第十六話

「復帰後に訪問する各地のルート整理はこれで終わったな。紫蘭、こちらを頼む」


「はい。お任せください」


大量の書類を次々とさばきながらお母さんに指示を出すお父さん。いつものちゃらんぽらんさは形を潜め、キリっとした真剣な面持ちで仕事を片付けるお父さんの姿に「これがギャップ萌え…!」と密かに感動してしまったのは内緒である。そんなお父さんのギャップに私が日々感動している間に着々とお父さんの職場復帰への準備は進んでいった。

そして一段落ついた今日、先日第一子が生まれた同じ四大名家の水野家に贈る、出産祝いを選ぶためお父さん達はカタログに目を通していた。


「出産祝いは何にするか…」


「そうですね。女の子ですし、可愛らしい普段着と肌に優しいタオルの詰め合わせなどいかがでしょうか?おくるみから少し大きくなっても着られるような服を数着と肌に優しいタオルはいくつあっても困りませんし」


「うむ、良い案だな。ではそれにしよう」


「はい。では早速手配いたしますね」


「ああ。任せ――」


「お話し中、失礼いたします。旦那様、至急お話したいことが」


出産祝いが決まり、お父さんからカタログを受け取ったお母さんがその手配のため部屋を出ようとした時だった。お父さん達の返事を待つことなくノックして申し訳なさそうに、そして慌てたようにセバスチャンが入室してきた。私は初めて見たセバスチャンの焦っている様子に目をパチクリさせているとすぐさま表情をキリリと引き締めたお父さんが立ち上がった。


「!トラブルか?」


「いえ、そうではありません。土野家から手紙が届いたのですが…封筒の色が」


言い淀みながらセバスチャンがお父さんに差し出された手紙の封筒の色は綺麗な淡い、桃色で。可愛い色、と目を輝かせる私とは対照的に室内の空気が何故か重くなった。首を傾げている間に封筒を破りかねない勢いで開いたお父さんは取り出した便箋に書かれていることを読みながら段々と体を震わせていき、遂に――。


「あの、女狐め!!」


それは、初めて聴くお父さんの怒鳴り声だった。あまりの剣幕に私は目をパチクリと瞬かせるしかなく。遊んでくれていたお兄ちゃんはお父さんの言葉で事情を察したようで「あちゃー」とも言いたげに額に手を当てている。

土野家の当主…ゲームでは出てきたけれど、あの時代では四大名家の出身の人達はゲームの主要人物と関わり合いがないとそんなに何度も出てこなくて、土野家の現当主の方は主要人物と関わり合いはなかったから私の記憶にはあまり残っていなかった。

あ、でも確か、主要人物同士の些細な喧嘩を見て自分の若い頃を話してくれた人がいたような、いなかったような…う、うーん、思い出せない。


「旦那様。お気持ちはお察ししますが、あくまで吉事なのはお忘れなく。そのような物言いは失礼ですよ」


「ぐぬぬ…」


「そして、ここは子ども達の前だということをお忘れなく」


「す、すまない」


私がうんうん、唸っている様子をお父さんの剣幕の理由で悩んでいると勘違いしたお母さんが宥め、そして窘めたことでお父さんの突発的に頂点に達した怒りは沈下したものの、消化しきれないそれをもてあますように手紙を持っていない方の手で頭をガシガシとしていた。


「父上、桃色だということは土野家でも御子が?」


「ああ、そうだ。一月前、土野家の女ぎつ「旦那様」…当主が次女を出産したらしい」


「三人目の御子様ですか。四大名家の幼馴染が2人…明藍の生活は賑やかになりそうですね」


「そうね。もう少しお互いが成長したら会いさせてもらえるよう、お手紙を送らなくては」


ほうほう、封筒の色で吉事か凶事かわかるようになっているなんて、わかりやすい。こんな設定があったなんて知らなかった。うーん、見えないところも無駄に細かい設定が盛り込まれているなんて、流石だ。

ひとり感心している私のすぐ側では微笑ましい会話を繰り広げるお母さんとお兄ちゃん。でも、依然としてお父さんの表情は硬く、なんだか若干カオスな空間になっていた。そして未だに機嫌が下降したままのお父さんの様子にお母さんはしょうがない、と言わんばかりの苦笑を浮かべて静かにお父さんに近づいていった。


「丈達様。お気持ちはお察ししますが、まずはお祝いを贈らなければなりません」


「…そうだな」


「出産のお祝い品に添えるお手紙の最初は慶事に対するお祝いと労いを、その後に上達様のお気持ちを添えてはいかがでしょうか?」


「…」


「この場合は喧嘩両成敗でも、構わないと思いますので」


お母さんの優しい視線とお父さんの気持ちを慮った言葉を受けて、お父さんは自分の裡になる感情を吐き出すように深く深く息を吐いた後、いつもと同じ笑顔で一つ頷いた。


「そうと決まれば早速出産祝いを贈らねばな。紫蘭、もう一度助言をくれ」


「もちろんです」


お母さんの懐に抱えられていたカタログをもう一度二人で覗きながら、あーでもない、こーでもないと話し合う両親の姿に私とお兄ちゃんは顔を見合わせて笑った。土野家の当主との関係は思い出せなしどうなっているかはわからないけど、でも同年代のお友達が立て続けにできそうな未来を想像するだけでわくわくした。見えない未来が明るいことを願ってまたお兄ちゃんに絵本を読んでもらったりして遊んでもらうのでした。

後日、土野家から届いた手紙を読みながら高笑いしているお父さんの横でセバスチャンは苦笑いを、お母さんは額に手を当てて珍しくため息を吐いていましたとさ。

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