4.作戦

第6話 魔法少女は信頼で。(1)

 “みんなの笑顔を守る。”

 “無茶だとしても、あきらめない。”

 “すべてをかけてでも、絶対に。”


 それは、私の掲げる信念。


 だれかが悲しんでいたら、きっと周りも悲しくなってしまう。

 でも、一人でも笑顔の人が居れば、きっと周りにも笑顔は生まれる。

 だから私は、笑顔の芽を絶やさぬよう、太陽のようにいつもそこで見守り続ける。

 できるか、できないかなんて関係はない。

 たとえ自分自身を失うことになってでも、絶対に成し遂げないといけないときには全てを賭ける。

 それがどんなに無茶で無謀でも、出来なかったときは後悔するし、諦めたらもっと後悔する。

 私はもう、後悔はしたくない。

 私は、私が貰った大切なこの時間を、大切な人のために使うと決めたから。

 だから、私は絶対に諦めない。


 きっと私は、なんだ。


 本当の私は欲張りで負けず嫌いなんだと思う。

 大人の目から見れば、子供みたいに見えるかもしれない。

 だけど、私はそう思わない。

 どちらかを選ばず、どんなに困難でも出来る限り両方を選ぶ道を探し出す。

 それが、私が最善と信じられる道なんだと思う。


 あの出来事があったから、今という時間があり、あの出来事があったから、今、失っているものがある。


 それは変えられない。

 だけど、

 そう。

 



◇◇◇



 ◆4月7日 午前6時5分◆


 労働を終えて外から戻り、応接間の扉を開け放つと夏那と芽衣は顔を揃え、モーニングティーでくつろいでいた。


「あ! お姉ちゃん、おはよー! 朝からどこに行ってたのー?」

「朝起きたら、お二人とも姿が見られなかったので心配していましたの! お二人で何をしてらっしゃったんですの?」

「ん……ちょい野暮用」


 二人とも起きているとは思っていなかったので少々驚いたものの、よくよく考えてみれば、早朝から自主練を行っている夏那と、早朝のランニングが日課の芽衣であれば、今の時間はそれほど早くはない時間帯だということに気付く。


「あー、疲れた~……」


 私の後から続くように入ってきた油断モード全開のハーマイオニーの背中を、私は躊躇いなくつねる。


「い……っ!? つ、疲れましたの~……」

「お二人とも、モーニングティーを用意してありますので、ぜひ召し上がって下さいの」

(この香りは……紅茶……?)

「あ、ありがとうございます……の」


 芽衣の語尾がハーマイオニーに伝染していることも然ることながら、芽衣の変な語尾に関して誰もツッコミを入れないのはなぜだろうと、私は疑問を覚える。


「お姉ちゃんもコレ飲んでみて! ビックリしたよー! これ、すごく私好みの香りと味ですごく気に入っちゃったー!」

「それでしたら、のちほど茶葉をお分けしますので、お持ち帰りくださいの」

「えっ!? 本当ですか!? ありがとうございます!」

(紅茶の話一つで盛り上がることができる……。これが“女子トーク”というやつか……)


 この紅茶の香りが良い香りだということは、私でもわかってはいたが、高貴な人種の一般的飲料であるところの紅茶に関して、私はこれっぽっちも情報を持ち合わせていなかったため、私が会話に入る余地はないだろうと、最初から白旗をあげていた。


「あ、本当だ。これ美味しいですね。ダージリンですか?」

「そうですの。よろしかったらハーマイオニーさんにもお分けしますの」

(……おまえもか。ハーマイオニー)


 生物学上、女性である私といえど、その女子トークに参加することはHARDハードを超えてHELLヘルモードに匹敵する難易度であったのだが、そんな高難易度技をいともたやすくこなしたうえ、一般女子のトークに自然と入り込めるハーマイオニーの技量は、もはや本物の女子なのではという疑いすら湧いて出るもので、裏切られたというか、出し抜かれたような気分になった私は、それとない自然な流れでこの会話から離脱することにした。


「芽衣。汗かいたから、シャワー借りても良い?」

「あ、それでしたら私がご案内しますの」

「……いい。昨日と同じ場所なら覚えてる」


 ハーマイオニーと視線が合うと、ハーマイオニーは顔を赤らめてすぐさま顔を背けた。

 無論、私にはその理由は判っていたし、昨夜あの場で起きた惨劇を忘れることなど出来るはずもなかった。


「あ! なんだったら、私がお背中をお流ししますの!」

「それも遠慮しとく」

(やっぱり、この子はブレないな……)


 ………


 私が汗を流し終えてから応接間に戻ると、室内は何やら賑わっている様子で、私は眉を潜めながら室内に視線を泳がせる。


「ほれほれー! どうしたー! お前の力はそんなものかー!」

「クマゴローさん。こっちにもありますよー」

「にゃー!」


 どうやら、夏那と芽衣はクマゴローとのじゃれ合いタイムに勤しんでいるようで、クマゴローは夏那の猫じゃらしに無我夢中で飛びついていた。

 しかしながら、眼前で右に左にと動いているはずの芽衣の猫じゃらしには、まるで見えていないかのように目もくれていなかった。


「あうー……」


 猫は本能的に大きい人間を避けたり嫌ったりすると聞いたことがあるし、前にここへ訪れたときも、芽衣はクマゴローに意図的に避けられているように見えた。

 私はどちらかといえば動物には好かれる方なので、猫とか犬とかの小動物は向こうから寄ってくることが多いのだが、あそこまでガン無視されるとなるとさすがに悲しくなってしまうだろう。


「ん……?」


 ふと部屋の片隅に目を向けると、何故か隅っこで縮こまっているハーマイオニーを見掛け、私はその様子を見て、再び悪戯心が芽生えた。


「あ、おかえりーお姉ちゃん」

「コイツ、ちょっと借りるよ」


 クマゴローをひょいっと抱きかかえて、私はそのままハーマイオニーとの距離を詰め、私の接近に気付いて顔を上げたハーマイオニーは、私の抱える黒い毛玉を確認した途端に、見る見るうちに顔が青ざめていった。


「ひぁぁ!? な、ちょ……ままっま……!?」

「猫、苦手?」

「い、いえ……べべべ、別に苦手とかそういうんじゃなくて……」

「観念するにゃー」

「んにゃー!」


 私がおもむろにクマゴローを差し出すと、ハーマイオニーは後方に飛び退り、そのまま壁際まで追いやられた。


「ああ嘘です御免なさい苦手です許してくださいーーーー!!!!!」

「クマゴロー、こんなに可愛いのにねー?」


 当のクマゴローは別段、ハーマイオニーのことを嫌っている様子はなかったため、私が試しにクマゴローから手を放すと、クマゴローはハーマイオニーの足元へと一目散に駆け寄っていった。


「なんだ。結構好かれてるじゃん」

「ひぃっ……!」


 クマゴローがハーマイオニーの足首に頬擦りしたその瞬間、ハーマイオニーは石像のように硬直した。


「ああ!? 羨ましい……。私には擦り寄って来てもくれないんですの……」

「た……す……け……て……」

「あ!? その表情、良い! 良いよー! ハーマイオニーちゃん! 撮るよー!」


 ――この光景を見て、誰が想像できるのだろう。

 ここに居る人間が、世界の命運を握っている人間達だということを。



◇◇◇



 ◆4月7日 午後4時◆


「――来る」


 五感が無意識に覚えていたのか、幾度となく経験した緊張感が高まり、場が凍るような気配――それを察知すると、空は突如として夜のように闇に染まり、風は吹き荒れ、不思議な空間が周囲を包み込むように構築されてゆく。

 先ほどまでまばらに行き交っていた人の影は忽然と姿を消し、無音の静寂が空間を支配する。

 そして次の瞬間、私達三人を吹き飛ばそうとしているかのように、強烈な風が辺り一帯に吹き荒び、木々は荒れ狂うように踊り、けたたましく葉を鳴らしはじめた。

 私はその様子を、ただただ静観していた。


「ななな、なになにぃ……!? こここ、これも演出……!?」

「すごーい! 最近はこんなことも出来るんだねー!」

(……まったく。せっかく雰囲気を出していたのに、台無しだな……)


 慌てふためきながらも、踏ん張って強風に耐えるリインと、マイペースにこの状況を楽しんでいるイアの様子がまったく対照的で、まるでドッキリを仕掛けられた側と仕掛けた側の様子を観ているような気分になり、私はどこか可笑しくて笑ってしまった。

 そんな二人の様子に緊張感を削がれていると、インカムから声が届き、私は緊張感を取り戻す。


『対象が出現――ではなくて、役者さんが到着しましたの。そろそろ本番開始ですので、心の準備をしておいてくださいの』


 各員がその言葉に対してそれぞれ返事を返すと、途端に緊張感が高まっていく空気を私は肌で感じとった。

 インカムの向こうにいる芽衣も慌てた様子はなかったが、確認がてら後方に視線を送ってみると、しっかりと私達にビデオカメラを向けて構え、Vサインまで送る余裕を見せていた。


(こっちもか……。緊張感があるのやら、ないのやら……)


 荒れ狂うような強風は一ヶ所を中心に渦を巻きはじめ、やがて収束するように風の球体を形作る。

 その中心にぼんやりと黒い影が浮かび上がるも、風に遮られてか、未だその姿はハッキリと確認できていなかった。

 しかしながら、影の発したくぐもった低い声だけは私の耳へとハッキリ届いていた。


『待たせたな……。シャイニー・レムリィ』

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