第十話
先日はお兄ちゃんが元気になって寝落ちしたところ、丸1日寝ていたみたいで家族に物凄く心配をかけてしまいました。なんかなんかよく寝たなーって暢気に思いながら目を覚ましたらお父さんが飛びかかるように私の全身を隈無く確認し、泣いているお兄ちゃんに抱きしめられたので本当にびっくりしました。唯一冷静だったお母さんやセバスチャン達に宥められ、なんとか事態は収束に向かいましたと、さ。めでたし、めでたし――じゃない!!心配かけて本当にごめんなさい!!
特にお兄ちゃんには自分が心労をかけたせいで目を覚まさないのでは、と責任を感じさせてしまい、涙、涙の大洪水だったそうです。お兄ちゃん、ごめんね…。それにしても、どうしてそんなに寝ちゃったのかなぁ。
《領域を広げたからだよ。無意識下で領域を扱える乳児なんて滅多にいないから、びっくりしたよ》
(シルフ。領域って確か…精霊達が持っている自分の力が及ぶ範囲のことだったっけ?)
《ちょっと違うかな。領域は精霊の力が現実に及ぶ範囲のことさ。僕達精霊の力は強大だから常に現実に力を及ぼせばこの世界のバランスは崩れてしまう。僕達精霊が君達と同じ世界に存在はしているけれど生きる時空が違うのはそのためだよ。でも君達本家の者達は古来より血に刻まれた盟約のおかげでそこに干渉できるから、僕達と意思疎通を図ったりその力を使えたりできる。だけどそこにも当然容量は存在するし、なにより家族といえど他の守護精霊の領域に干渉なんてそうそうできるものじゃない。
でも君はやってのけた。乳児という圧倒的なハンデがありながらも君はゲイルを引きずり出した。すごいことをやったけれど無意識下で力を使ったせいで限界に気づかず、君は丸1日眠ったというわけ。わかった?》
(すごくわかりやすい説明だった。ありがとう)
《見直した?》
(見直した。もっと自由人だと思っていた)
《君が知る僕はゲームの中の僕だからね。現実とは違うのさ。まあでもあれも僕の一面だから違うってことはないけど》
先日とは違い、いきなり目の前に現れたシルフに驚きつつ、発言の中で気になった点があったので尋ねてみた。私の間違いを指摘しながらわかりやすく、詳細にしてくれた説明のおかげで聞きたかった以上のことが聞けた。でもその最中、頭の中にあるゲームの知識が曖昧で朧気になりつつあることにも気づいて若干落ち込んだ。
それにしても、シルフの印象が全然違う。やっぱり神様の右腕だから、色々な顔を持っているのかな。
そんな私の考えを見透かすようにさらりと言ってのけたシルフの雰囲気がまた少し違うように感じる。
(ゲームのことはどこまで知っているの?)
《君が転生した時に持っていた記憶分だけだけど、興味深かったよ。あ、そうそう。君にひとつ、忠告をしてあげる。
僕は確かに君に憑いているけれど、君の全面的な味方にはなれない。やりたいと思ったらやるし、やりたくないことはやらない。君がどう思っているかは関係ない。だから無条件に僕を信じすぎない方がいいよ》
(…やっぱりあなたはあなたなのね)
《そうだよ。僕は僕だ》
無邪気に言ってのけるシルフの表情に一切の曇りや罪悪感はない。でも瞳の奥に凄惨な光が過ぎった一瞬を私は見逃さなかった。
揺れる紺色の髪。必死に伸ばす手。力を振り絞る元当主。泣き崩れる深窓の佳人。
頭を過ぎた映像は文字でしか知らなかった出来事だから想像でしかないけれど、事実ではあった。胸を満たしていく悲しみを耐えるようにぎゅっと目を瞑って感情の波をやり過ごす。にこやかに笑っている彼女を睨むように見つめている気がするけれど、
そしてもう一度シルフと視線を合わせると彼女はにこやかに笑った。
(あなたの力は借りるけど、あなたに頼り切るつもりはない。私は私を、私を愛してくれる人達を信じているから)
《その甘さをいつまで抱えていけるかな》
(一生抱えていくよ。できないことはたくさんあるけれど、強くあろうとする努力は今の私にだってできる)
神様の右翼を担うシルフの力はとても強大で頼りになることはじゅうぶんわかっている。でもその力を借りることはあっても、頼ることは絶対にしちゃいけない。
力の使い方を知らない者には破滅しかないっていうのはRPGやアドベンチャーの定石だ。力を持つ者にはその力を正しく扱うための責任が伴う。だからこそどんな理由があっても力だけを信じて頼って、相手をねじ伏せることはしちゃいけない。そう、ゲームから学んだ。
でもいざ自分がその立場に立ってみると本当にそれができるのか。不安は大きいし不透明なこともたくさんある。最悪な事態だって頭を過ぎる。でも私にはお父さん、お母さん、お兄ちゃん、屋敷の皆――支えてくれる人達がいる。“私”が信じるものはもう、ちゃんと手にしている。
大切で愛おしい皆からの愛を、温もりを“私”は疑わない。この気持ちを支えていくために心を育てていく。そして必ずなってみせる。この力を持つに相応しい人間に。
《君の覚悟の行く末がどうなっていくのか、楽しみに見守らせてもらうよ。それじゃあね》
言葉にしなくても私の気持ちが伝わっているシルフは浮かべていた笑みをより一層深め、本当に楽しそうにそう零した。シルフがウィンクした瞬間に巻き起こったつむじ風は一瞬で弾け、シルフ共々消えた。暫しシルフがいた虚空を睨むように見つめた後、ソファチェアに腰掛けながらウトウトと船を漕いでいるお母さんの顔を見ると気持ちが少しずつ晴れていく。
この景色をいつまでも守れるようになりたいなぁ。そう思いながら私も目を閉じた。
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