弱者の生き方

 カルロの故郷であり、フィノがいた村は外界から隔絶された場所だ。外の情報は殆ど入ってこず、たまに物資を売りに来る商人から外の情報を仕入れる。

 だから、こうしてベルゴアへと着くまで、世界が今どんな状況に陥っているのか。いまいちフィノには実感が無かった。


「みんな浮き足立ってるね……まあ、公王サマが何者かに殺されたって言うなら当たり前か」


 彼女の言葉通り、道行く喧騒から聞こえてくる話し声はその話題で満たされている。


 ――公王シュナルセが何者かに暗殺された。

 ――犯人は魔王であるらしい。


 そこまでは良かった。

 けれどそれに混じって、ある一言がフィノの耳に入ってきた。


 ――勇者は何をやっているんだ。


 憤りを孕んだその文句は、何も知らない人からしたら当たり前のことである。

 勇者が魔王の討伐を成さないからこんな事態になったのだと、責任転嫁をして責め立てる。世間の反応を見れば何の問題もない。


 けれど、フィノにとってはそうは思えないのだ。


 怒りに手が震えて、それを隠すように拳を握りしめる。俯いたまま微動だにしない。

 発散できない怒りを抱えていると、不意に誰かが背後から耳元を塞ぐ。

 振り返ると、カルロがいつもの笑顔でフィノを見つめていた。


「あんなの聞かなくて良いよ。それよりお腹空いたからご飯食べにいこう」

「う、うん」


 カルロはフィノの手を引いて、近場にある飯屋に入っていく。


「ここで食べても良いの?」

「堂々としてりゃ、案外バレないもんだよ」


 ハーフエルフであるから歓迎はされないが、外套のフードを目深に被って顔を隠していれば、なんとかこうして外で食事も出来るのだ。けれど、カルロのように金髪のハーフエルフは目の色で邪血であると見破られてしまう。

 フィノのように髪色も目の色も違えば、耳を隠していればいちゃもんを付けられることはない。


 そもそもハーフエルフと言っても大雑把に二つに分けられる。

 純血のエルフと人間の合いの子。それと、ハーフ同士……または片親が人間の合いの子。


 前者はエルフの血が濃いため目の色しか遺伝しないが、後者は純血の特徴が薄れた子が産まれてくる。耳の形は変わらないが、その他の容姿。髪色と瞳の色は純血とかけ離れていることが殆どだ。

 両者とも純血のエルフには蔑まれているが、目に付きやすいのは前者が圧倒的である。


 以前、マモンがフィノの母親について話していたのは、こういった例があるからである。

 フィノは片親が人間のハーフエルフだが、母親がログワイドの縁者であるため白髪で藍色の瞳という珍しい容姿をしているのだ。


 村では金髪のハーフエルフが多かったが、それでも髪色も瞳もエルフでは持ち得ない特徴を有した村人もいた。

 とはいえ、ハーフエルフである以上、純血のエルフから見ればどれも同じである。


「カルロは、こういうの嫌だよね?」

「こういうの……今の状況ってこと? そうだね、好きな奴はいないだろうね」

「でも、村のみんな嫌ってた」


 ――どうして、と尋ねると彼女は切り分けた肉の欠片を頬張る。


「前も言ったと思うけど、別に差別を許容しているわけじゃないよ。ただ……何やっても無意味だって期待していないだけ。あいつらはどうにか出来るって思ってるけど……それを自分の力でやるなら何も言わないよ。でも、他人に頼ってどうにかしてもらおうとしてる。それが許せないの!」


 語気を荒げて、カルロは主張する。それにフィノは、思った事を率直に告げた。


「でも、何もしないよりはいいよ」


 それを聞いた瞬間、カルロは食事をしていた手を止める。

 じっとフィノを見つめて、次の言葉を待っていた。


「フィノは何かしようって、考えたことなかった」


 奴隷として生きてきたフィノにとっては、彼らの言う差別や迫害は温いものだった。それ以上の扱いをされたからか。ハーフエルフだからと後ろ指差されても、フィノは気にならなかったのだ。むしろそれが当たり前だと思っていた。

 この認識が違うと知ったのは、ユルグと一緒に旅をして、彼に教わったからだ。


「フィノはたまーに鋭いこと言うよね」

「うっ……それでお師匠、怒らせてたから……」


 かつての失態を思い出して、フィノは顔を青ざめる。きっとカルロも無遠慮な物言いに気分を害しただろう。

 恐る恐る顔色を窺うと、そんなフィノの心配など余所に彼女は可笑しそうに笑い出した。


「あははっ、図星ってやつだ!」

「お、怒らないの?」

「何で怒るのさ。何も間違ったことは言ってないでしょ。私だって、何もしない人になっちゃうしね」


 そう言って、カルロは止めていた食事を再開する。


「でも何を取るかは自分で決める。フィノもそこはちゃあんとわかってるでしょ?」

「うん」

「なら大丈夫だ」


 息を吐き出して、彼女は目を眇めた。


「なんだかなあ。見てるとちょっと不安になってくるんだよ。良いように扱われそうでさ」

「むっ、そんなに馬鹿じゃないよ!」

「うんうん、その意気だ! 自由に生きられても自分の意思がないんじゃ、無意味な人生になっちゃう」


 ――だから、とカルロは続ける。


「もし今の状況をどうにかしたいって思ったのなら、私は煩く言わないよ」

「……うん」

「ま、それがいつの話になるかっていうのは、今はまだ分からないけどね。それよりもやるべき事があるんだから、そっちを優先すべきだ! というわけで! さっさと食べてこんなところ、出てっちゃおう!」


 カルロはフィノを励ますように声高に宣言すると、残りの食事に手を付ける。

 きっと余計な気を遣わせてしまったに違いない。村を出てからずっと元気が無いフィノを見ていたから、カルロも思うところがあったのだろう。


 心の中でありがとうと唱えて、フィノも目の前に置かれた皿の中身を平らげるのだった。

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