第2話 小野寺渚

 僕が彼女を心配すると彼女は慌てて考えごとをしてたと言った。


「あ、それより小野寺さんのお家ってここら辺ではないでしょうか?」


 彼女は地図を見ながら辺りを見渡す。


 地図というのも担任がなぐり書きで書いた曖昧な地図でもはや地図の役割を発揮出来てないものだ。


「そうだね、ここのスーパーの隣の団地だからここらへんだと思うんだけど…。」


 ちなみに僕は小野寺渚は団地に住んでいたという事実に少しの衝撃が走っている。


 僕のイメージでは大きな二階建ての一軒家に犬を飼っていそうなイメージだったからだ。



 ただの偏見といえばそうなんだが、彼女から出る高校生とは思えない余裕と落ち着きからして動物などを飼っていそうだなと以前から思っていた僕からするとこの事実は衝撃的だった。



「団地のポストがたくさん設置されてる場所で小野寺って書いてあるポストを探そう、そこで何号室かわかるだろうし」


 そう、このなぐり書き地図は団地の名前までしか書いていなくて、何号室までかは書いてなかったのだ。


 担任の天然っぷりとは言えばそれまでなんだが、いい加減しっかりして欲しいものだ。


 この前の三者面談の日も三者面談があることを忘れて1人でサーフィンに行ったような奴だ。


 もうここまで来ると呆れて仕方がない。


 そんなことを考えながら黒崎とポストを見渡し、小野寺の名前を探す。


「小野寺…小野寺はっと…」


「私に何か用ですか?」


 突然の声に2人とも驚く。


 後ろを振り返ると僕たちがまさに探していた小野寺渚がそこにいた。



 小野寺渚は僕たちがあまりにも驚いたことに対して少しびっくりした顔を見せたが、すぐにいつもの落ち着いた表情へ戻り、唇を開く。



「そこまで驚かなくても…。それより私に何か用事でもあるんですか?確か同じクラスの山崎くんと……誰?」



 小野寺は黒崎の方をチラリとみて必死に誰か思い出そうとしている。


 小野寺からしてこの子は初対面の人なんだから思い出せるはずもないが…。


 すると黒崎が見かねた顔をして口を開く。


「私、今日転校してきた黒崎一夏って言います!よろしくね渚ちゃん!」


 彼女は軽い自己紹介を済ませるとキラキラとした眼差しで小野寺を見ている。


 小野寺からすればこの反応は困るだろうな、と考えながら僕は小野寺の方を見る。


 げっ…小野寺はあからさまにフリーズしているではないか。


 そりゃあそうか今まで誰とも関わらないで本だけを読んでいた彼女からすれば人と話すこと自体が緊張するものに違いない。


 ましてや何ヶ月も学校へ行っていなかった彼女だ。



「黒崎、小野寺が困っているだろう」



 僕が黒崎に言うと黒崎もしぶしぶ小野寺の顔をまじまじと見るのをやめた。



 静かになったところで本題に入るか…。


 でも何故小野寺は外にいたんだ?外に出れるっていうことは病気では無さそうだ。


 それに比較的に動きやすそうな無地のパーカーとジーンズ、どこかへ行ってたということには違いなさそうだが…。



「渚ちゃんはなんで学校に来ないんですか?」



 黒崎のストレート過ぎる質問に僕は驚き思わず彼女の方を見た。


 いや、いくらなんでもこんなに直球で聞くヤツがどこにいるんだろうか…。



 小野寺へ視線を向けるとあからさまに嫌そうな顔をして黒崎の方を見ていた。


 当たり前の対応だ。初対面の人にいきなりこんなデリケートな話題をされたら僕だってこの表情になるだろう。



「担任から聞きにいけって言われたの?」



 小野寺はそうポツリと呟くと、僕達に寂しいといえばいいのだろうか、切なげな目をした。


「あ、すみません。家で弟が待っているので…」


 彼女はそう言うとタタタタっと階段を逃げるように登っていった。


 やらかした。これは普通にやらかしたぞ…。


 理由どころか普通に距離を置かれてしまった。


 これじゃあ理由も聞けないし会ってすらくれなくなる。


 ましてや返したかったシャープペンシルも返せずに終わる。


 そんな僕を隣にしてもなお、黒崎はおちゃらけた顔をしている。


「どうするんだ、黒崎。黒崎があんな直球に聞くから彼女嫌がって帰ってしまったじゃないか。」


 僕が少し強めに彼女に指摘すると彼女は何が悪いのか分からない顔をして僕に言う。



「これでいいんですよ、また明日行きましょう。」



 予想外の返答に思わずまぬけな声が出そうになる。



「どういうことだ?」僕がそう聞くと彼女は少し考え、説明をし始めた。



「彼女の服装、覚えていますか?」


 予想外の質問に少しびっくりしたが僕は答える。


「ああ、無地のパーカーにジーンズだろ?」


 黒崎は惜しい!と言い僕に続けて言う。


「彼女の靴とバックも覚えているとGoodですね、服は山崎くんが言った通り無地のパーカーとジーンズで間違いありません。

 そして、靴はクッション性のある実用的で長時間履いてても疲れなさそうなスニーカー、バックは大きめのトートバッグを背負っていませんでしたか?」



 この短時間の間にそこまで見てたのか…。


 それに黒崎が話している時にジロジロ服装を見るような様子も感じられなかった。


 やはりこの子只者ではない…。


「その靴とトートバックが何か関係があるのか?」


 だが僕には彼女の言うことが分からなかった。


 というより小野寺がスニーカーとトートバッグを身につけていたからと言って彼女が学校を休んでいる理由は分からないと思ったからである。



 黒崎はまだ気づかないの?と言いたげな表情をし、重たそうに口を開いた。


「これは個人的な私の見解なのですが、渚ちゃんは学校に行きたくなくて休んでいる訳では無いと思います。」


 彼女に何故そう思うのかを聞いたがまだ鈍感な僕にははやいと言って今日は教えてくれなかった。


 その後、黒崎が今日はもう遅いから帰ろうと言ったので素直に今日は帰ることになった。

 2人で帰っていると黒崎が僕に言った。



「その…山崎くんは松岡虎之助のどこが好きなんですか?」



 予想外の質問だった。もう松岡虎之助のことは彼女の頭の中から忘れているとばかり思っていたし、


 彼女が彼に興味を示すとは思わなかった。でも彼に興味を抱いてくれるのはこの時の僕にとっては嬉しかった。


 それに彼女は彼のことを知っていそうだ、朝 僕は、松岡虎之助のことを小説家と言ってないのに本へリンクさせて話を続けたということは彼女も名前くらいは知っているのだろう。


「僕にとって松岡虎之助は恩人なんだ。」



 僕はそう言い、松岡虎之助と僕の出会いを話すことした。

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