第二部:白麗の変革者 第一章

二千年前 2

 底が見えない大穴の終わりは、ログワイドの予想を裏切る形で訪れた。


 落ち続ける身体を支えたのは、不意に現われた何者かの柔らかな体毛。何か巨大な生物の身体の上に落ちたのだと彼は思ったが……それでも周囲は暗闇しか見えない。

 ログワイドを受け止めた何者かの正体すら不明なままだった。


「……いきてる」


 呆然と呟いた直後、彼の身体を大きな手が摘まんでゆっくりと持ち上げられる。

 少しの間空中を浮遊して、やがてログワイドは地面へと降ろされた。


 彼を掴んだ手は獣のように毛むくじゃらで、それに加えてかなりの巨体であることが伺えた。暗闇しか見えない状況だが、それでも傍にある何者かのシルエットはかろうじてわかる。

 命の恩人である彼はその巨体をぐぐっと屈めて、長毛に覆われた顔をログワイドへと近づけると興味深げに見つめてきた。


「君は……森人か? それにしては少し変わった見た目をしているなあ」

「……っ、喋れるのか?」

「長いことここに籠もっていたから上手く話せているか不安だが……、言葉は通じているようで安心したよ」


 ニヤリ、と彼はデカい口を歪ませてログワイドに微笑みかけた。けれど、如何せんこんな姿ではかなり不気味である。


「それにしても、愛し子たちは何をしているのかね。ここは屑籠入れではないというのに……困ったものだ」


 やれやれと首を竦めて、彼は嘆息した。けれどそこには微かな慈愛を感じる。幼子が成した小さな悪戯を咎めているようにも感じるのだ。


「ところで、君はどうしてここに? 誤って落ちたのならば地上に返してやることも出来る」

「……俺が戻ったところでまたここに落とされるだけだよ」

「ふむ、なぜそんなことをする必要がある?」

「こんな成りをしてるから……あいつらにとっちゃ、俺は忌みモノなんだ」


 ログワイドが、忌々しげに呟いた。その直後だった。


「クッ――カカカッ、ハハハハハハ!!!」


 正体不明の獣は声高らかに哄笑こうしょうした。

 それは大気を揺るがし、真闇だけの空間に反響する。


 驚き、呆然としていたログワイドに、ひとしきり笑い終えた彼はずいっと顔を近づけて、


「この世に、私よりも忌まわしきモノは存在しないよ」


 ――ニヤリと口を歪めながら、一言、そう言ったのだ。

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