第10話 痴漢とピザ その2

「あーっ、腹減った。うち、ちょっと学食に行くけん、場所取っとって」


 パミュはさっさと、いつものピザを買いに行った。


 わたしはみんなから奪われる前に、数少ないベンチを取りに校庭に出た。


 しばらくしてうれししそうな顔をして、パミュがピザをかかえて、いそいそと歩いてくるのを見て思った。


「やっぱり、これだけ大きな面積がピンクだと、存在感あるよな」


 テーブルにピザを置いた後でわたしに話し始めた。


「今朝の痴漢どげんやった?」


「逃げられた」


 落胆らくたんした声で答えた。


「逃げられたと? うちが言っとったごつ、ガバッとつかまれるまで待っとった?」


「いや、『ガバッ』まではつかまれんかったけど、ちょっと力が入ってきたけん」


「それ、いかんっ」


「なんで?」


「琴音、それ早過ぎ!」


「あんた、魚釣り行ったことあるやろ?」


 同時に、大きな口を開けてピザを一口噛んだ。


「一、二、三、四」


 食べながら数え始める。


「小さい時やけど……」


 次のパミュの言葉を我慢強く待つ。


「二十七、二十八、二十九、三十、ゴックン」


 パミュはわたしの方を見るが、その目には「?」の文字が書かれていた。


「今、なん、話しとったんやっけ?」


「魚釣りのこと」


「そうやん。痴漢は魚と一緒で、始めツンツンと突くっちゃん。

 丁度、釣竿つりざおがピクピクするごたる感じでね。

 琴音はそこで振り向いたけん、痴漢は逃げたとよ」


 またピザを一口噛んで数え始める。


「一、二、三、四、五」


「パミュ、大事な時に何で、あんたはピザ食べるんね」


 パミュの手からピザを取ろうとすると、手の平を拡げて、「待った」のサインをした。


「二十七、二十八、二十九、三十、ゴックン」


「ゆっくり噛むのは大変やね。話が全然進まん」


 パミュはまた、何の話をしていたのか忘れた。


「痴漢に逃げられた理由は……」


 パミュの戸惑とまどいをやぶるように、わたしは説明し始めた。


「そうそう、それ!」


 パミュが先を続ける。


「『ガバッと掴まれるまで待っとかんね』って言っとった理由は、釣竿つりざおがキュッとしなった時なんよ。わかる?」


「わかるっち言えば、わかるけど。わからんっち言えば、わからん」


「やけん、魚が『ガツッ』と本気でえさに食いついてきたら、竿さおを『グッ』と引けば、もう釣り上げたも同然やん。わかった?」


「うん、わかった」


「今度は、ちゃんとませて、痴漢が安心した時に、その手をつかまなんとたい。そげんしたら証拠になるけんね」


 又ピザを口に入れた。


「ちゃんとませる?」


「それ、キモ過ぎるやん!」


 わたしは気持ち悪くて体を大きく震わせた。


「二十六、二十七、二十八、二十九、三十、ゴックン」


 ピザを飲み込んだ後で、パミュは話し続ける。


「琴音、ちょっと、うちの顔よく見て。どげんか変わっとるところなか?」


 パミュが微笑んだ。


 その質問を疑問ぎもんに思いながら、わたしは真剣にパミュの顔を見る。


「なんが?」


「ちょっと、うちの顔、小さくなったごたる気せん?」


「えっ?」


「でも、いつから始めたん?」


「昨日のディナーから。これで三食目」


 ほっぺたを口の中で吸い込んで引っ込めた。


「それは、いくらなんでも無理やろ!」


 あきれた口がふさがらない。


「パミュ、正直なこと言っていい?」


「なん?」


せれん理由は、もしかしたら、毎日食べてるピザだと思った事ない?」


「このピザ?」


 パユは大きな歯型の残ったピザを見つめる。


「それ、チーズが盛り盛りで、炭水化物たんすいかぶつかたまりやろ?」


「たまには、野菜サラダも食べた方が良くない?」


 話は全然違った方向に進んでいったが、ティーンエージャーの二人には普通の事で、何の違和感いわかんも感じていない。女の子の会話は、突拍子とっぴょうしもない方向に飛びう場合が多い。

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