第十四話 清治こと水野家当主視点

生まれてくる子が愛おしくないわけではない。望んで生まれてくる命を排する理由などどこにもない。だがそれでも思ってしまうのだ。私の家に生まれて子どもは幸せになれるのだろうか、と。


主君と臣下の絆で結ばれている皇族と四大名家だが、数百年の歴史でその絆に一度も綻びがなかったわけではない。力を過信した、立場を弁えない者達によって皇帝に弓引いた歴史は当然ある。そのような“反逆者”を生んだ名家には。


・“反逆者”は他の三家の者達によって断罪される。

・反逆罪に問われた四大名家はその地位と権限を皇帝に返上。

・“反逆者”と同時期に存在していた本家の者は姓を名乗れない。ここにはお腹の中にいる赤子も含まれる。

・すべての任を解かれ、先祖古来の領地に封じられる。

・“反逆者”と交わりのない子が5歳を迎えた時に行われる儀式を以て地位及び権限は再び下賜される。


以上の処置が下される。皇帝に弓引いた大罪者を生んだ一族が皆殺しの憂き目に遭わないのは皇帝と四大名家の関係性故。この大陸及び近隣諸国では一般常識だが、特別扱いだと不満の声を上げる民はその時代には必ずいた。特に“反逆者”が神子だった場合はより一層風当たりが強くなり、国のあちこちで暴動や内乱が起きた歴史も少なくない。そしてそれは今、現在進行形で起こっている。ここまで話せばわかるだろう。

ここ数十年の歴史で“反逆者”が生まれてしまったことが。そしてその反逆者を生んだ四大名家こそが――我が水野家なのだ。


「数代前の当主こと高祖父の行いで曾祖父も祖父も父も大変な苦労をし、私の代で漸くこの名を取り戻した。だが高祖父が犯した過ちの火種はこの時代でも燻ったままだ。…私達のせいでお前達他家にも苦労をかけている」


「その言い方は止めろと何でも言っているだろう。水野家の名を汚し、四大名家の名誉を地に落としたのは高祖父であり、お前達は無関係だ。同じ水野家の血縁だからとすべての罪を背負おうとするな。そうしなければならないのは高祖父の両親以上の者達だけだ。

本来、罪とは犯した者だけのもの。無関係なお前達が気に病み、背負う必要はない」


「無関係ではないだろう。高祖父は水野家本家の血縁者。彼の罪は水野家が被らねばならないのだ。それがこの世界の理だ」


皇帝より直接特別な地位と権限を賜っている四大名家は他の貴族とは一線を画しているものの、民衆からは高位な貴族として認知されている。我らが罪を犯せば民衆は異分子を生み出した家を糾弾する。個ではなく、全の責任――それが我らの立ち位置なのだ。


「そうだな。私が一番気に入らない理だ。だが私も意見を変えるつもりはないから、何度でも言う。お前達は無関係だ。

確かに我ら四大名家が持つ権力は貴族に近い。だが我らの使命は彼らとは違う。我らは皇帝陛下の下、大陸の平和維持に努める――いわば独立組織だ。貴族達のように己の栄華に興味はない。なれば、我らの責は全にではなく、個であるべきだ。罰するのは罪を犯した者だけにしなければ、この国の平和維持の組織として役割を果たせぬ」


「お前の言うことはわかる。だがそうして個にすべて責任を背負わせ、全である家が無傷では示しがつかんのだ」


「示しをつけることに何の意味がある?示しをつけたことで得をするのは誰だ?ただ民衆の感情を満たすために罪を犯していない無関係な者達が罰を受けるなどおかしな話だ。全く関係のない数代先の血縁者に罪を償わせるなど、正気の沙汰ではない」


「不敬罪に問われても知らんぞ」


「再三申し立てているのに今更不敬罪も何もないだろう」


丈達は臣下として皇帝陛下に忠誠誓っている。そして四大名家の存在意義も理解している。それなのに、“反逆者”に対する処遇だけは納得できない。

個よりも全を。丈達のこの思想を独裁的、当主失格だと罵る者もいるだろうが、私はそうは思わない。むしろ、丈達のような全よりも個に重きを置く者は必要だ。異なる思想を許容できぬ国の器など高が知れている。一辺倒の意見だけでは議論にもならない。まあおかげで我が四大名家の当主会議は白熱しすぎるのだが、その話はまた別の機会にしよう。

話が一段落したところで場に一時の静寂が落ちた。間が空いたことで幾分か落ち着きを取り戻した丈達が何かに気づいたように目を見開き、カップに落としていた視線を上げた。


「はっ!しまった!清治の悩み相談に乗っていたはずだったのにいつの間にか話が全然違う方向に…。――ごほんっ。すまなかった、清治。この話題はいけないな。つい、我を忘れてしまう」


「特に今は感情の制御が働いていないからな。だが、別に脱線したわけではない。この話は必要だ」


先刻までの重い空気を振り払うように首を左右に振り、カップの紅茶を一気に飲み干した。そして一瞬だらしなく口元を緩め、今度は申し訳なさそうに眉を下げて項垂れる。

相変わらず忙しない奴だな、と思いつつも別に怒るつもりも責めるつもりもない。


私達はただ始まりについて話していただけ。他者を遠ざけ、他者から遠巻きに見られていた私に唯一近づいてきた男。どれだけ邪険に扱おうが離れなかったこの男のような存在が、子どもには現れるのか。現れなかった場合、ひとりでこの重荷を生涯背負って生きていけるのか。


「…お前は本当に真面目だな」


「生まれてくる子が苦労することは目に見えているからな。美七とも何度も話し合ったが結論はでず、子を作ることを先延ばしにし続けてきた。だが、お前や他家の奴らを見て話を聞いて欲が出た。やはり、あれと私の子どもを見てみたい、とな」


「愛する者との子を望んで、何が悪い」


「お前ならそう言うだろうと思った。だが、やはり感情に任せて行動すべきではなかった。…いや、今の言い方は語弊を生むな。感情に任せた行動が何を生むのかわかりかねている私にはこの行動が正しいのか、間違っていたのか…判別できぬのだ。今の私は、子の苦労も考えずに自分の欲を優先させた、最低な親だからな」


「…」


重苦しい空気を断ち切るように軽やかなノック音が聞こえてくる。丈達が入室を促す声をかけ、ドアノブがゆっくりと回る。ドアが開き、丈達の奥こと紫蘭殿が入室してくる。彼女はその腕に娘御を抱きながら優雅に頭を下げ、柔らかく微笑んだ。


「失礼いたします。清治殿、お久しぶりでございます」


「奥、久しいな。健やかそうで何よりだ。娘御を連れて、如何された?」


「私は丈達様に呼ばれて参りました」


「どういうことだ?」


精霊を使って奥を呼んだのだろうが、その意図を汲み取れなかった。私の問いかけに丈達の口角がニンマリと釣り上がり、得意げに目が細められていく。学生時代から幾度も見てきた悪戯事を計画している時に浮かべていたものとよく似た表情に苦い思い出がよみがえる。こういう時は巻き込まれたくなくとも何故かいつの間にか巻き込まれてしまうからだ。眉を寄せる私とは対照的に奴は目を細めたまま。…奥がいなかったら確実に小言を浴びせてやったのにと私は内心で毒づいた。

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