2
ゆっくりと引きずり込まれるような終わりをぼんやりと予想していただけの少女は、「世界が沈む」がそんなふうに唐突に始まったことに驚いた。世界はただ深い場所へと沈んでいくのではなく、突き上げられ、粉々に砕かれてから落ちていくらしい。
少年が少女を呼ぶのが聞こえた。揺さぶられる視界の中に少年が差し出す手が見えて、少女はそれを掴む。地面が割れて飛び散って、崩壊と墜落が始まった。
なぜ世界が沈むのかは、少年も知らなかった。
いくつかの前兆が二人の住む町を何度も揺らし、あらゆる場所に亀裂を走らせていった。その裂け目は大きな木が根を広げるように進行し、不穏な地鳴りは空中までも振動させた。
少女がその問いを投げ掛けたのは、二人で時計塔の中を登った日のことだった。頻発する揺れのためか、正確な時を刻めなくなったそこは、それでもまだ歯車を回すことをやめてはいなかった。
少女は揺れる振り子を見ながら、ふと触ってみた錘に指を汚した。それを見て笑う少年に、聞いてみたのだ。なぜ世界は沈むのか。
少年は緩く首を横に振ってから、わからない、と言った。そして、ただ一つ確かなのは、と続けた。
存在するすべてのものは活動しているのだということ。そして、自分たちを乗せているこの世界も、活動する球体であるということ。その思惑は、あまりにも未知であるということ。
そう話し終えた少年の表情は、ひどく悲しい最期を見ているようでもあり、壮大な美しさを前に言葉を失っているようでもあった。
それが何日前のことなのか、少女にはわからなかった。近付いてくるらしい終わりは、時間の感覚すら歪めた。
見えない明日のせいで、今日だけが鮮明だった。そこに少年がいれば、なにも怖くはないのだった。
数え切れないの衝撃の後、水に飲み込まれた。海だった。
少女は少年にしがみついたまま、揺さぶられながら沈んでいった。音のない世界で目を開けてみると、波立つ水面の向こうに太陽が見えた。
どうして空に行ってみたいと言ったのか。それが少女にとっての、一番遠い場所に思えたからだ。最も遠いその場所を、指さしてみたいと思った。
少年と一緒ならどこへでも行ける。ただそれを確認したくて、その夢を口にした。少女は揺れる白い光を見ながら、そのことに気付いた。行けるよと言ってほしかっただけなのだと。
少女は、少年と共に沈んでいきながら、自分が口にした夢の中にたっぷりと希望が満ちるのを感じた。それは、熱されて上昇する気球に似ていた。
やがて少女は、自分が失われたと知る前に失われた。それは少年がそうなるのと同時に進行し、同じ経過を辿った。
二人がほとんど同一の物となった頃、海面に開いた巨大な暗闇がそれを飲み込んだ。
クジラだった。
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