題27話 連続メイド殺人事件


 とうとう新しいバイトの店員は見つからなかった。


 琴音は学校が始まる九月中旬まで、バイトを続けるのを覚悟した。


 夏も最高に暑い、八月中旬の盆休みに入り始めた頃、一人の中年おやじが店に入って来るのを見て、パミュがカウンターから出る。


「中年おやじは、私に任せんね!」


 おやじの座っているテーブルに近づく。


 二分ほどして不満げに戻って来る。


「メロディーん、あのおやじからご指名」


 琴音の背中を押した。


 琴音は丸顔から流れてくる汗を、何度も拭いているおやじを見ながらカウンターを出る。


「この人、ちょっと苦手」と思いながらテーブルに近づく。


 客まで後数メートルのところでスイッチを切り替えた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 可愛い笑顔をおやじに向ける。


「今日はご指名いただきまして、ありがとうございまちゅ」


 おやじは嬉しそうだが、はにかんで何も言わない。


「やっぱりオタクだ!」


 琴音は納得する。


「ご注文、お決まりでちゅか?」


 また聞き返す。


「よくまあ、こんな甘ったれた声出せるなあ」


 自分ながら呆れる。

 

 琴音はピンクの伝票を持ったまま、ハート形をしたメニューを目で追っている、緊張したおやじを見つめる。


 よく見てみると、おやじのメガネのレンズは蒸気で曇っていた。


 おやじはまた額の汗を、テーブルの上に置いてあるペーパーナプキンで拭き始めた。


 するとピンクの紙の片端が、汗で額にこびりついた。


 琴音はそれを見て見ぬふりをする。


「あのう、ぴよぴよピヨひよこさんライスをお願いします」


 親父は最後に答えた。


「お飲み物は、『みっくちゅじゅーちゅ』がありまちゅが、どうでちゅか?」


 琴音は尋ねると、一週間前に来たかつおの顔を思い出した。


 あれから家では、かつおを完全に無視して話もしていない。


「今日はお水でいいです」


 心細くポツンと答えた。


「かちこまりまちた」


 琴音は答えてテーブルを離れる。


 キッチンへ戻った時、パミュが素早く聞いてきた。


「あのおやじ、どげんやった?」


「あのタイプ、絶対ダメ、うううっ……」


 琴音はブルブルと体を震わせる。


「でもおかしかね。あのタイプは、太めのメイドが好きなんやけどね」


 おやじを遠くから不思議そうに見る。

 

 琴音は、いつも疑問に思っていることをパミュに話し始めた。


「パミュ?」


「なんね?」


「店長が教えてくれた、甘ったれた喋り方、本当に男はあんな喋り方する子が好きなん?」


「それ通じるのはオタクだけやけね。

普通の男に、『みっくちゅじゅーちゅ』とか言ったら、逃げられるのがおちやけん。

特に、九州の男は絶対ダメやけんね」


 パニュは念を押す。


「ピヨ子さんライス出来たわよーっ!」


 店長が叫んだ。


「あれ、博多生まれでも、男やないけんね。店長は例外!」


 琴音はオムライスをトレーに乗せて、おやじの元へと戻っていく。


「ご主人様の、『ぴよぴよピヨひよこさんライス』が出来まちた」


 おやじの前に皿を置いた。


 ハート形のお皿に注いであるハヤシライスの上には、大きな黄色い卵焼きが乗っている。


 横には小さなトマト一つと、何切れかの薄くスライスしたきゅうりが添えてあった。


「ご主人様、ひよこさんライスの上に、何かお絵描きしまちゅか?」



手に持っているケチャップをかざす。


「はあ……」


 おやじはしばらく考える。


「じゃあ、僕を描いてください」


「えっ、ご主人様でちゅか?」


 琴音は聞き直した。


 普段は可愛い動物を描くのが普通なので、どこから始めていいのかわからない。


 最初に丸く太った輪郭を描いた。


 次に、まん丸なメガネを描いて、鼻の代わりに「点々」を付けた。


 口は「への字」を描いた後で、薄めの髪を表現するのに、線を3本真っ赤なケチャップでなぞった。


「これでどうでちゅか?」


 琴音は自信無さそうに尋ねる。


 おやじは大きなオムライスをしばらく見つめる。

 額にはまだピンクの紙切れが張り付いていた。


「これが僕ですか?」


「はあ…………」


 琴音は続ける言葉が出て来ない。


「これ食べるの勿体無いから、持って帰ります」


「ご主人様、テークアウトでちゅか?」と確かめる。


「はい、お皿ごと包んでください。皿代も払います」


「じゃあ、包む前に『愛込め』しまちゅね!」


「天神(てんじん)全部の愛を、ご主人様のひよこさんライスにブチ込みまちゅね」


 琴音は両手を拝むように、オムライスの前にかざす。


 両手はフワフワと卵焼きの上で揺れ動く。


「うーーーーーーーーん、萌え、萌えーっ!」

と叫んだ後で、両手でパチパチと拍手をした。


「これで、バッチリ愛が入りまちた」


 オタクおやじも嬉しそうに両手をパチパチと叩いた。


「もうこんな阿保らしいこと、やってられんわ!」

と思いながらオムライスを包む。



 このおやじは琴音が出勤している時は、ほとんど毎日ランチを食べに来た。


 その度に琴音の気分は重くなっていく。


 これが好きでもない人から、慕われている気持ちなのだろうかと、罪悪感がつのる。


 その都度、パミュは琴音を脅す。


「あのおやじ、自分の立場もわきまえんで、

完全にメロディーんに惚れとらすね。

 あんなのがある日、突然ぶっちぎれて、

『連続メイド殺人事件』を起こすんやろうね」


思慮深く呟いた後で、大きく見開いた白目で琴音を睨みつけた。


「ゲゲゲゲゲゲゲッ、超怖ーーーーっ!」




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