題21話 愛しのオスカー その2
その日から琴音は、なぜか先輩が気になってしょうがない。
先輩のクラスは向かいの校舎なので、授業を受けていても、ついついその方向に目が行ってしまう。
先輩に会えるチャンスは、みんなが食堂に集まる昼休みぐらいしかない。
琴音は待ちどうしく昼休みを待った。
昼食を食べている時も何か落ち着かず、周りを何度も見回す。その仕草に気が付いたパミュは琴音を見た。
「琴音、どげんしたと? 今日は何かソワソワして落ち着かんね」
「そんなことないよ。いつもと一緒やけ」
誰にも気づかれないように、冷静に振舞おうとする。
「めい、琴音ちょっと変やなか?」
「もしかして……今日は生理?」
めいがからかう。
「そうか。何か、いつもと違うごたるもんね」
納得顔で琴音を見た。
金髪のプリンスが、男友達と一緒に学食に入ってきた時、琴音の心臓が胸から飛び出してしまいそうに、「ドキン、ドキン」と強く打ち始めた。
「先輩に恋をしている」
自分の気持ちを正直に認める。
先輩がこちらに近づいて来れば来るほど、心臓の鼓動は高まる。
琴音の前を通り越した時には、もう息が出来ないくらい緊張していた。
そんな琴音の内情も知らないバミュは、自分のバイトの話しを始めた。
「うち今週から土日だけやけど、メイドカフェでアルバイト始めるっちゃん」
「そうなの? なんか楽しそうね」
めいが続ける。
「少し慣れたら遊びに来てね?」
二人が話している間、琴音は先輩の後ろ姿を見つめながら、何も考えることが出来ない。
「琴音?」
パミュの声さえも聞こえない。
「琴音?」
パミュは、さっきよりも大きな声で呼んだ。
やっと自分の名前を呼ばれるのに気付いた琴音は、二人の方を向く。
「なんっ? なんかあった?」
トンチンカンな答えを返す。
「やっぱり、今日はおかしかね」
パミュはゆっくりと、疑いの目で琴音を見る。
「なんでもないって……」
ごまかそうとするが、言葉に残る戸惑いを、隠すことは出来なかった。
放課後に琴音がデザイン科のビルの裏で、宿題を済ませようとしていた時に、二年生の男子生徒たちが、数人でキャッチボールをしているのが見えた。
その中に、先輩のプリンスがいないかと思って見たが、残念ながら彼の姿はどこにもない。
ちょっと落胆した気持ちを抑えながら宿題を続けていると、男子生徒の会話が自然と耳に入ってきた。
彼らも琴音に聞かせようと話しているのではなく、ただ単に世間話をしているだけだった。
琴音も盗み聞きしていたのではなく、彼らの話が自然に耳に入ってきただけだった。
「お前、あの酒屋のバイトやめたんか?」
「そう、ちょっと夜遅いからな。時給もそんなに高くなかったし」
「次は何やんの?」
「まだ決めてないけど、プリンスが言うには、パチンコ屋が儲かるらしいぞ」
琴音は先輩のプリンスの名前が出来きて「ハッ」とする。
それから真剣に先輩たちの会話を聞き始めた。
「本当かーっ?」
「あいつが言うには、可愛い女の子が多いんだって。
それでシリアスになって、結婚するカップルもたまにいるそうだぞ」
「結婚はちょっと早すぎるけんね。
プリンスもパチンコ屋でバイト始めるんか?」
「あいつね、そんな事言ってたのに、急に先週から警固(けご)神社でお守り売り始めたんよ」
「お守り?」
「そう、神社バイトってやつ」
「変わっとうね。
そりゃまた、なんでだ?」
「あいつのおじさんがそこの宮司で、人手が足りないから、手伝ってくれって、頼まれたらしいよ」
「あの神社、参拝客多いけんね」
「あいつ、毎日バイトしとん?」
「土日だけだと思うけど」
「警固神社って、なんの神様だった?」
「俺もあんまり知らんけど、縁結びかなんかじゃない?」
「そういやあ、アッコ通る時、女の子多い気がせん?」
「天神のど真ん中やけ、買い物ついでに行くんやないの?」
「まあイケメンのプリンスにはいいかもね」
「あいつの袴姿見てみたくない?」
「週末、ちょっとひやかしに行こうか?」
「それ、いいアイデア!」
琴音は先輩のプリンスが、警固(けご)神社でバイトをしているのを突き止める。
どうにかして会えるチャンスを作らなければと、さっそく週末に神社を訪ねることにした。
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