第30話 ヤンキーも木から落ちる



 琴音はステージの上をモデルらしく歩く。


 目の前は幾つものライトで眩しい。


 ステージの周りは暗くてほとんど何も見えない。


 琴音は虚ろな目をしながら、白いランウェーを歩き続ける。


 会場内からは大きな拍手が起こった。

 

琴音は軽快な足取りで、ステージの端まで歩いてポーズを決めようとした時に、


「お姉ちゃん!」

という大きな声が会場内に響き渡った。


 かつおの声を聞いてみんなは笑い始める。


「嘘っ、悪夢っ」

と琴音が思った瞬間、弟の顔を懸命に探すが、虚ろな目をしている為に視点をフォーカス出来ない。


 おまけにターンする左足を踏み外してバランスを崩した。


「これ、超ヤバっ」

と思った時には、高さ八十センチのランウェーから転落する自分に気がつく。


 まるでスローモーションの映画を見るように、琴音はステージの下に落ちた。


 ランウェーの下で見ていた観客は、一斉に「キャーッ」と叫んで逃げ去る。


 落ちる琴音の先には、硬いコンクリートの床が待ち構えていた。


 琴音の体が硬い床に打ちのめされた後で、クラスメートたちは、心配そうに琴音を抱き起こそうとする。


「琴音、大丈夫?」


「もううちの人生、これで終わりや」

と思いながらも、琴音は自力でステージによじのぼった。


 あたかも何もなかったように、ランウェーの上で笑顔を振りまいて歩き去ったが、不幸にもかつおの携帯が一部始終を記録していた。


 自分の姉の将来を考えるという、思慮深い思いは、かつおには浮かばない。


 ただ特ダネを掴んだ新聞記者のように、このアクシデントをユーチューブに素早くアップした。


 琴音がステージ裏に戻ってきた時、パミュがことの真相を聞く。


「琴音、どげんしたと? 何かあった?」

と心配そうだ。


「いやあ、大したことないっちゃ」

といかにも平常を装う。


 めいが携帯でアップされたユーチューブを、申し訳なさそうに琴音に見せた。


「畜生—っ! かつおの糞バカっ、ぶっ殺してやる!」


 琴音は大声で喚いた。


「もうわたしのデザイナー人生、始まる前から終わった」


 パミュは両手で頭を抱えた。


 坂本校長の声がマイクから流れる。


「では今からロリータ・ファッションショーの校長賞を発表します」


 あたりは緊張感とともに静まりかえる。


「校長賞は……」


 坂本校長の声が止まる。


 生徒全員は祈るように目をつむった。


「いわたさんの作品です! 

 岩田さん、ステージに出て来てください」


「やっぱり、シャネルだ」


 めいが落胆した声をあげる。


「言ったでしょ、初めから無理だって」


 シャネルは三人の顔を見て皮肉を叩いた。

 

 三人は嬉しそうにステージ裏から、ランウェーに走り去るシャネルの後ろ姿を追う。


「ごめん、これ、わたしのせいだから……」


 琴音がショボンとした声で二人に謝る。


「はじめからシャネルの方が有利だったんだから、ここは気を落とさずに……」


 めいが二人を励まそうとする。


 琴音とパミュは頭をガクッと垂らして、立ち上がる力もない。


 二人の目の前が真っ暗になった時に、また坂本校長の声が聞こえて来る。


「皆さん、今日は特別に学長が来ています。

 今回、皆さんの作品を見て、特別に学長の方から学長賞を贈りたいとのことです」


「学長賞は……」


 坂本校長は声を高める。


 みんなは声を鎮めた。


「桜さん、西田さん、佐藤さんのグループ作品です。

 ステージ裏の三人おめでとう!」


 坂本校長の声が大きく響き渡る。


「あれ、うちらやろ?」


 琴音が叫んだ。


「わあっ、どげんしよう?」


 パミュがパニクる。


「とにかくステージに出なきゃ……」


 めいは二人の背中を押して、舞台裏を出て行く。


 そこには、みんなの拍手に囲まれた校長と学長の二人が立っていた。


 三人は信じられないという顔をして、周りを見回す。


「桜さん、西田さん、佐藤さん、おめでとう」


 学長は祝福の言葉を始めた。


「今回は作品もさることながら、桜さんがステージから落っこちても、

 懸命に這い上がって最後まで笑顔を絶やさずに、

 ことを成し遂げた姿を見て、本校の教育精神を感じました。

 これからも幾つかの挫折があっても、

 諦めずに何度も立ち上がって歩み続けてください」


 学長は盾と共に副賞を三人に手渡した。


 信じられないという思いで学長と握手する琴音は、


「この学長、マジっ? それともうち、からかわれとるん?」

と疑いながらも、副賞の袋の中身の札束を、手の感触で確かめていた。





「面白かった」「続きが読みたい」


と思ったら、


☆☆☆を押してください。


「レビュー」も頂ければ最高です。


何卒よろしくお願いします。

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