題26話 愛込めなんか出来るわけねえだろっ!


 一週間経っても新しい店員は見つからない。


 もしかしたら、パミュから騙されたのかもしれないと思い始めた午後に、ある事件が起きた。


 ちょうど琴音がトイレに行っていた時に、琴音の両親と弟がカフェに入ってきて、珍しそうに辺りを見回した後でテーブルに座った。


 弟のかつおは、トイレから出てきた琴音を見て、大きな声で叫んだ。


「メイドさん、ちょっとお水持ってきてくれませんか?」


 琴音は聞き覚えのある声に、嫌な予感がする。


 声の方向を向いた時、手に持っていたお盆を落としそうになったほど驚いた。


 なぜならばメイドとして、ここで働いているとは、家族の誰にも言っていなかったからだ。


 琴音は恐る恐る家族が座っているテーブルへと近づく。


 両親は、手を振りながら嬉しそうに微笑んでいる。


「琴音、思ったよりもメイドさん、似合うやん」


 母さんが素直に認めた。


「そうだな、『孫にも衣装』ってこのことかな?」


 父さんが感心する。


「琴音じゃないよ。このメードさん『メロディー』だって」


 かつおは胸の名札を指でさした。


「メロディーちゃん?」


「ちがう、メロディ〜ん!」


 かつおが言い直す。


「メロディ〜ん? それマジっ?」


 両親は腹を抱えて笑い始めた。


「あんたらねえ、バカにするのもほどほどにしとき!

 なんでうちが、ここで働いてるのがわかったん?」


 三人を睨む。


 母親が涙を手の甲で拭きながら質問に答える。


「かつおがパミュちゃんからのツイッターを見て、『これ、絶対姉ちゃんだから』って言って、『冷やかしに行こう』ってことになったんよ」


 まだ笑いが止まらない。


「でも琴音、、あっ、ごめん……メロディ〜ん」

と言った後で、また大きく口を開けて、


「アッハッハ……」と笑い始めた。


 琴音は自分の娘を笑いのネタにする母親がどこにいるのかと、自分の親の性格を疑う。


「もう死ね!」

と言わんばかりに振り返った後、速足でテーブルから遠ざかっていく。


「メイドさん、まだ『みっくちゅじゅーちゅ』来てないんですけど〜!」


かつおが叫んだ後、また皆で大笑いする声が周りに響き渡った。


 琴音は不貞腐れた顔をして、かつおにカクテルを持ってきて、ポンとグラスをテーブルの上に置いてキッチンに戻ろうとする。


「メイドさん、フリフリ、シャカシャカしてくれるんじゃないんでちゅか?」


 かつおが不満そうに尋ねる。


「かつお、勝手に自分でやれ!」

と答えて、テーブルから離れようとする。


「店長さーん? このメイドさんが……」


 かつおは大きな声で叫ぶと、琴音は急に振り向いて、かつおの口を手で塞ぐ。


「わかった、わかったって、やってやるから」


やりたくもないメイド特有の、

「萌え萌えカクテルミックス」をやり始めた。


 両親は笑いながら携帯で録画を始めた。


「フリフリ、シャカシャカ」


 琴音はシェーカーを振り始める。


「萌え萌え、キュンキュン」


「ニャンニャン、ワンワン」


「おいしくなーれ、おいしくなーれ」


「萌え萌え」


 シェーカーの蓋を開けて、ピンクの液体をグラスに注いだ。


「これでいいか?」

と言うような目でかつおを見る。


 するとかつおは不満げに文句を言い始める。


「メイドさん、それ愛が込ってないんでちゅけど」


「かつお、ふざけんじゃねえ! 自分の弟に、『愛込め』なんか出来るわけねえだろ、バカ」


 かつおはキッチンの方向を振り向いて、


「店長さーん!」と叫んだ。


「わかった、わかったよ。愛を込めてやるから」


キュンキュンポーズをとると、


「メイドさん、これ忘れてないでちゅか?」

と胸の前で、両手でハートを作る。


「萌え萌えキューン!」


 琴音は引きつった笑顔で、ピンクのグラスに両手で愛を送るポーズをとった。


 琴音の両親は、あたかも漫才を見に行った気分で、琴音に大きな拍手を浴びせ続けた。


「あいつら、絶対死ね!」





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