最悪の仮説
フィノの推理が合っているならば、一月前にユルグが向かった場所。それにも見当が付く。
けれど、認めたくはないことだ。そもそも、どうしてこんなことをする必要があるのか。どれだけ考えてもフィノには理解出来なかった。
しかし、それも直接聞けばはっきりする。
決心したフィノは、雪山を下山するとエルリレオが待っているアルベリクの家へと急いだ。
行動に移るならば早いほうが良い。きっとユルグは歩みを止めないはずだ。フィノが追いつくまで待ってくれることなどない。
「――っ、エル!」
血相を変えて飛び込んできたフィノに、彼は驚きに目を円くした。
家の中には顔なじみが揃っている。
エルリレオに、カルロ。ぐっすり眠っているヨエルに、アルベリクと彼の母親であるティルロット。
彼らからの視線を一身に浴びながら、フィノは手短に告げる。
「今すぐいかなきゃ」
「……行くって、どこへだ? 何か分かったのか!?」
「うん。だから近道、教えて」
背嚢から地図を取り出して、テーブルに広げる。
「ゴルガに行きたい」
「アルディアの帝都か? どうしてだ?」
「アリアに話を聞かなきゃいけない」
先ほど見つけたエルフの死体。彼を目にしたのは、一年前のことだ。
一年前……あの場所に訪れたアリアンネの護衛の一人。それがあそこにあった死体の正体だ。
どうして彼があそこにいるのか。あの罪人は何なのか。まだ点だらけの状態だ。それを繋げるにはもっと情報がいる。けれど、一部予想はつく。
エルフの彼はアリアンネの護衛。もっといえば、アルディア皇帝に仕えている部下だ。そんな人物が独断で襲撃を計画するわけがない。
ましてや、現皇帝はアリアンネが務めている。無関係なはずがない。
「それって、今の皇帝サマのこと?」
「うん、そう」
「まってよ、どうして皇帝なんかがこんなことするわけ?」
「それは分からない。だから、今から話を聞きに行ってくる。きっと何か知ってるはず」
カルロの問いかけに今のフィノでは答えられない。
容疑者は確定したが、この事態を招いた……その理由は分からず終い。もしかしたら、ユルグはそれにも気づいていたのかも知れないが……フィノにはさっぱりだ。だから、直接聞きに行こうという魂胆である。
「ふむ……急ぐというのならば、シュネー山を越えて北から向かった方が最短だ。道はかなり険しいが五日ほどで辿り着けるだろう」
「わかった」
エルリレオから道程を聞いて、フィノは地図をしまう。
手早く背嚢を背負って旅の支度をする。
「カルロはここで待ってて」
「言われなくてもそうするよ。私がついていったら足手纏いになるからね。この子の世話しながら、フィノがお兄さんを連れ帰ってくるの待ってるから」
「うん、まかせて!」
空元気だけど、胸を張って答える。
すると、フィノの腕を誰かが引いてきた。
「ねえちゃん……にいちゃんのこと、頼むよ。俺……」
彼は消え入りそうな小声で訴えてきた。
エルリレオの話ではアルベリクはユルグに懐いていたという。こんな事態になって、それでも何も出来ない自分に引け目を感じても仕方ない。
「うん、わかった。それじゃあ、いってくるね」
俯いた頭を撫でて、フィノは外套のフードを目深に被るとメイユの街から発っていく。
ここまでに立てた仮説がもし、正しければ。それ即ち、アリアンネと敵対する可能性もある。
けれど仮にそうであったとしても、ユルグにはマモンがついている。彼女に刃を向けて、マモンが黙っているはずはない。
とはいえ、魔王であるマモンを滅する方法は無いし、魔王の器であるユルグを殺すことも出来ない。唯一、ユルグを止めることが出来るとしたら、マモンがユルグから離れて他者を依代とした場合だ。それを成してしまえば、ユルグは生きてはいられないだろう。
頭の中では嫌な予感ばかりが募っていく。
「……っ、急がなきゃ」
全てが手遅れになってしまう前に。
目の前に聳えるシュネー山を眺めて、フィノは前へと進む。
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