閑話

水野家に長女が生まれてから遅れること一月。土野家にも次女が誕生した。同世代に生まれた四人の子ども達。しかし、出自が四大名家であるが故に祝福だけが送られるわけにはいかなかった。


ある学者は言った。これは凶事である、と。“反逆者”“が出現した時代は必ず、同世代に四大名家の本家が存在していた。数十年前、水野家から反逆者が出た時代でも同様。

故に同世代に四大名家が存在することは凶事の前触れ。彼らは再び大陸に火種をまき散らすだろう。

学者の発表に民衆は慄き、不安を覚えた。


しかし、またある学者は言った。これは吉事である、と。数百年前、三洋統一に尽力した四大名家の始祖に当たる者達もまた同世代だった。彼らの尽力によって大陸は驚異の早さで復興し、戦後間もない国とは思えないほど驚異の発展を遂げる。三洋の歴史上、最も栄華を極めたこの時代と現在は本家の者達の生まれた順番、年の差までも一致している。

故に同世代に四大名家が存在することは吉事の前触れ。彼らは再び大陸に栄華をもたらすだろう。

学者の発表に民衆は安堵し、歓喜した。


両極端な研究発表は大陸全土に広まり、学者達は各地で議論をぶつけ合う。過去の文献や資料を研究し直し、凶事だ!吉事だ!と双方主張を繰り返し、議論は白熱するばかり。


地位ある者達の異なる主張は民衆達に大いなる混乱をもたらした。どちらを信じ、どちらを否定すればよいのか。名のある人物は双方の陣営にいるため、民衆達は気持ちを固めきれない。

こうなってしまえば学者、民衆が目を向ける機関はひとつしかない。水野家現当主水野清治が率いる、大陸でも指折りの研究者達が集まっている研究チーム――深海だ。議題が議題のため、中立性を欠かぬよう彼らは“表向きには”沈黙を貫き続けていた。

しかし裏では水野家が管理している大陸一の蔵書を誇る宮殿の図書館で昼夜問わず研究を行っていた。実はこの研究自体は百数十年前から続いている研究ではあったが、はっきりとした成果は未だに出ていない。しかしこうなった以上、一部だけでも成果は発表しなければ国民たちの不安を鎮めることはできない。

そこで水野清治は水神ことテティスの名の下に水野家当主として現段階での研究報告と今後の方針を意見し、それを踏まえて皇帝は忠臣達と会合を開き、ついに国民に向けて御触れを出した。


―大切なものは目に見えない―

・地位に踊らされる事勿れ。

・疑う勿れ、信じる勿れ。

―真実は自らで見極めるべしー


謎々のような不可解なそれに民衆達は首を傾げ、学者達は意図を汲み取ろうと隅々まで目を通す。

御触書を見ようと集まってきた民衆の一番後ろ。頭にもフードを被り、全身を黒い外套で覆っている者が。フードの下から御触書を見る眼光は鋭くはないが、どこか妖しい光を湛えている。暫し御触書に移していた視線を下げ、そのまま踵を返して歩き出す。すれ違う民衆の会話が耳に届く。不安、困惑、興味――様々な感情を抱えている彼らの声にフードから見える口元が弧を描いていく。


「数多の生物の中でも思考する生き物は人間だけ。天から与えられたこの力を扱える者はどれほどいるか…いや、いないだろう。皇帝陛下の願いは民衆に届くのか…いや、届かないだろう。

わかりやすいものに民衆は心を傾ける。目に見えない、感じられない精霊では民衆の心は掴みきれない。では、どうする?

――拠り所を作ればいい。精霊ではない、別の拠り所を…」


舞台で口上を述べるように芝居がかった言葉を呟く口元はずっと上がったままであった。そのままふらりふらりと市井の中に消えていった。


《四大名家の子は吉事か?凶事か?》


様々な分野の専門家を巻き込み、民衆にまで少なからず影響を与えた議論は結局明確な結論を出せず、次第に収束していった。学者達には今回の事は研究として大きく前進したと認識する者も多かったが、民衆にはほぼ影響を与えることはなかった。

しかし今回の事をきっかけにほとんど風前の灯火であった団体が息を吹き返し、数年後には歴史の表舞台に出てくることになるなど誰も想像していなかった。


この国が『天下再生』のルートを辿るのか。それとも全く別の歴史を紡いでいくのか。その鍵は始まりの少女こと風野明藍が握っている。

回り始めた歯車が興す未来はゲーム通りか、それとも新しい歴史か。風野明藍の踏み出した一歩が遂に物語へ踏み入れられた――。

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