第十二話 丈達ことお父さん視点
屋敷に続く一本道を豪華な装丁が施された馬車が上ってくる。その後ろには馬に乗った騎士達もいる。門前に立っている私は取り出した懐中時計が示す時にこみ上げてきた笑いをかみ殺した。
馬車が止まり、扉が開いて中から人が降りてくる。時計の長針が真上にぴたりと重なった瞬間に目の前に現れた旧友にかみ殺しきれなかった笑い声が漏れる。
「さすがだな、清治。時間ピッタリだぞ」
「当然だろう。時間厳守は童(わらべ)でも守れる約束事だ」
「あいつは守れていないけどな」
「あれは別だ」
眉一つ動かさず淡々と言ってのける目の前の男に内心で相変わらずだと嘆息した。きっちりと青色の髪を束ね、銀色の瞳で鋭く私を見やる男の名は水野清治。四大名家の一角である水野家の現当主で私が心を許せる、数少ない友人だ。まあ本人が同じ気持ちだとは限らないが。
後ろに控えていたセバスチャンに目配せして清治が連れていた騎士達の対応を任せ、私達は応接室へと足を進める。
「半年ぶりくらいか。久しぶりだな。元気にしていたか?」
「普通だ。お前の方こそ、年中お花畑の脳内はマシになってはいなさそうだな。客を迎える顔ではない」
隠しきれていたと思い込んでいたが、こいつには(通じなかったか)お見通しだったか。人の気持ちが読めなさそうで実は読めている奴だからな。と感心したのも束の間、清治がとんでもない爆弾を落としてきた。
「遂に奥に愛想をつかされたか?」
「…そうなればありとあらゆる風害がこの世界を襲うであろうな」
「その顔で言うと冗談に聞こえんから止めろ」
「先にふっかけてきたのはお前だ」
「珍しく機嫌が悪いな。神子に何かあったか?」
前言撤回だ。やはりこいつに人の気持ちは読めん。わかっているなら言うなと言いたかった言葉を呑み込んで会話を打ち切らない努力をした私が間違っていた。
落ち着け、落ち着くのだ。今日はそんな話をしに招いたわけではないのだから。冷静に――。
湧き上がってきた苛立ちを押し逃がすように小さく溜息を吐いた私の努力を清治にすぐさま無駄にされ、隠せなくなった苛立ちが表に出てくる。そのせいで応接室の扉を開ける動きが些か乱暴になってしまった。
「そうな「同じ事は二度も聞かん」…なら、俺の神経を逆なでするようなことを言うな」
「こんなに荒れているお前を見るのは久しぶりだったからな。好奇心が勝った。研究者の性だ、許せ」
「そう言いながら全く反省の色が見えないのだが」
「只の言葉の綾で申しただけだからな」
ここまでにべもなく言い切られ続けてしまうと呆れを通り越していっそ清々しさを感じてしまう。さすがは水野家の当主と皮肉を内心で送りながらも気持ちを落ち着かせるために紫蘭が用意してくれていた紅茶を注ぎ、カップを口元に運ぶ。私好みの紅茶の濃さに口元が緩む。同じように清治も自分好みに調節されている紅茶に小さく「美味い」と感嘆の声を漏らした。
「相変わらずできた奥だな。本題に入る前に聞こうか。何があってそのような辛気くさいオーラを放っている?」
「…紫蘭を怒らせて“自由禁止令”を出された」
正確には自由決定権――つまり、私の気分次第で行動してはならないということ。他の者達からすれば特に気にならないだろうが、自由を愛し、常に自分の気持ちに正直に生きる私にとってはただ事ではない。死活問題なのだ。私の気質を理解している清治もそれをわかっているので表情を変えぬまま瞳を何度か瞬かせた。
「何をした?浮気か?それとも誰か殺したか?――後始末に穴があるからばれるのだ。肝心なところで爪の甘いところは相変わらずか」
「おい、勝手に話を飛躍させるな。法に触れる愚行を私がするわけないだろう」
とんでもなく真面目な顔で何を言い出すのだ、お前は!あまりの衝撃に私の現職を忘れているのかと疑ってしまったではないか。
私の剣幕も意に介さず、清治がカップを口に運び、紅茶を嚥下する。
「まあ貴様の立場からすれば当然だからそれは思っていない。だが貴様の分身とも言うべき気質を奥が禁止するなどただ事ではないはずだ。彼女は本当にできた嫁だ。幼き頃よりお前の本質を見抜き、お前が素を出しても文句の1つも言わずに傍に居続けた。そして“望んで”お前と結婚し、今や良妻賢母と呼ぶに相応しい活躍をする彼女にそのようなことをさせるとは…よほどの愚行をしたのだな」
「お前、本当に失礼極まりないな」
「で、何をしたのだ?」
「…記念すべき第一回目の食事をぶち壊した」
「…そこまでしておいてそれで済んだのか。やはりお前の奥は甘い」
言葉の端々に棘を感じるが、ほとんどが正論なので怒る気にもなれない。観念して自らの罪を打ち明ければ、ほとんど表情を動かさなかった清治が目に見えてわかるくらいに顔色を変えた。
紫蘭の逆鱗に触れてしまったのは言わずもがな、先日のあの出来事だ。あそこまで紫蘭を怒らせてしまったのは本当に久しぶりだったが、彼女が怒るのは当然だった。
昔から紫蘭は家族揃って食事を摂る時間をとても大事にしていた。会話が互いの心や気持ちを打ち明け易く、より絆が深まることを彼女は知っていたからだ。
明藍の誕生から長らくできなかった家族団欒の時間をこれからまた始められると思っていた矢先に私と丈成がやらかしてしまったのだ。怒りながらも怒りより悲しみが色濃く出ていた表情を見てはもう、私も丈成も深謝するばかりだった。
だから罰を受けるのは当然なのだ。当然なのだが…。
「お前の言わんとしていることはわかる。俺も紫蘭の姿を見て本当に反省した。だがな、それでも思ってしまうのだよ。1週間が長すぎる…とな」
「いい機会だ。己の気紛れがどれほど他者に迷惑をかけているか、この機にしっかりと見返せ」
「…堅物で頑固で融通の利かないお前にそれは言われたくない」
「私は自分の感性に正直なだけだ」
「…ああ言えばこう言うよな、お前は本当に」
「その言葉、そっくりそのまま貴様に返してやる」
今までも紫蘭を怒らせてこの禁止令を出されたことはあったが、今回ほどの長期間を言い渡されたことはなかった。そのため色々と限界を迎えていることも多く、何かとストレスを溜め込んでしまっている。
ソファに深く身を預け、片手で目元を覆って溜息を吐く私に清治が心配の言葉をかけるどころか突き放してきた。やられっぱなしは癪だと反撃に転じるが、奴は全く意に介さない。嫌みにも眉を顰めることなくカップを口に運ぶ清治の所作はどこまでも優雅で、私はもう匙を投げるしかできなかった。
おまけ
にしても何故お前は彼女から何も言われんのだ。お前も俺のように食器にこだわる点は同じなのに。あの女狐も俺ばかり目の敵にしよって…。
おい、勝手に俺とお前を同列に並べるな。俺は昔からああだ。俺のやり方を貴様が勝手に気に入って勝手に真似し始めたくせに恨み言を言うな。扱いの差に心当たりがないのなら、胸に手を当ててよく考えてみろ。
…――。ないな。
…そういうところだ。
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