題29話 悪役令嬢・シャネル登場
次の放課後に、生地の上にパターンを置いて、布をハサミで切り始めた時に、同じクラスの女の子が教室に戻ってくる。
彼女は忘れものをしたようで、自分の机の中からスケッチブックを取り出した後で、生地をハサミで切っている三人を見て話しかける。
「あんたたち、何やってんの?」
凍ってしまいそうな冷たい眼差しが光る。
「文化祭のロリータ・ファッションショーに出品するから、その作品を作ってんの」
めいが答えた。
「そんなの、やっても無駄じゃない? どうせ私が勝つに決まってんだから!」
三人をせせら笑う声が、教室内に響いた。
「それ、どういう意味?」
琴音が
「わたしは、直接パリからシャネルが使ってる、今シーズン最新の生地を買ってきているし、最高級のレースをイタリアから取り寄せてるから」
シャネルは自信有りげに答えた。
「パリの生地?」
パミュが叫んだ。
「イタリアのレース?」
琴音が驚きの声を上げる。
「そんなイザワヤの安っぽい生地使っても、時間の無駄じゃない?」
シャネルは三人を無視するよに振り返って、プリンセスのようにすまして教室を出て行った。
「あいつ、頭にくる!」
琴音が歯ぎしりをする。
「パリから生地ば送ってもらうとか本気ね?」
パミュが信じられないという顔をした。
「シャネルのことだから本当だと思うよ。
あの子のおじいちゃんが、天神のあの老舗デパートを経営しているらしいから」
ゆいが二人に話す。
「あのデパートの孫娘?」
琴音が叫ぶ。
「そうらしいよ。だからいつもシャネルジャケット着てるでしょっ?」
「あれ、本物?」
パミュが驚く。
「そうみたい」
「でも本物だと、うん十万するんやない?」
琴音が信じられないと言う表情をする。
「たぶん、五十万ぐらいはするんじゃないの?」
「五、五十万?」
琴音が驚いて目を見開く。
「だから、みんなシャネルって呼んでるんだよ」
「いやなやつ!」
琴音がはいた。
「特に気に食わんのが、地元育ちのくせして、標準語しか話さんけんね」
パミュが歯がゆそうに言った後で、琴音が続ける。
「どうしよう? 勝ち目ないやん」
「とにかく、此処まで来たら作るしかないやろ」
パミュが言い返す。
「シャネルのことは気にせずに仕上げようよ」
めいは二人を励ました後で、残りのパターンを切り始めた。
三人は思ってもみなかった巨大なライバルの存在に気付かされた。
とうとう文化祭の日がやってきた。
三人がロリータドレスを仕上げたのは、ファッションショーが始まる一時間前だった。
それまでは琴音が裾の始末をして、めいが頭に着けるリボンを縫いながら、パミュは服の下に履くパニエを、懸命に縫い上げていた。
二晩徹夜で縫いあげたドレスを手に持って、三人はショーの舞台裏へと急いだ。
他の生徒たちはショーの為に、ドレスを着てランウェーを歩く稽古をしている。
パミュは素早く琴音に指示する。
「琴音、ここ座って! わたしがメークするけん」と椅子を叩く。
琴音はメーク用の鏡の前に座ると、自分の顔を見つめた。
「わっ、今日最低! 目の下、真っ黒!」
「しょうがないでしょ、きのうも徹夜だったんだから」
めいが慰めた。
「琴音、ちょっと動かんで。わたしがリタッチしてやるけん、大丈夫」
パミュはファンデーションを塗り始めた。
鏡の端に、ツイードのドレスを着たシャネルが写る。
「おっ、ヤンキーがロリータになっちゃうんだ」
琴音をせせら笑う。
琴音はシャネルを無視しようとするが、頭に血がのぼって抑えることが出来ない。
「なんよ、その喋り方、なっちゃうんだ? 福岡の女やったら、ちゃんと博多弁しゃべれ!」
シャネルを鏡越しに見つめて叫んだ。
「怖っ」
シャネルはそう言い残して、向こうに行った。
「よく言ってくれた、最高っ!
やっぱり北九州の女はエグい!」
パミュが嬉しそうに叫ぶ。
「でもシャネルのドレス見た?」
「うん、超カッコいい!」
めいが去っていったシャネルの方を見る。
「でもあれ、絶対自分で作っとらんよね」
パミュが絶句する。
「誰かプロに縫ってもらったのは確かだね」
めいが続けた。
「ロリータ・ファッションショーまで後十分でーす」
アナウンスが流れる。
「メーク終わったら、直ぐにドレス着ないと間に合わないよ」
めいが二人を急かせる。
モデルたちがステージの裏で順番に並び始めた時、琴音は最後に並んだ。
後二分でショーは始まる。
「琴音、もう最高! ギャーン可愛か」
パミュが叫ぶ。
「口は小さく萎めて、目は大きく見開く。
ロリータは目つきが一番大切やけんね」
「どんな目つき?」
「どこを見ているのかわからんごたる、虚ろな目つき」
パミュは説明し始める。
「はあ?」
「琴音、マリーアントワネット知っとるやろ」
「うん」
「マリーアントワネットがギロチン台で、首を跳ね飛ばされた瞬間、自分の人生は一体なんやったんやろうと、青い空を見つめとる時の、あの虚ろな瞳を思い浮かべてみて」
「そんなの想像もデキん!」
「やれば出来る!」
「やってもデキんって」
「とにかくやってみて」
「こう?」
琴音が自分なりに虚ろな瞳をする。
「そう、それそれ。マリーアントワネットの虚ろな瞳!」
「嘘っ!」
「あんたの番」
パミュは琴音の背中を押した。
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