第十三話 丈達ことお父さん視点
「貴様の下らない話のせいで本題が後回しになってしまった。ほら、受け取れ」
「くだらなくないぞー。ありがとう。悪いな。2回も祝いをもらって」
「神子の誕生を四大名家として祝うのは当然だ」
本日の公式訪問の目的は神子だった明藍を祝福することにあった。明藍が生まれた時も三家から祝い品は届いていたが、それは出産祝いであって神子の誕生祝いではない。だから神子だとわかればまた祝いの品を贈ることになっている。だが休職中の私と違って現職の彼らは多忙の身であるから送ってくれてもよかったのだが、清治は都合をつけて訪問して渡すことを選んでくれた。
よい友人を持って私は幸せ者だな。
頬がにやけそうになるのをグッと堪え、私は有り難く祝い品をもらった。だが気にかかることが1つだけあった。
「お前のところももうすぐだったよな?」
「ああ。来月だ」
「こんな時期に家を空けて大丈夫か?」
「問題ない。お前とは違い、しっかり計算している」
「出産予定日はあくまで予定だぞ?」
「誰がそれを鵜呑みにするか。お前と一緒にするな。体の水の流れを読み取り、かつ美七と2人で導き出した答えに間違いはない」
余裕たっぷりな清治の態度に丈成と明藍もそれぞれ予定日通りではなかったために慌てに慌てた私の経験が脳裏を過ぎり、一抹の不安を抱いたから忠告したのだが。
確かに清治が持つ水の流れを読む力は本家の中でも一番だ。その清治と清治の奥方で医師をしている美緒殿が力を合わせて出した答えとなるとほぼ間違いはない、か。どうやらいらぬお節介だったようだ。
「そうか、ならもう何も言うまい。出産祝いは期待しておいてくれ」
「奥が選ぶのだろう?彼女のセンスに任せておけば安心だ」
「お前の中での俺は一体どうなっているのだ」
「ちゃらんぽらんだ」
「ぐぅ、先日丈成に抉られた傷が…疼く…」
「神子が成長したらその痛みも2倍になるだろうな」
失礼の上をいく表現はなんだろうか。無礼か?いや、これは同じくらいか。不敬か?これも違うな。私と清治の立場は公でも私でも対等だ。しっくりくる言葉が見つからないので再度言わせてもらおう。失礼極まりないな、この男は本当に!
だがその怒りはすぐに静まることになった。先日の喧嘩の発端となった“ちゃらんぽらん”という言葉は思っていたより私にダメージを与えていたようで。思わず胸を抑えた私にせせら笑いを浮かべながら清治が放った一言に反論しようとしたが。この数ヶ月の間で何度か明藍に向けられた冷たい視線を思い出し、言葉をグッと呑み込んだ。
「そんなわけはない…と思いたい」
「もう心当たりがあるとは、な。先が知れているな」
「ぐぬぬ…」
辛辣な言葉に反論もできぬまま何も言い返せずに口を噤みながらも、頭は何か言い返せる材料はないかと猛スピードで過去を遡っていた。すると、ふと清治の視線が動いていることに気づき、目だけ動かしてそれを辿っていくと先日撮影したばかりの家族写真が収まっている写真立てが。
「それに目をつけるとはさすが清治。紫蘭の腕に抱かれている可愛くて小さな天使が明藍だ。どうだ?可愛いだろう?」
「そうだな。顔立ちは奥に似ている。きっと、美人になるだろう」
「そうだろう、そうだろう。本当に可愛いのだよ。丈成は大きく、そして強くなった。体だけじゃなく、心が。2人とも先が楽しみでしょうがない」
今日よりは明日、明日よりは明後日。日を増す毎に成長していく子ども達の姿を傍で見守れる喜びは何物にも代え難い。紫蘭と過ごす格別な時間で得るものとはまた違った感情や体験を子ども達はもたらしてくれる。
私の惚気を珍しく一言も口を挟まずに清治は聞き入っていた。だがそれよりも気になったのは清治の目だった。穏やかで優しげな色を湛えている瞳の奥では躊躇いと後悔が見え隠れしていた。
「子がいるというのはどのような感じだ?お前の子等はお前に何をもたらした?」
「そうだな、守るべきものが増え、自覚が芽生える。四大名家の当主を継いだあの頃のような、神聖で後戻りのできないものとは違い、もっと血の通っているものが」
当主の自覚と父親の自覚がこうも違うものかと生まれた丈成を腕に抱いた瞬間に思い知らされた。志そのものが具現化されたような奇跡は尊く、神聖である以上にあまりにも無垢で愛おしかった。
外から植え付けられるのではなく、内から生まれてくる。捧げるのではなく、湧き上がってくる。だからこそ自然と子ども達の前ではありのまま――当主としてではなく、父として――風野丈達のままでいられるのだ。
私の言うことが理解できないと言わんばかりに眉を寄せ、顔をしかめている清治が大きな溜息を吐いた。
「お前の言うことはいつも抽象的でわかりにくい」
「はは、悪いな。まあわからずとも大丈夫だ。子が生まれればわかる。これを聞けばお前も楽しみになるだろう?」
「…。――子を作るつもりはなかった」
私の言葉を受けても清治はすぐに言葉を返さなかった。何かを言おうと薄く口を開いたが、引き結ぶように口を閉じる。それを二三度繰り返し、躊躇いながらも零された言葉の響きはあまりにも重く、苦渋に満ちていた。
間もなく生まれてくる命を前にそのようなことを、普通なら驚き、呆れ、怒るところだろうか。だが私はどれも思わなかった。むしろ、やはりか…と納得さえした。恐らくこの話をするために清治は仕事を調整して私の元を訪ねたのだ。これがもう一つの隠れていた本題、だな。私は表情を引き締め直し、目の前で苦悩する親友の言葉の続きを待った。
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