孤独の道を征く

 ライエに案内されてフィノは彼女の住処に足を踏み入れた。

 彼女が暮らしているのは一人暮らしには十分な広さのログハウスだ。アルディア帝国側の山の麓にぽつんと建っているそれは、人目を避けて暮らすには持って来いのものである。


「こっちは雪、そんな積もってないんだね」

「ラガレットよりは寒冷じゃないからね。わりかし過ごしやすいの」


 そう言って、ライエはフィノをテーブルに座らせるとお茶を出してくれた。

 解体した肉や毛皮は取りあえず暗室において、一息ついたところで彼女はフィノの対面へと座る。


「それで、何を聞きたいんだったっけ……ああ、この間助けた人のことね?」

「うん。フィノのお師匠だと思うけど……ええと、髪と目が黒くて……たぶん、左目を怪我してる」


 ユルグの特徴を話すと、ライエは肯首した。


「ああ、その人ね。助けたのは……五日ほど前だと思うよ」

「……っ、どこに行ったの!?」


 身を乗り出して聞いてくるフィノに、ライエは気圧されながら少し表情を曇らせる。


「残念だけど、それは知らないの。何も言っていかなかったから。そもそも、私もその人のことについては殆ど何も知らないのよ。助けたっていうより、倒れていたところを偶然見つけて声を掛けただけね。顔色が悪かったから、少し休んで行ったらって提案したんだけど……いらないってすぐに行っちゃった」


 彼女の情報には目新しいものはなかった。依然ユルグの行方は不明である。

 けれど、五日前にここを通ったのならば、まだそれほど遠くには行っていないはず。それだけでも分かれば気持ちも明るくなる。


「でもこの辺りには街もないし、あの様子じゃ何日も歩き続けるのは無謀だと思うよ。だから……ここから一番近い帝都には足を運んでいるんじゃないかな。私のように人目に付きたくないなら別だけど」

「んぅ……」


 とはいえ、ユルグの目的も見当が付かない。それが分かればある程度どこに向かっているのかもわかりそうなものだけれど……最後にユルグに会ったエルリレオもそれは分からないと苦い顔をしていた。


「フィノはこれからどこに向かうつもり?」


 考え事をしていると、ライエからの質問が飛んでくる。


「ゴルガに行くつもり」

「帝都か……ねえ、それ私も着いていっても良い?」

「えっ?」


 いきなりの発言に目を円くするフィノに、彼女は少しはにかんで答える。


「なめし終えた毛皮が沢山あってね。一人で運ぶのは大変だから手伝って欲しいのよ。どうせ帝都まで行くなら……ね?」


 ここから帝都まで行くとなると五日ほどかかる。大荷物を持ちながらでは彼女も大変なのだろう。

 多少面食らったけれど、そういう事情ならば喜んで協力しよう。ライエには先ほど助けてもらったし、ユルグの足取りも教えてもらった。

 なにより困っていて、フィノの助けが必要ならばやぶさかでもない。


「いいよ。助けてもらったもんね」

「ありがとう! 恩に着るよ! といっても、そろそろ日も暮れるし、出発は明日の早朝にしましょう。今日は泊まっていって」

「うん」


 ライエのありがたい申し出に、フィノは好意に甘えることにした。

 そうと決まれば、と彼女は先ほど解体した魔物の肉を使って食事の準備に入る。それにフィノも手伝うと言ったが、お客にさせられないと言われては素直に引っ込むしかない。


 冷めてきたお茶を啜って、手持ち無沙汰な時間。フィノは頭の中を整理する事にした。

 どうにもずっと気に掛かっていることが一つあるのだ。


 一月前からのユルグの行動を辿るのならば、彼は一度アリアンネの元へ行き、それからまたラガレットへと戻ってきた事になる。もっともこれは魔王が公王を殺したという噂を鵜呑みにするのならばだが、今までふわふわとしていた疑念がライエの証言を合わせると現実味を帯びてくるのだ。


 五日前にユルグがここを通ったというのならば、彼はラガレットへと戻ってきていた事になる。それならば、公王殺しにも得心がいく。

 しかしそれの動機が不明。ユルグのことであるから、何の意味もなくそんなことはしないはずだ。


「んぅ、……わかんないや」


 呟いてテーブルに突っ伏す。


 分からないことだらけ……だけど、今のユルグはまともではない。それだけはフィノにだって分かる。

 大事な人を亡くして……辛くて悲しいはずなのに、彼は誰にも頼らずに行ってしまった。それはフィノが今まで目にしてきたユルグと何も変わらないように思える。彼は誰にも縋らないし、誰も寄る辺にしない。


 そうして、孤独の道を征くのだ。

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