現場検証

 深呼吸をして、小屋の中に足を踏み入れる。


 先ほど室内を見渡した時は動揺していて、そこまで考えが至らなかったが……どうしてこの場所がこんなに荒れているのだろう。

 フィノが一番に疑問に思ったのはそこだった。


 誰がこんな状況を作り出したか。それは知れないが……ここはシュネー山の中腹に位置する山小屋である。この場所に用がある人以外はまず近寄らない。誰かが遭難して、それでここに辿り着いたのならまだ分かるが、そんな人間がこんな刃傷沙汰を起こすわけが無いのだ。

 犯人一派は確実にここを目指していた。それは確実なはず。


 それと……もう一つ、気になることがある。


「……やっぱり、そうだ」


 床に落ちている剣を一つ手にとってしげしげと眺める。すると、違和感にフィノはすぐに気づいた。

 剣の柄。持ち手の部分が保護されていないのだ。


 この事は、ラガレットで暮らすうちにフィノも気づいたことだが、以前ユルグにも教えられたことだ。


 この国は、他国よりも寒冷である。シュネー山付近は年中雪が降っているが、その他の地域も寒いことには変わりない。だから、防寒対策は必須。それはなにも身体に身につける物だけのことを言っているわけではない。


 武器である剣――その持ち手。当然の如くそこにも適用される。

 金属……冷えた鉄は触れると凍傷を引き起こす恐れがあるのだ。だから、金属部分が露出しないように布きれなどで覆ってやる。


 手袋をして扱えば問題はないが、必ずそういった状況で剣を握るとは限らない。だから、ラガレットではそういった凍傷対策がされていることが殆どだ。


 それを踏まえると……この剣の持ち主は、ラガレットの人間では無い可能性が高い。



 先ほどのカルロの疑問を紐解くのならば、仮に……ユルグのターゲットが公王だとすると、この惨劇は彼が手引きしたことになる。

 けれど、現状そう考えるのは難しいという結論ばかり出てくるのだ。


 先のことも然り。もし、公王の差し金でそれの報復を成したのなら、目的を達したユルグはここに戻ってきているはず。けれど、未だ彼の姿は見えないまま。

 加えて、行方の分からない一月の空白期間もある。


 つまり……ここを襲った犯人はラガレットの外から来たことになる。わざわざ極東の雪山にだ。


 きっとユルグもそこに気づいたはず。

 けれど、その先が見えない。容疑者になり得る人物が思い浮かばないのだ。

 そもそも、襲撃者がどうしてここを襲ったのかも不明である。


「……ううん」


 ひとしきり小屋の内部を見渡して、フィノは外に出た。

 冷え切った空気を吸って頭を切り換える。


 そうすると、足は自然とある場所に向かっていた。

 本当は……見たくないけれど、彼女の前でちゃんと約束しておきたい。


「ユルグはフィノが必ず連れ帰るから……だから、もう少し待ってて」


 墓前に立って伝えると、引っ込んでいた涙が戻ってくる。

 ぐしぐしと目元を擦って、踵を返したところで――何かに躓いて、フィノは盛大に転げた。


「んぅ、つめたい……」


 顔から雪原に突っ込んだ為、口の中に雪が入ってしまう。ペッと吐き出すとフィノは躓いた何かに目を向ける。

 どうにも何かが雪の下に埋もれていたらしい。それもかなり大きな物だ。雪下に手を突っ込んで引っ張り上げようにもビクともしない。


 引っこ抜くのは諦めて、積もっていた雪を払っていく。

 そうすると……露わになったものを見て、フィノは息を呑んだ。


「これ……誰だろ」


 雪下に埋まっていたものは、顔の判別も出来ないくらいに滅多差しにされた誰かの死体だった。



 吐き気が込み上げてくるのをなんとか堪えて、フィノはそれの全貌を暴く。

 彼と思しき死体は、フィノの目から見ても奇妙であった。


 それは、ボロの外套を纏っていてその下に来ている服も上等なものとは言えない。かつて奴隷だったフィノと同じくらいの質素なものだ。

 それと、身体の胸元に焼き印が見える。


「これって……」


 微かな記憶を辿ると、この印にフィノは覚えがあった。

 彼女が奴隷として生きていた間、これと同じものを見たことがあったのだ。


 奴隷の焼き印は、首の後ろに付けられるが……この胸元のものは――


「……罪人」


 罪を犯して、けれど死刑に値しない罪人は奴隷として扱われることが多かった。そういった人達が商品として扱われるのを、フィノは何度も目にしてきた。

 だから、これだけは間違いようがない。


 そして、彼らが今後普通の人生を送ることなど出来やしないのだ。


 だから……彼だけがここに、こうして死体となってあることはあり得ない。どこからか逃げ出してきたのだとしてもこの場所にいること自体、不自然である。

 しかも、ラガレットの外から来た可能性があるのであれば、何者かが連れてきた。そう考えると筋が通るのだ。


「もしかして、まだあるかも」


 立ち上がったフィノは片っ端から周囲を探っていく。

 すると、今度は四肢を斬られてバラバラになった死体が出てきた。


 きっと、さっきの物と今のバラバラ死体はユルグの仕業だ。あそこまで容赦なく殺せることに、悪寒が走るが……彼の心境を想えば責めることなんて出来やしない。


 今見つかったバラバラ死体はこれもまた罪人であった。


 ――二体の罪人の死体。


 当然、これらを引き連れてきた人物がいるはずである。そしてそれを、ユルグが見逃すはずが無い。


 指先が悴んで感覚がなくなるくらいに探り回って……フィノは、やっとそれを見つけた。


 彼の死体は他の二つと比べて異様に綺麗だった。

 腹に深い一撃をもらって、止血できずに死んでいった。そんな感じである。


「うう……ん、この人」


 その顔を見て、フィノは眉を潜めた。

 どうしてか、この顔に見覚えがある。けれど、エルフの知り合いなんて……フィノには数えるほどしかいない。

 もちろん、死に顔を晒している彼について心当たりなどあるはずも、


「――あっ!!」


 刹那に、思い出した。

 きっと、フィノでなければ記憶にすら残らなかっただろう。けれど、彼女は記憶力が人一倍ある。一度見た物なら大抵覚えていられる。

 だから――一年前の、あの時のことも。奇跡的に覚えていたのだ。

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