パンプキンパイと子持ちのバツイチ
琴音は「やばっ」と思い反対方向を向く。
二人はベーカリーの前で立ち止まって、何かを探している様子だ。
すると二人の話し声が聴こえてくる。
「おかしかねぇ。琴音、ここでバイトしよるはずっちゃけどなあ?」
「もしかしたら、中でパン焼いてるんじゃない?」
「幾ら何でも、バイトにパンは焼かせんやろ」
「もしかして、コスチューム作るのが嫌だから、嘘ついたのかも」
めいが疑う。
「でもあいつ、そんなところは馬鹿正直やけん、それはなかと思うばってん」
パミュは首をかしげる。
三メートルほど離れた場所で、着ぐるみを着た琴音は後ろを向いたまま、二人が去るのを待っていると、五歳の女の子が叫んだ。
「パパ、パンプキンおねえちゃんと一緒に、写真撮って!」
琴音にしがみついてきた。
「だめだめ、ハナ。おねえちゃんお仕事中だから、じゃましちゃあ、ダメだよ」
近づいてくる父親が、女の子の手を取る。
「どうもすみません」
父親は琴音に謝る。
「でもハナ、パンプキンおねえちゃん、と写真撮りたい!」と譲らない。
「わたしは大丈夫ですから」
「本当にいいんですか?」
「はい」
「じゃあ、お父さんが写真撮るから、チーズして」
「チーズ」
ハナを琴音が抱きしめた。
「ありがとうございます。助かりました」
父親は礼を述べた後、ベーカリーに入って、パンプキンパイを買い始めた。
パミュとめいが信じられないという顔で、琴音を覗き込む。
「琴音がパンプキンになるとは、思っても見んかった。
しかもこの天神新天町のど真ん中で。
やっぱり、北九州の女は根性あるね。
わたしは絶対しきらん」
パミュは尊敬の眼差しで見る。
「パミュから言われたら、褒められとんか、ばかにされとんかわからん」
「これは尊敬の眼差し、見て、見て」
瞼を何度もパチパチさせる。
「これ絶対にインスタ・モーメントだから、チーズ」
めいがシャッターを押した。
「それ見られたら、ヤバ過ぎる!」
「琴音、いくらカボチャになりたくても、誰もがすぐになれるもんじゃないよ。これもあんたの青春の一ページ」
琴音はめいから携帯を取ろうとする。
こうして琴音の着ぐるみバイトは始まった。
三日に一度はハナと父親は、パンプキンパイを買いに来る。
二人は必ずパンプキンおねえちゃんと写真を撮った後で、二人用の一番小さなパイを買って帰る。
ある日、ハナが初めて一人でパンプキンパイを買いに、店の中に入った時に、琴音は父親と話す機会が出来た。
「いつも娘と写真を撮ってくれて本当にありがとう」
「いいえ、ハナちゃん可愛いから。でもいつも二人だけなんですね」
「ちょうど仕事の帰りに、幼稚園からハナをピックアップしてここに来るんです。『ハナ、パンプキンおねえちゃんに会うんだ』って、とても楽しみにしてますよ」
「そうですか、うれしい。でもおかあさんは?」
「妻とは離婚して、僕、バツイチです」
「ああ……ごめんなさい、変なことを聞いて」
「全然気にしてませんから。だから僕とハナの二人だけなんです」
「ハナちゃんがかわいそう」
「そうですね。ハナ、何も弱いとこみせないけど、寂しいと思います。それもみんな、僕の責任ですから……」
父親は黙り込んだ。
琴音は二人に深い愛情を感じ始めていた。
多分、母性本能を刺激されたのだろう。
ハナがパンプキンパイを買った後、二人の元へ戻ってきた。
「ハナ、ひとりで買えたよ」
「ハナちゃん、すごい」
「よく出来たね、ハナ」
「じゃあ、家に帰ろうか?」
父親がハナの手を取る。
「じゃあ、パンプキンおねえちゃん、またねっ」
二人は歩き始める。
ハナは何度か振り返って、琴音に手を振った。
琴音もハナに手を振る。
二人の後ろ姿を見送りながら、琴音は今まで感じたことのなかった思いを、父親の後ろ姿に感じ始めた。
「あの人も、とても寂しいんだ……」
また二人の顔を見るのが待ち遠しく思う、感情の変化に気づいた自分に驚かされる。
もしかして、あの年上の男性に恋をし始めたのではないかと、自分を疑い始める。
十八歳の女の子の思いは、竹のように素直だった。
心が締め付けられるように苦しい毎日が続く。
もう耐えられないと思った時に、誰かに自分の思いを話したくなる。
琴音を心から理解してくれる友達は、パミュとめいだけだが、話した後で、二人から何と言われるかが怖かった。
琴音は話せる機会を待っているが、なかなかチャンスが回ってこない。
ハロウィーンまで後一週間前の、リハーサルの準備をしていた時にチャンスが訪れた。
パミュがチョコを売店に買いに席を立った時に、琴音は恋愛には経験豊かなめいに話しかけた。
「めい、ちょっと相談に乗ってもらっていい?」
琴音は言いにくそうに尋ねる。
「もちろん、でも、なあに?」
「ちょっと、言いにくいけど、好きな人が出来て。まだ打ち明けてないけどね」
「本当? いいじゃん。手伝うわよ。何すればいい?」
「何もすることは無いんだけど、どう告白していいかわからんのよ」
「学校の先輩?」
「いやっ、バイト先で……」
「そうか、バイトの仲間かっ」
「実はバイト先に来るお客さん」
「お客さん?」
「そう」
「それちょっと難しいよね。喋れる時間もほとんど無いだろうし。
客にアプローチもかけられないしね」
「その人、三日に一度ぐらいのテンポで、パンプキンパイを買いに来るの」
「それって凄くない? じゃあ、脈はあるんだ」
「それも、私に会いに来てくれるんだけど」
「ほんとに?」
「まあ、そうなんだけど」
「それじゃあ、全然問題無いじゃん。琴音、何を困ってるの?」
「実は、うちに会いに来てくれるのは、その人の娘さんで……」
「その人の娘さん?」
「そう」
「もしかして、その人と不倫の仲?」
「違うって! その人、離婚したの」
「あんた、子持ちのバツイチに惚れてんの?」と大きな声で叫んだ。
「シーッ、声が高いよ! パミュに聞かれたら大変」
「そりゃそうでしょ、パミュからボロクソに言われても、しょうがないわよ!」
「だから、めいに頼んでるんやん。助けて」
「それ絶対ヤバい」
「どうしよう?」
「アクションを起こす前に、忘れるべきじゃない?」
「そんなーっ」
「親友として、それ手伝えない。だって琴音に好いとは思えないから」
「じゃあ、パミュには内緒にしといてね」
「当たり前でしょ、こんな話言えるわけないわよ」
琴音は罪悪感に苛まれるが、彼女の気持ちは反対に高ぶっていく一方だった。
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