地獄の果てまで
パチパチと炎の爆ぜる音で、ユルグは目を覚ました。
ぼんやりとした頭を振って周囲を探ると、すぐ近くには焚き火が燃えている。そして、その横に鎧姿のマモンが鎮座していた。
彼は目を覚ましたユルグに気づくと、デカい背を縮めて傍に寄ってくる。
『調子はどうだ?』
「……べつに、いつも通りだ」
素っ気なく応えたユルグに、マモンはどこからか調達してきたのだろう。赤く熟れた果実を寄越してきた。
『何も飲まず食わずで歩き詰めでは、倒れるのは当たり前だ。少しでもいい。何か口に入れろ』
「放っておけばいいだろ。どうせ俺は死ねないんだ」
『そういう問題ではない。目的を達する為にはそんな身体では無理だと言っているのだ』
マモンが懇々と説いていくと、ユルグは気乗りしないながらも差し出された果実を手に取った。
それに齧り付いて、飲み込む――その前に反射的に口の中の物を吐き出してしまう。
「げえっ……っごほ」
マモンが持ってきた食い物が不味いというわけではない。ユルグにはそれを感じ取れないし、不味かろうが何だろうが、腹に入ってしまえば同じである。
ただ単純に、何を食べてもこうして吐き出してしまうのだ。
水袋を取り出して口をゆすぐと、そこでやっと落ち着く。
この状態がおかしいことはユルグも分かっている。けれど、自分でもどうしようもないのだ。
そしてそれは、マモンも理解している。それでもこうして口煩く言ってくるのであれば、最早無視を決め込む他はない。
突き刺さる視線に気づかないふりをして、煩い隣人に何か言われる前にもう少し休もうと身体を動かしたところで、なぜかマモンはユルグの腕を取った。
「……なんだよ」
『まだ怪我が治りきっていないだろう。ほら、貸してみろ』
いつの間にか手に持っていた包帯を伸ばして、マモンはいそいそと巻かれてあった血濡れの包帯を剥がしにかかる。
それからくるくると慣れない手つきで身体に巻いていくのだが――
「お前へたくそだな」
『し、仕方なかろう。細かい作業はこの姿ではできんのだ! そんなに文句をいうならば自分でやれ!』
「俺が自分でやらないから、お前がやっているんだろ」
ユルグの指摘に、マモンはぐぬぅ、と返答に詰まった。
彼の言葉通り、一月前からユルグはずっとこんな生き方を続けている。
飯もろくに食べず、睡眠も殆どとらない。疲労が溜まって気絶するまで、昼夜問わず延々と歩き続けるのだ。気を失ったらマモンが安全な場所まで運んで、やっとそこで少し休める。
そんな無謀なことを続けているのだから、自分の身体のことだって厭わない。一月前に負った怪我が治りきっていない状態で無茶を通すのだ。そんなのでは治るモノも治らない。それよりも開いた傷が化膿して、下手をすれば腐ってしまう。
けれど、ユルグにとってはそんなものは僅かも足枷にはならないのだ。
『自覚しているのならば、もう少し身体を労れ』
「はははっ、そんなことして何になるっていうんだ。つまらない冗談だよ……本当に、馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように呟いたユルグは、表情の見えないマモンの鎧頭を見据えた。
「それに、お前は俺にさっさとくたばってもらった方が好都合だろ」
『……何を言い出す』
「あの時は随分取り乱していたのに、やけに落ち着いてるじゃないか。また泣き言を言い出さないかって心配しているんだ。なんたって、聞くに堪えないからな」
嫌みをぶつけると、マモンは何も言わずに閉口した。
彼にも思うところはあるのだろう。けれど、今のユルグにはそれを熱心に聞いて助言をしてやれる状態にないのだ。
けれど、マモンは少しの間沈黙した後、重苦しく想いを告げた。
『……すでに決心はついている。遅すぎたが、まだ手遅れではないだろう。だったら、地獄の果てまで着いていくだけだ』
「元々離れたいと思っても出来ないだろ」
『……ああ、そうだな』
神妙に頷くと、マモンはそれ以上何も言わずにユルグの影へと戻っていった。
傍に居ると十分に休めないと判断しての、彼の気遣いである。
「少し休んだら出発する」
地面へと横になると、誰にともなく呟いてユルグは目を閉じるのだった。
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