第十七話

「よし、良い感じだぞ。もう一枚いくか」


お父さんの威勢のいい声の直後にパシャッとフラッシュが焚かれる。そして少ししてできあがった写真を皆で覗き込んだお父さんを除く私達は一様に感嘆の声を上げた。

美しく着飾ったお母さんが私を腕に抱きながら椅子に腰かけ、そのすぐ側に同じくおしゃれしたお兄ちゃんが立っている。

先日、漸く私は1歳を迎え、それはそれは盛大に家族にお祝いをしてもらった。愛情たっぷり、そしてお金かけるところはしっかりかけました!って感じだった。語彙力があまりないので詳細は割愛させてもらうけど、とにかくプレゼントも含めて凄かったのです。あれでも抑えた方だって言われて度肝を抜かれたくらいには。まあ、とても嬉しかったのですけどね。

そしてそんな盛大なお祝いをしてもらい、今日はその記念に家族写真を撮るということでこうして私達は皆、着飾った状態でさっきからカメラ片手のお父さんに撮影してもらっているのだけど。


「よく撮れているなぁ、さすが父上。な、明藍」


お兄ちゃんの言葉にうんうんと勢いよく何度も頷く。家族みんなが美形だから、自分で言うのもなんだけれど私も顔立ちは整っているけれど光の当たり具合や角度がすごくいいから、こんなに可愛いなんて!とちょっと調子に乗りかけるぐらい、可愛い。お母さんとお兄ちゃんもいつもよりもっと素敵だし。

うーん、すごい。お父さんは趣味って言っているけど、これは趣味の域を超えているのでは?前世で見慣れていたカメラと遜色ない性能のカメラを見た時は思わず驚きで何度も見ちゃったよね。だってまさか、この時代にカメラがあるなんて思わなかったもん。実際、ゲームには出てこなかったし。あんまり私がまじまじと見つめていたからお母さんとお兄ちゃんが色々説明してくれた。

どうやらカメラは他の大陸から伝わってきた舶来品の一つらしい。便利だけど仕組みを理解できない、受け入れられない人がまだまだたくさんいるから世の中に浸透しているどころか、値段も高いから貴族でも手を出す人が少ないから、とても貴重品なのだと。そんな説明を聞いて私はピンときた。新しいものだからこそ、後世に遺らなかったのだって。

精霊の力のように証明できないものは今のこの国では受け入れられ難いからこそ、カメラみたいな新しいものに対する拒絶反応はすごく高い。つまり、得体の知れないものは受け入れられないってことだね。

じゃあ、どうしてお父さんが受け入れているのか。自分達が精霊達と一緒にいるからというのもあるだろうけど、元々私達風野家が恩恵を受けている風は感性を司っていて、感性や感覚といった第六感が優れている人が多いらしい。その中でもお父さんの感性は歴代の中でもずば抜けていて、高い感性と自ら身に着けた教養を元にお父さんは舶来品や芸術品などの芸術方面に鋭敏で。

新しいものでも良いものや可能性のあるものはどんどん受け入れ、後世に遺すものはちゃんと遺す。身分も何も関係なく、良いものは良いと受け入れるお父さんのやり方は芸術を志す方々から大きな支持を受けているらしい。…らしいが多いのは知らないからだということにしておいてね。決してお父さんの仕事ぶりを疑っているわけじゃないよ。お父さんも、やる時はやる人だから。

まあつまり何が言いたいのかというとお父さんは時代の一歩先を行っている、ってこと。ピンときたものは積極的に使い方を学んで使ってその良し悪しを判断したり可能性を探したりを常にしていて、その中でもカメラを気に入った理由はお母さんや私達家族、風野家の日々を遺せるからなのだって。お父さんらしいよね。

でもその気持ちが大きすぎる故の弊害が一つ。最新式のカメラを見つけるとすぐに買ってしまうこと。風野家、そして個人のお金は全部お母さんが管理している。だから何かを買う時お父さんは絶対にお母さんに相談するけど、カメラだけはどんなに高くても白紙の小切手ですぐに買っちゃうらしい。前にシルフが暴露したお父さんが貯金を使ったものもカメラだったみたいだし。この世界ではまだカメラマンはいないみたいだから、比較ができないけどお父さんの写真はすごく素敵だから高いものを買ってもいいんじゃないかなって思った…けど、お母さんの怒り様を思い出してすぐに相談してほしい方向に気持ちが振り切れたのはこれこそ、しょうがないと思う。


「明藍、そんなにしかめっ面をしていたら、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。ほら、笑って笑って」


はっ!いけない、いけない。いつの間にか気持ちが脱線してしまった。考え事が長すぎた。せっかくお父さんが撮ってくれているのだから、こっちに集中しなくちゃ。

その後も撮ってもらった写真はやっぱりすごく良くて皆で覗き込みながら、盛り上がる私達をお父さんが嬉しそうに見つめる。


「父上、本当にすごいです!」


「ありがとう。だが褒めてくれるのは嬉しいが、私の腕がすごく見えるのは被写体がいいからだ。お前達の良さを引き出したいからこそ、普段以上の実力が出せているに過ぎない。だから、すごいのは私じゃなく、撮りがいのある皆なのだよ」


「なら、今度は俺が撮りたいです。父上と母上の魅力を引き出してみせます」


「そうか、そうか。なら、とっておきの撮り方を教えてやろう」


「ありがとうございます、父上」


お父さんの手からカメラを受け取る時のお兄ちゃんの手は緊張と不安で少し震えていたけど、好奇心に満ちた瞳は一心にカメラを見つめている。そしてお父さんに使い方を教えてもらいながらお父さんが示してくれた花瓶などの被写体の写真を何枚か撮り、できあがりを見てお父さんにアドバイスをもらったり感じたことを質問したりしながら楽しそうに笑うお兄ちゃんを見ているだけで心が浮き立ち、私まで嬉しくなる。そしてそう思っているのは私だけじゃなく、私を抱っこしながらお母さんは眉尻を下げて柔らかな笑みを浮かべながら2人を見守っている。そうして暫くしてからお兄ちゃんが私達のところに走り寄ってきた。


「母上、お待たせしました。こちらにお願いします」


「わかりました」


「明藍、悪いけど少し待っていてくれるか?」


申し訳なさそうに眉を下げるお兄ちゃんに私は気にしないでと笑顔で頷いて手のひらを見せて手を振った。私の態度にお兄ちゃんが安堵の息を吐き、お母さんの腕の中から紅玉さんの腕の中に移される。そしてお兄ちゃんに手を取られながらお母さんはお父さんの元に行き、撮影が始まった。

そして何枚か撮影し、できあがった写真の中からお兄ちゃんが渾身の1枚を選んで見せてくれた。

お父さんがお母さんの肩を抱き、お母さんもお父さんの方に体を寄せる。そのまま互いに視線を向け合って穏やかに微笑み合う。眼差しだけでたくさんの気持ちを伝え合っているだろう2人の雰囲気が伝わる、すごく温かい1枚だった。


「よく撮れているじゃないか。初めてでこのタイミングでシャッターを切ったのはすごいぞ。やはりお前は人をよく見ているなぁ」


「父上のおかげです。父上が被写体の魅力を引き出すだけだと教えてくれたので」


「本当にいい写真。素敵な瞬間を切り取ってくれてありがとう、丈成」

「お二人に喜んでもらえて嬉しいです」


お父さんとお母さんの言葉を受けてお兄ちゃんは頬を紅潮させて恥ずかしそうに顔を俯かせながらも、嬉しそうにはにかんだ。そして最後に家族写真を撮り、半日かかった撮影会は幕を閉じた。

撮影会で撮られた写真達はカメラを作った大陸で作られた写真立ての中に入れられ、屋敷のあちこちで飾られた。その中でも私のお気に入りはやっぱり、最後に撮影した2パターンの家族写真。

私を腕に抱き、柔らかく慈愛に満ちた笑みを浮かべるお母さんの肩をお父さんが抱き、お母さんのすぐ側に立つお兄ちゃんの肩にお父さんがもう一方の手を置く。これがパターン1。そしてパターン2は私達家族の周囲にセバスチャンと紅玉を筆頭にお家を支えてくれる執事、侍女、料理人、庭師さん達もいる、風野家一同の家族写真。一番広範囲が撮れるカメラを準備してお父さんが構図にこだわって全員入るように収め、皆で撮った写真。因みにシャッターはお兄ちゃんの守護精霊のゲイルが押してくれました。お父さんの守護精霊さんは機械が苦手らしく、壊される危険性があるのだって。確かに機械オンチは甘く見ちゃいけない。かくいう私も機械オンチだったから。

そんなこんなで皆で収まった写真は広範囲が撮れるカメラだけあって大きいので廊下に飾られ、私達家族4人の家族写真はそれぞれの部屋に飾られている。

私達の幸せの一部を切り取った、大切な写真。こんな穏やかな日々だけを過ごせる日常はもうすぐ終わる。お父さんは職場復帰して家を空けることも増えるし、お兄ちゃんは後継者の勉強をしながら自分の進路について真剣に考えなくちゃいけない。お母さんだって貴族のご婦人との付き合いやお屋敷の管理など今までセーブしてきたお仕事がたくさんあるから、今と同じように私と接する時間を確保できない。変わっていく日常の中で私は私のできることをしなくちゃいけない。私の家族を守るために未来を変える。そして変えた未来の先ですくわれなかった命を繋ぐ。そのための一歩を私は漸く踏み出そうとしていた。

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