果たすべき約束

 ――五日後。


 フィノはライエと共に、帝都ゴルガへと辿り着いた。


 ここまで来る道中、途中に街はない。だからこの五日間は野宿生活を強いられた。けれど言うほど苦痛ではなかったのは、雪の降る地域ではないこととライエのおかげである。

 彼女は狩人として生活しているからか、フィノよりも索敵に長けていた。それに加えて森の中ならばどこからでも食料を調達出来る。

 寝床だって襲われ難い木の上にパパッと作ってしまうし、きっと彼女一人でもゴルガへは楽々辿り着けただろう。


 おそらくユルグよりもサバイバルに長けているライエに、どこでその技術を習ったのか。フィノは興味が湧いて、道中に彼女に聞いてみた。

 するとライエは少しだけ複雑な顔をしたのだ。


「ああ……これは父に習ったの」

「お父さん?」


 彼女の発言にフィノは首を傾げた。

 確か、ライエの父親というのはエルフの貴族であると聞いた。その彼は彼女のことを良く思っていないし、挙げ句にはその存在を無かったことにしようとしたのだ。

 それを思い出せば、今のライエの話は辻褄が合わない。


「あのクソオヤジじゃないよ。私を助けてくれた人」

「んぅ、……どういうこと?」


 尋ねると、ライエは少し昔話を始めた。


 ――二十年前、当時、五歳になったばかりの彼女が片目を失ったその時。悪魔のような所業を止めてくれたのは、実の父親でも母親でもない。その時、偶然貴族の屋敷に盗みに入っていた盗人だったのだ。


 彼は金目の物を盗っていく代わりにライエを攫っていった。天窓から音も無く侵入して、背後から父親だった男を思いきり殴りつけると、颯爽と小さな身体を腕の中に抱き入れたのだ。


 助け出された後、彼女はその盗人に尋ねた。

 ――どうして助けてくれたのか、と。


 ハーフエルフである彼女は奴隷として売っても良い値は付かない。それに片目を潰されていては見目も悪いし、最悪奴隷商に突き返されることだって考えられる。どう見てもこんな子供を助ける行いは、彼にとっては損以外の何物でもないのだ。


 すると彼は、これまた奇妙なことを口走った。


 曰く――


「私は自らの私利私欲の為に盗みを行っているわけではないんだ。君みたいな境遇の子を救うために、至福を肥やしている輩からあぶく銭を頂いているだけだよ」


 そう言って、彼はライエに宝石があしらわれた首飾りを掛けてくれた。

 それは彼女の父親がいつも身につけていたお気に入りのものだ。それが彼の手中にあることに驚いて……それから、ライエは笑い転げた。


 なんてことはない。ライエを救い出したあの最中でも、彼は盗人らしく手を抜かなかったということだ。


「本当におかしな人でね。私が一人で生きていけるように面倒見てくれて……血は繋がってないけど、私にとっては父親みたいな人だった。あの人は私のことをどう思っていたのか知らないけど……一緒に暮らしていた時はそれなりに楽しかったんだよ」


 しみじみと語るライエの表情はとても穏やかなものだった。きっと彼女の人生でその人は何よりも大事で大切なものなのだろう。

 フィノにも同じ思いを抱く人はいるので、彼女の気持ちはよく分かる。


「今は一緒じゃないの?」

「五年前に帝都に盗みに出て、ドジ踏んで捕まったきり。死んではいないと思うけど、脱獄してくるのは難しいんじゃないかな」

「……そうなんだ」


 予想外の返答に気まずくなって目を逸らしたフィノの視界外で、ライエは突然声を荒げた。


「だから、もう引退しろって私は何回も言ってたのに、一つも聞かないんだから! まあ、私は人間より寿命は長いしいつまでも待てるから、どれだけ待たされても構わないよ。でも帰ってきたら一発は殴らせて欲しいかな」

「ライエはお父さんのこと、好きなんだね」

「変人だけどね……でも、とても良い人なんだ」

「早く会えるといいね」


 フィノの心の底からの言葉に、ライエは少し恥ずかしそうに微笑んだ。




 ===




「それじゃあ、ここでお別れね。手伝ってくれて助かったよ」


 ――ありがとう。

 そう言って、ライエはフィノへと手を差し出す。それを握り返して頷いたフィノに、彼女はぽん、と肩を叩いた。


「フィノも大事な人に早く会えるといいね」

「う、うん……」


 ライエが掛けてくれた前向きな言葉に、フィノは後ろ向きな表情をして頷いた。

 それに気づいた彼女は、わしわしとフィノの頭を撫でくり回す。


「なっ、なに!?」

「そんなに暗い顔するなら、その人に会ったら一発殴ってやればいいんだ。私もそのつもりだよ。大丈夫、悪い事はしてないんだから。むしろ迷惑掛けられてるんだから、一発じゃ足りないくらいね」


 笑いながら言うライエに、自然とフィノにも笑顔が戻ってくる。


「うん、そうだね。お師匠はみんなに心配掛けてるから、一発じゃ足りない!」


 元気を持ち直したフィノに、ライエは安堵の表情を浮かべて去って行った。


 ……彼女の言う通りだ。どんなことがあってもフィノはユルグを連れ戻さないといけない。例え殴ってでも。

 旅立つ前に交わしたミアとの約束は、絶対に果たさなければならないのだ。


 決意を新たに、フィノは帝都に聳える王城を見つめる。あの場所に、ユルグがどこに行ったのか。答えを知っている人物がいるはずだ。

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