最愛の一匹

 カルロが取り出した物は数枚の紙だった。

 そこに書かれているのを、彼女はここ数日の成果だと言った。


「お兄さんが来る前に二人に話を聞いて、勝手に予測を立てて見たんだけど。やっぱりこっちが当たりみたい」

「……当たり?」

「ログワイドが本当に隠したかったのは、村の石版ってことだね」


 曰く――

 あの石版について、一つの役割があったのだ。

 何かあって秘匿すべき情報が奪われるようなことがあったら、真っ先に仕込み分を手放すようにと。


 それが女神について書かれていた十枚の石版のことだと、ユルグは瞬時に理解出来た。


「……なるほどな」

「こっちの石版に書かれていたことは、ログワイド自身のことみたいだね。まだ全て解読出来てはいないけど、とりあえず分かっている部分だけ書き写してきた」


 カルロが差し出した紙を三人揃って目を通す。

 そこにはマモンから聞いた彼の生い立ちが書かれていた。けれど、話で聞いた以上のことはわからない。きっとその先に何かしらのヒントはあるのだろうが、それは解読待ちになるだろう。


「ということは、押収されていた石版には意味がないってことか?」


 マモンもログワイドがあんな内容をわざわざ残すのは不自然だと言っていた。敵を騙すための偽情報ならば大いに有り得ることだ。


「ふむ……そう考えるのは早計ではないか?」


 黙って話を聞いていたエルリレオがおもむろに口を開く。


「確かに一見、何の意味もないように思えるが……友人へ向けての言伝もあったのだ。何の意図も含まれていないとは考えにくいと儂は思う。大筋ではないが、それほど重要ではない情報を隠したということも……可能性としてはあるだろうなあ」


 エルリレオの意見ももっともだ。


「少なくともここに書かれている嘘を見抜いてからでも遅くはないと思うがのう」


 そう言って、彼はこれまでで翻訳した箇所の写しをテーブルに並べた。


「元々、女神を讃える文言があるのは知っているな?」

「そういえばあったな。そんなの」


 彼の問いかけにユルグは腕を組んだ。

 薄らと思い出せそうな気もするが……生憎女神を信奉はしていない。そもそも女神自体ユルグは嫌っているのだ。だから覚えていないというのが正直な話である。


 もちろん、マモンも。カルロも覚えていなかった。というかあの二人は単純に興味が無さそうではある。


「儂は神官だからのう。それほど信心深くはないが、文言はかつて暗記させられたもので、今でも覚えている」


 告げて、エルリレオは例の文言を唱えた。


『女神は我ら定命を分け隔て無く愛している。それが永遠のものとなるように、地上を浄化しこの世界を興した。この世に、健やかな安寧をもたらすために』


 一見何の変哲も無い讃辞である。

 おかしなところは見受けられないが……難しい顔をしていると、エルリレオは続けた。


「この文言がな、翻訳をしていると嫌というほど出てくるのだ。逆に不自然さを覚えるほどだよ」

「……ってことは、こいつを疑えってことか」


 ログワイドはマモンに嘘を見抜けという伝言を残していた。

 とすれば、十中八九この文言についてだ。


「お前はどう思う?」

『ふむ……どうにも胡散臭いなあ』

「その根拠は?」


 尋ねると、マモンは一つ唸り声を上げてユルグの問いに答えた。


『ログワイドは、女神は定命を嫌っていると言っていた。それは己も同感だ。そうでなければ、地上に瘴気など溢れてはいない。それを前提とするならば、偽りが混じっているというのも納得だ』


 彼の言葉通りに疑わしい部分を抜粋するなら、こうだ。


『【女神は我ら定命を分け隔て無く愛している。】それが永遠のものとなるように、【地上を浄化し】この世界を興した。【この世に、健やかな安寧をもたらすために】』


 ――嘘の反対は、真。

 安直ではあるが、該当箇所を反転させると――


『【女神は我ら定命を憎んでいる。】それが永遠のものとなるように、【地上を瘴気で満たし】この世界を興した。【定命が、緩やかに死ねるように】』


 大雑把に考えるなら、こんなことになる。



「物騒な女神サマだねえ」


 静観していたカルロが笑い声を上げる。

 けれど、今の世界の状況を見てもこちらの方がしっくりくるのだ。しかし、矛盾点も存在する。


「あの四災の話では、瘴気はあいつらが大穴の底にいるから発生しているという話だったが……」


 ぽつりと呟くと、エルリレオが不可解な顔をする。


「そういえば……一つだけ、大穴に関する記載もあったのう」

「本当か?」

「例の文言に不自然に付け加えられていたから、何か意味があるとは思っていたのだが……そら、これだ」


 言って、エルリレオは紙を一枚ユルグの面前へと突き出した。



『女神は我ら定命を分け隔て無く愛している。それが永遠のものとなるように、【災厄の三匹と最愛の一匹を大穴の底に封じ込めた後、】地上を浄化しこの世界を興した。この世に、健やかな安寧をもたらすために』



 ――『災厄の三匹と最愛の一匹を大穴の底に封じ込めた後』


「……災厄の三匹と、最愛の一匹?」


 思ってもみない単語にユルグは困惑する。


 竜人の四災の話では……かつて人間が、彼ら四災を恐れて大穴に押し込めたのだと言っていた。

 であればすべての四災が対象だと思っていたのだが、ここに書かれている文章はその限りではない。


 つまり――


「一人だけ、裏切り者がいるってことか」


 考え得る可能性を言葉にすると、途端に信憑性が増してくる。

 あの竜人は、同胞である絶死を忌まわしく思っていた。それは確かだろう。あの空間で血の雨を降らせていたのは、絶死でもある。

 確実に自分たち四災の益にならないことをしているのだ。


『女神とグルか、それとも謀反を起こしたか。そう考えるのが妥当であろうな』


 マモンの意見にユルグも同意を込めて頷く。


 そう考えるならば辻褄が合う。

 彼ら四災は、おそらく女神よりも上位の存在である。それらを大穴の底に封じるなど、本来ならば不可能なはずだ。

 けれど、実際そうなっているのは協力者がいたから。その節が一番有力だろう。


 それに、女神が定命を憎んでいるのならば、呪詛を廃して魔法を創りだした。その行動にも得心がいく。


 四災を大穴に押し込めて。瘴気を生み出して。それに対抗する手段を奪って。

 莫大な時をかけて、地上にある定命を根絶やしにしようとしたのだ。


「うーん……詳しいことはよく分からないけど、女神サマがクソ野郎ってことは、よーく分かったよ」


 テーブルに頬杖をついて、カルロはうんざりと嘆息した。

 彼女の言う通り、こんな悪女であると知っているならば誰も崇めることなどしないだろう。


 話が一段落付いたところで、カルロは席を立った。


「私はそろそろ村に帰るよ。行商に着いて行くから、遠回りして帰ることになるけどね」

「ああ、わざわざ来てもらってすまないな」

「いんや、大丈夫。私よりもフィノを連れてきたかったんだけどねえ。今ちょっと色々と面倒なことになってて……あ、でもそんな大事でもないから気にしなくても良いよ」


 ――じゃっ!


 片手を上げて颯爽と、カルロは店を出て行った。

 残された三人もお開きとなったことで各々立ち上がる。


「と言ってもまだ何か隠されているやもしれぬのでな。儂はもう少しこれの翻訳をしてみよう」


 去り際のエルリレオの提案に頷いて、彼を見送るとユルグは当て所なく街をうろつく。


「なあ、少し良いか?」

『なんだ?』

「さっきはわざと言わなかったんだが……一つだけ気になることがあるんだ」


 足元を着いてきているマモンを見つめて、ユルグは続ける。


「どうしてログワイドはお前を創ったんだろうな」

『……世界のためではないのか?』

「考えてもみろ。奴の生い立ちなら、世界を救おうなんて考えない。むしろその逆。女神同様に恨んでいてもおかしくないんだ」

『そっ……それは』


 ユルグの考えにマモンは口籠もった。


「でも結果的に奴はお前を創った。きっとそこには何かしらの意図があったんだろう。そこまでは俺にも分からないが……全容はそう単純な話でも無さそうだな」


 おそらく、この答えは村の石版に書かれているはずだ。

 カルロの話では石版を村外に持ち出すのは禁じられていて、どうしても現地で解読作業をしなければならないらしい。

 あの村長もある程度事情は知っていて協力的だと言うし、ここはフィノを信じて待つしか無さそうだ。

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