題22話 藁をもつかむ神頼み

 琴音のいつもの週末の日課は、お母さんのクリーニング店の手伝いをするのが普通だが、今日は午後から天神に出る。


 朝九時に店を開けた後、店の前の掃除をしていた時に、母に今日の予定を伝えた。


「母ちゃん、今日の午後は天神に行って、マーケットリサーチせんといけんけ、午後は店を手伝えんよ」


 琴音は正当な理由付けをする。


 マーケットリサーチの宿題があるのは確かだが、いつもは学校の帰りにデパートに寄って済ませるのが普通だった。


「マーケットリサーチっち、何んね?」


 かあさんは意味がわからず聞き直す。


「今、市場でどんなトレンドが流行っとうか、デパートを見て調べないけんのよ。それでレポートを毎週出さんといけんと」


 詳しく宿題の内容を説明する。


「そりゃあ、天神まで行かんとダメやね。わかった。今日は母さん一人でも十分やけん」


 かあさんは快く承諾してもらった。


 本当の理由の言えない琴音の心の隅のどこかに、後ろめたさが残った。

 

 時計が十二時を指したと同時に、琴音は家に戻って簡単な昼食の用意をする。


 家に戻ると弟が直ぐに話しかけてくる。


「ねえちゃん、腹減った! 早くなんか作ってよ」


「もうちょっと我慢し!」


「ねえちゃん、早くしてよ。お腹ペコペコやけ」


 料理をしているすぐ後ろから、すがり付いてくる。


 琴音は一番簡単に出来る焼うどんと、餃子を作り始めた時に母さんが戻ってきた。


「かあちゃん、ご飯の用意変わって。

 わたし、一時の快速に乗りたいけ、ちょっと着替えてくる」


 母親と交代する。

 

 十分ほどしてダイニングテーブルに座った琴音は、見違えるほど綺麗になっていた。


「あんた、随分とおめかしして」


 ついつい母親から驚きの声が漏れる。


「そんなことないよ。ちょっとドレスを着てみただけやけ」


 言い訳をする。


「でもそんなふわふわのドレスなんか、持っとったの知らんかった」


「高三の時に、おばあちゃんが買ってくれたんよ。

 今日は天神のデパートに行かんといけんけ、変な格好は出来んし」


 母親を納得させようとする。


「孫にも衣装って本当やね!」


 琴音は言われて褒められているのか、からかわれているのか解らない。


「ねえちゃん、髪もくるくる巻いとうよ」


 小さな弟は琴音の髪の毛を触った。


「かつお、汚い手で触るな!」


 琴音は弟の手を払いのけた。


「なんか、今日は変やね?」


 母親は焼きうどんを注ぎ始めると、琴音は話題を変えようと料理の話しを始めた。


「この焼きうどん美味しいね」


「本当だ! 今日はいつもよりも美味しい!」


 かつおは瞬く間に一杯目を平らげてしまった。


「かあちゃん、もう一杯」


 空になった皿を差し出す。


「かつお、ちゃんと噛まんとお変わりなしやけんね!」

 

 母親はかつおを叱りつける。


「御馳走さま! もう行かんと快速に乗り遅れるけん」


 テーブルから立とうとすると、


「ねえちゃん、残りの餃子食べていい?」


 かつおはもう箸は餃子を掴んでいた。


「いいよ、あんたにあげるけ」


 琴音はかつおの頭を撫でて席を立った。


 両親は琴音が生まれた後で、なぜ二人目を作らなかったのか、或いは出来なかったのかは定かでないが、二人の間には八歳の差がある。


 そのためか、琴音にとってかつおは、普通の弟よりも特別な存在で、とても仲が良い。


 姉弟はよく喧嘩をするのが通常だが、これだけ歳が離れていると、姉と言うよりも母親に近い感覚があるのかもしれない。


 その弟を台所に残して、琴音は玄関を出て行った。




 プラットホームで列車を待っている琴音の姿は、いつもとは随分と違う。


 薄手で花柄のドレスは、春風に誘われて女らしく揺れている。


 ドレスの上に着ているショート丈の白いカーデガンが、清潔感を増した。


 靴はヒールが少し高い肌色のエナメルだ。


 いつものヤンキースタイルを見慣れている母親が、疑うのも当然のように思えた。


 初々しい姿の琴音は、折尾駅から快速に乗る。


 いつもの通勤時間とは違って、列車の中は空いている。


 一時間弱で博多駅に着いた後で、地下鉄に乗り換える。普通は赤坂まで行くが、今日は一つ手前の天神で降りた。


 エスカレーターであがり、地下鉄の駅を出た後、直結する天神地下街を右に折れた。


 ブティック街を五百メートルほど西鉄天神駅まで歩いた後で、路上にあがれば警固(けご)神社は目と鼻の先だ。


 神社の鳥居が見え始めた時に、心がときめき始めた。


 琴音は鳥居の前で少し躊躇した後で、携帯の時間を確かめる。


 時計は十四時二十分を指していた。


 先にマーケットリサーチを終わらせるベきか、それとも勇気を出して先輩に会いに行くかを迷う。


「ここまで来たら行くしかない」と心で割り切って、鳥居の前で一礼した後、境内へと歩き始める。





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