戒してることはわかる。まぁこうなったなったのも黒崎のせいなんだが。



「あぁ、その方が良さそうだな。黒崎の言う通りにしようか。」


 僕がそう答えると彼女は嬉しそうにこちらを見て話を続ける。


 黙ってればすごく可愛いんだけどな…。


「昨日私が渚ちゃんは学校に行きたくない訳ではないって言ったじゃないですか?」と彼女はいう。


「ああ、言ってたな、あれってどういう意味なんだ?」


 僕がそう言うと彼女は続けて口を開く。


「彼女、私の予想だとなんらかの理由でお金がないんだと思います。」


「お金がない…?どういうことだ?」


 彼女の言うことには毎回驚かされるし疑問に思うが今回のことに関しては本当に何を言っているか分からなかった。


 それになぜそう思うのかも僕には理解が出来なかった。

 彼女は僕の理解が追いついていないと察知してひとつずつ丁寧に話し始めた。



「彼女は学校へ行かないんじゃくて行けないんじゃないかなって思うんです。彼女の服装をよく思い出してください。」



 彼女の服装…?まぁ予想外にも安っぽそうな服ではあったがあれくらいの服なら誰でも着ているだろう。


 そこまで貧乏そうには見えなかったが…。


「服装から見て遊びに行った訳では無いのは分かりますよね、高校3年生の女子があの格好で遊びに行くとは考えられないですし、


 彼女が昨日持っていたトートバッグの中に緑のエプロンが入っているのが見えたんです。」

 彼女の言うことにも一理ある。


 確かに華の女子高生が動きやすさ重視の服装して学校を休んでまで遊びに行くとは考えられない。しかも1人で。


 まぁ、スポーツなどを嗜んでる人なら話は違うが彼女はスポーツはあまり好んでいなかったように見える。


 だが、エプロンはなんだ?料理教室…?いや、わざわざ学校を何ヶ月も休んでやっていた事が料理教室なんてありえない。


 笑い話にもならないな。ならなんだ…?エプロン…、動きやすさ重視の服装…、引っかかりは見つかったがまだ分からない。



 小野寺渚は昨日何をしていたのか。 すると黒崎は僕の顔をみてひとつ深いため息をついて言った。


「まだわからないんですか!?山崎くん、本当に坊ちゃんすぎるでしょ!」


 彼女の急な僕に対する発言にびっくりして彼女の方を見る。すると彼女は呆れた様子で口を開く。


「バイトですよ!バイト!多分ですが渚ちゃんの家の近くにあったスーパーだと思いますよ。私あの後昨日帰りに見に行ったんです。


 そしたらパートのおばちゃんが渚ちゃんが持っているものと同じ色のエプロンつけてたんです。」


 すごい…。たった1日でここまで分かるなんて…。だから帰る時に途中で思い出すように帰ったのか。それに比べて僕はなんだよ、料理教室って…。


 さっきまでの間抜けな考えに自分でも恥ずかしくなってきた。


「本当に凄いね、黒崎の観察力は。」


 僕がそういうと彼女は照れくさそうに笑った。そんなこんなで話しながら学校へ着くと、いつもの平和な一日が始まった。



 キーンコーンカーンコーンと放送室から流れる音が4限目の終わりを僕に知らせる。


 ついに待ちに待った昼休みの合図だ。このところ小野寺と黒崎のことで頭がいっぱいで全く松岡虎之助の本が読めていなかった僕にと

 っては至福の時間になることは間違いなしだった。


 はやくご飯を食べて図書室へ行こう、そう思って机から離れようとすると目の前に誰かがいて邪魔をされた。



 上を見上げるといかにも悪そうな顔をした黒崎一夏がそこに立っていた。


「どうした?黒崎」


 僕が彼女に訪ねると不敵な笑みを浮かべて言う。


「どうしたもこうしたもありませんよ!山崎くん。」


 彼女は何を言いたいか分かるでしょと言わんばかりの表情で僕を見るが僕には何を言いたいか分からない。


「何かあったのか?」


 僕が言うとやれやれと言った呆れた表情で口を開く。


「これだから山崎くんは…。購買に行きたいんですが何処にあるか教えてくださいって言いたかったんです!」



 いや、分かるか!とツッコミたくなったが彼女と言い合いになると本を読む時間が無くなると思いグッと我慢した。



「そういうことか、じゃあ購買に行こうか。」


 僕がそういうと彼女はお財布を持って楽しそうに僕の後をつけてきた。


 そんなにお腹が空いていたのだろうか。


 購買につくと彼女はちょこちょこと動き回り、辺りを見渡す。彼女のことを待っていると彼女が僕の方を振り向き、話しかける。


「山崎くん、私何食べたらいいとおもいます?」


 いや、知るかよ。と思わず口から言葉がこぼれそうになったが必死に抑えた。


 でも彼女がここまで優柔不断な性格だとは思わなかった。


 僕の知っている黒崎一夏はいつも真っ直ぐで判断は速い人間だとばかり思っていたから彼女にも人間らしい一面があることに少し親近感が沸いた。


 するとやっと食べるものが決まったのか、彼女はレジに並ぶ。店員にお金を払い、商品を受け取ると僕の方へかけつけてきた。



「お待たせしました〜!いやぁ、あんなに品数があると迷いますねぇ。」


 そこまで品数が多いとは思わなかったが優柔不断な彼女にとっては多かったのだろう。

「じゃあ教室戻るぞ。」


 僕がそういうと彼女はハッと気づいた顔をして僕に訪ねる。


「山崎くんは何も食べないんですか?」


 あぁ、そうか。彼女はてっきり僕も購買にいって昼ごはんを買うと思っていたのか。


「いや、お弁当だから買わないよ。」


 彼女に伝えると納得した顔を見せて「お弁当も良いですよね〜」と言いながら階段を登って行った。


 教室に着くと黒崎一夏は小野寺の席へ着き、僕にこっちへ来るように手招きをする。


「今行くよ。」


 僕はそういうと自分の席へ向かって歩き、席につく。


 机の横にかけてるカバンの中からお弁当を出すと黒崎が目を輝かせながら弁当の中身を見ようとする。


 犬のような視線に思わず笑いそうになるが、知らないフリをして蓋をあける。

「わぁ、山崎くんのお母さんは料理が上手なんですね!売り物みたい!」



 言われてみれば僕の母は料理は上手な方だなと思う。全て手作りだし、冷凍食品とかは添加物が入っているだろうからと時間が無い時にも絶対にいれない。


 僕からすると友達のお弁当の中に入ってるいかにも体に悪そうなジャンクフードも憧れていたりするのだが。やはり人は自分には無いものを欲しがる性質があるらしい。



「まぁ、料理はこだわってる方なのかもね。黒崎は結局何を選んだんだ?結構悩んでいたようだが…」


 僕が訪ねると彼女は机に置いてあったものを僕に見せた。


「なんかめちゃくちゃ体に良さそうなお茶と、チョココロネです!」


 なんだ、この組み合わせは…。体にいいのか悪いのか…もはやもう分からない。しかも体に良さそうなお茶ってなんだ、根拠もなにもないセールス商品にしか見えないのだが…。



「そ、そうか…。美味しそうだな。」


 僕がそういうとにこりと笑みを浮かべチョココロネを頬張り始めた。


 僕もお弁当を食べていると、黒崎がチョココロネを半分ほど食べたときに口を開いた。

「今日は小野寺さんのバイト場所へ行ってみませんか?」



 急な発言にむせそうになった。黒崎は慌てて僕の水筒を渡す。


 水筒の中に入っている緑茶を飲み、僕は言う。


「ケホッ…ケホッ…。それは少し強引すぎないか?一歩間違えたらストーカーだぞ。」


 黒崎一夏の突拍子の無い言動は昨日から重々承知しているが今回はさすがに止めないとヤバい。


 高校生が2人スーパーで長時間待ち伏せなんて普通に考えておかしい。

 彼女はキョトンとした顔でチョココロネを頬張りながら言った。



「え?なぜです?あぁ、そりゃあ山崎くん1人で待ち伏せしてたらただのヤバいやつですが私もいるので大丈夫だと思いますよ。

 それに彼女があそこのスーパーで働いてるのをこの目で確認しないことには何も始まりません!」


 確かに言われてみればそれもそうだ。


 小野寺が何らかの理由でお金がなく、バイトをしているという予想をしていて、そしてバイト先まで予想がついている状態の僕達からすれば


 本当に小野寺がバイトをしているか確認をすることが重要なキーとなるのは明白だった。

「それもそうだな。だが黒崎、昨日みたいな失礼な発言はするなよ。」


 黒崎は はいはい。わかりましたよ、と言った口調でチョココロネをまた頬張る。


 本当にこの調子でいいのだろうか…。そう思いながら僕もお弁当にまた手をつけた。



 この日は結局松岡虎之助の本を読む時間は無かった。いや、無かったというより黒崎が学校の場所を案内しろとうるさかったので


 色々案内していたら無くなってしまった。

 転入生を相手にするのも案外疲れるものだ。


 まぁ、相手が黒崎一夏ということも疲労ポイントにはありそうだが。


 そんなことを考えながら午後の授業が始まり、あっという間に放課後になってしまった。


 終礼が終わると黒崎はカバンの中に乱雑に教科書を入れ、チャックを閉めると僕の方を見る。


「さぁ、山崎くん!行きましょう、スーパーへ!」


 彼女は張り切っているのか思いのほか大きな声で言ってしまった為、クラスメイトが一斉にこちらを見る。


 控えめに言って死ぬほど恥ずかしい。高校生2人が帰りに張り切ってスーパーへ行こうとしているなんて周りから思われていると想像するだけで恥ずかしいったらありゃしない。



「黒崎、声がでかい」


 黒崎はあっ、と声を漏らし口パクでごめんと言い恥ずかしそうに僕が支度をするのを待っていた。


 少し経つと僕の帰る支度も終わり、黒崎を連れて歩く。すると黒崎が僕の方をみて言う。



「最初にスーパーへ向かいましょう。そこで渚ちゃんがバイトしているのを見て、その後はバレないようにスーパーの隣にある公園で彼女のバイトが終わるのを待ちませんか?」


 確かにあのスーパーを少し歩くと小さな公園があった。そこをまっすぐ進み、角を曲がると小野寺の住んでいる住宅団地があるという感じだ。



 そこまで観察してたことに驚く。まぁ、黒崎の観察力が無ければ僕は小野寺がバイトしてたなんて気がつかなかっただろう。


 そうやって、考え事をしながら歩いていると黒崎は僕の顔を覗き込んだ。


「山崎くん、どうしましたか?」


 僕は彼女の目をみて「いや、なんでもないよ。」と言いスーパーへ向かい歩き始めた。

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