第5話 魔法少女は奔走中で。(6)

 ◆4月6日 午後6時◆


「それでは、これよりオペレーション“Rainレイン orオア Shineシャイン”の作戦会議を行う」

「お姉ちゃん。“れいん・おあ・しゃいん”って?」


 夏那がテンプレ通りの質問を私に投げ掛けてきたため、私もまたテンプレ通りに返す。


「なんとなく。作戦名とか付けておいたほうが雰囲気が出るかと」

Rainレイン orオア Shineシャイン……直訳すると雨でも晴れでも……言い換えると“何が何でも”という意味がありますの」

「へぇ~」


 丸一日考えた結果思いついた、雨の名に掛けたナイスなネーミングだと自負していたものの、私よりも先に芽衣が答えてしまったため、私は消化不良を起こすことになった。

 しかしながら、芽衣が答えた方が余程まともな理由に聞こえたため、私はそれ以上口を出すことはしなかった。


「あれ? でも、映画撮影なんだよね? 作戦ってどういうこと?」

「……!? それは……今回の撮影は基本的に一本撮りでリテイクはなしだから、失敗しても撮り直しはできない……的な感じだから……かな?」

「あ!? それってドキュメンタリー映画ってことー!? なるほどー……だから“何が何でも”一回きりってことかー。う~ん、納得!!」


 映画撮影などと銘打ったものの、当然ながら相手がそう思ってくれているわけもなく、明日行われるのは紛れもなく互いの命を懸けた真剣勝負そのものであって、作戦の失敗はそれ即ち私たちの“死”を意味している。

 なぜなら、私たちの住むこの世界は、彼らによって人知れず支配されかけていたという過去があり、世界が終わってしまう可能性すら私には否定しきれなかった――それ故に、勝たなくてはいけないという想いから、私はこの作戦に“絶対”を冠するこの名を付けたのだった。


「それじゃあ、まずはこれを渡しておく」


 私がそれを渡して回ると、夏那とハーマイオニーは不思議そうにそれを眺めはじめる。


「これはインカム……でしょうか?」

「私と夏那とハーマイオニーちゃんの三人は、悪役相手に戦っているフリをする。相手と適度な距離をとって、適当に逃げ回る。基本的にはそんな感じ。あとは状況に応じて、このインカムから聞こえる監督の指示通りに動くこと。一応、チャンネルはフルオープンにしておくから全員で会話が出来るようになってる」


 私以外の二人に戦闘が務まるとは到底思えないし、わざわざ二人に危険を冒してもらう必要も無いため、二人には逃げ回るという演技をすることに終始徹してもらうことにして、何かあればオープンチャンネルとは別のチャンネル経由で監督役に伝え、私の指示を監督役から二人に伝言するという方法をとることにした。

 これは“指揮命令系統の一元化”という戦略理論の受け売りで、命令系統を一本化することによって、従う側はその命令に従うことさえ覚えておけば、即座の行動がしやすくなるというものだった。

 戦場を駆け回る私の視点からでは、二人の状況を正確に把握することは難しく、予期せぬことも起こり得るため、周囲の状況を常に把握している監督役に判断を任せたほうが、緊急時に正確な指示が出せるだろうと考えたことも一つの理由だった。


「なるほどー♪ これならセリフをド忘れしても大丈夫だね♪」

「……出来ればそれくらいは覚えてほしいな」

「監督……? そういえば監督って誰なんです?」


 事前に用意してもらっていたハンディタイプのビデオカメラを手に取り、私はそれをインカムと一緒に芽衣に手渡した。


「……芽衣が監督兼カメラマン。役割を簡単に説明すると、私たち役者の動きを、ある程度距離を取りながらこのビデオカメラで撮影する担当。動きの指示も芽衣が出すから、皆は芽衣の指示に従うように」

「はーい!」

「というわけで、次は各ミッション……というか段取りを説明する」

「ま、待ってくださいのっ!! 本当に私が監督……ですの? 私に……務まるのでしょうか……?」


 不安そうな眼差しを向けていた芽衣の手を取り、私はその目を真っ直ぐ見つめ返す。


「芽衣は私なんかよりもずっと、。だから、私より適任なんだよ」


 ………


「じゃあ、質問ある人?」


 真っ先にかつ勢い良く手を挙げたのは夏那だった。


「はい、先生! さっきの話に出てきた、敵役と人質役の役者さんはー?」

「……今日は都合が合わなかったから不参加だけど、雨が人質役。それと、エゾヒっていう男の人が悪役」

「えっ!? 雨さんも出るの!? ちょっと意外ー」

(まあ、本人が一番意外だろうな……。なにせ、出演すること自体知らないんだから……)

「エゾヒさんは総合格闘技のプロだから、殴ったり蹴ったりしても問題ない。やるときは遠慮なくやっちゃって構わないから」

「はーい!!」


 私がエゾヒに適当な脚色を付け加えると、夏那の甲高くて元気な声が部屋に響き渡った。

 しかし、もう一人の魔法少女の声が聞こえないことを不思議に思った私が視線を向けると、強張った表情で怒りの胞子を噴き出している魔法少女がそこに座っていた。


「ハーマイオニーちゃん。返事が聞こえないけど、わかったかな?」

「……あ、ああ。わかってるよ」


 私はわざとらしく笑顔を浮かべながら、ハーマイオニーの頭頂部を鷲掴みにした。


「『はい。わかりました』ね」


 見た目は完璧に女の子ではあったが、言葉遣いに関しては一朝一夕では変えられないようで、私は耳元で囁くように釘を刺す。


「……バレるとマズイのは?」


 ハーマイオニーの眼球が一瞬だけ動くと、夏那を視界に捉えた。

 そして数秒もしないうちに、その顔は林檎のように赤みを帯びていった。


「僕です……」

「よろしい。相手も反撃してくるから、演技とはいえ適宜しっかり回避に徹すること」


 強引にスカウトした手前、こういった苦言を呈するのもお門違いというものではあるが、ハーマイオニーは感情的になりやすい傾向があるため、何かのきっかけで感情に任せて動いてしまわないかと少しばかり不安になってしまう私がいた。


「それじゃあ時間も無いし、私たち三人はこっち」

「えっ……? 何するの?」

「決めポーズの練習。二人には残り時間を使って、みっちり叩き込むから」

「な……ナニソレ楽しそう!!!」


 雰囲気作りは大事だと言えるし、経験談から言えば、やるとやらないとじゃ気合の入り方が違うと思っているのだが、何よりも、登場シーンがバラバラで相手にバレるなどという最低最悪の結果は避けておきたいというのが私の本音だった。


「え……。それってやらなきゃ……?」

「『』やらなきゃダメだからねー? ハーマイオニーちゃん?」

「……はい」



◇◇◇



 ◆4月6日 午後6時30分◆


 レッスン場を出て、一息つくように近場にあった花壇に私は腰掛ける。

 そして、自分が出てきた施設を見上げながら、ぼんやりと呟く。


「それにしても、これほどとはな……」


 敷地内にレッスン場があると芽衣から聞かされていたものの、アイドルグループ育成をリアルに出来そうなほどの広さの鏡面張りダンススタジオを見せられるとは思っていなかったため、所見の私は着いて早々に度肝を抜かれることになった。


「ふうー……」


 ひと際大きなため息を吐き出し、闇色に染まった空を見上げた。


「あ。そうだ」


 ふと思い立ち、私は眼鏡を外し、芽衣から借りた眼鏡へと付け替え、再び空を仰ぐように見上げる。


「……」


 私は驚きのあまり、言葉どころか声すらも出すことが出来なかった。

 太陽は役目を終えて大地の向こうへ隠れ、黒青色に浮かぶ満天の星々が大空を彩る中、小さな星々や月がハッキリくっきりと自らの存在を主張するように夜闇を俄かに照らす。

 その空は、私がノワと出会い、魔法少女となった日のあの山の空によく似ていた。


「――ここは周囲の光が届きにくいので、星空が綺麗に見えるんですの」


 唐突に聞こえた声に少しばかり驚きながら振り返ると、空を見守る彫像のように、芽衣が静かに空を見上げていた。

 その言葉を最後に沈黙が流れはじめ、私が目を瞑ると、暖かくて心地良い風が流れていくのを肌で感じとれた。


「お二人の様子はどうですの?」

「……妹は筋が良いから二、三回やったらすぐに覚えたけど、ハーマイオニーちゃんは絶望的にダンスの素質が無い。だから、今は妹が教えてる。まあ、夏那は人に教えるのも上手だから、大丈夫……だと思う」

「そうですの」


 ただ決まったポーズをとるだけだというのに、これほどまでに苦戦を強いられることになろうとは私も思っておらず、体が硬いというだけでは説明のつかない“センス”という壁にぶち当たることと相成り、疲れ果てた私は夏那にハーマイオニーの特訓を一任し、その場を後にした。

 しかしながら、ハーマイオニーには釘を刺しておいたから大丈夫と思ってはいるものの、ラッキースケベ能力を発動して、妹に何かしでかすのではないかという一抹の不安は拭えていなかった。


(なんか、戻ったほうがいい気がしてきた……)

「春希さん。また一人で抱え込んで、何かしようとしていますの?」

「どうしてそう思う?」

「そういう顔をしていましたの」

「……今さら、芽衣に隠したりしないから。芽衣が二人に指示を出して、エゾヒの注意が二人に向くよう誘導し、私からエゾヒを遠ざける。エゾヒの注意が逸れて油断している間に、私が雨を助け出す。それだけ」


 夏那とハーマイオニーの二人には、エゾヒの注意を惹きつけるおとり役になってもらう――しかしながら、この件に無関係の二人を危険に晒すわけにはいかなかった。

 それらは矛盾しているように聞こえるかもしれないが、それは違っていた。


「二人が危なくなったら、私の指示を待たなくていいから、すぐにその場を離脱するように二人に指示して」


 一線を守っていれば安全なことというのはいくらでもある――いわゆる安全マージンというやつではあるが、どんなことにも例外は存在し、絶対など存在はしない。

 だからこそ、ある程度の距離を保ちながら安全を担保しつつ、不測の事態に陥ったときは確実にその場を離脱できるよう、予め退路を準備する――つまり、二重に安全策を講じておくことで、安全な囮を用意することは可能であると私は考えた。

 その作戦を実行するのには、視野の広さと、状況を見極めて即断即決出来る人物が必要不可欠だったが、幸いにも芽衣にはそういった能力があったため、私はその役を彼女に任せることにした。


「あーちゃんの救出が成功したら、私が一芝居打ってエゾヒの注意を私に惹きつける。その間に二人を安全な場所に誘導して。これで皆は無事」

「……!? そ……それでは、春希さんがお一人であの方の相手をすることになってしまいますの……!? それは危険ですの!?」

「危険なのは承知してる……けど、リスクを負わないで解決できる問題でもないことはわかって。それに、そこは当てがあるからたぶん大丈夫。」

(あーちゃんを救出しにいくんじゃない……。私はあーちゃんを救出して、エゾヒを倒す……。それが今の私がやるべきこと……。あーちゃんさえ救出できれば、必ず勝機はある……。だから――)


 ――ぐー……。


 私の腹に巣食うの虫は沈黙から目覚め、私の意気込みによって空腹を思い出し、得も言われぬ唸り声を上げた。


(いつもいつも、なんというタイミングで鳴るのだろうか……)

「あっ! そうでしたの! 夕食のご用意が出来たことをお伝えしに来たんでしたの! お二人もお呼びして、食堂に向かいましょう?」

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