第5話 魔法少女は奔走中で。(5)

 ◆4月6日 午後5時40分◆


 芽衣の様子が気になって部屋を出てみたものの、そこに当人の姿はなく、周辺を探そうかとも思ってはみたものの、私は早々に芽衣の追跡を諦めることにした。

 それというのも、同じような扉が続くこの広い廊下を歩き回ると戻ってこれない気がしたからだった。

 ふと腕時計を確認すると、時計の針は5時40分頃を指し示しており、

私はちょうどいいからと、慣れない手つきでスマホを操作して、目的の人物に電話を掛ける。


『――花咲っ!!』


 短い呼び出し音の後、スマホから勢いよく声が飛び出してきたため、私は一瞬体を強張らせる。


「……それ、ビックリするから」

『ああ、春希? あー、ゴメンゴメン。仕事の電話かと思ってつい。何か事件……じゃなくて、用事?』


 母はもともと現場の刑事であり、こういった日常生活の至るところで刑事の振る舞いが出てしまうこともしばしばある。

 しかしながら、今は心理学を基に犯人の性格や傾向を掴み、次の行動を予測し、犯人像を特定し、事件を未然に防いだり、難解な事件を解決に導く陰の立役者――いわゆる犯罪心理捜査官というものをやっているらしい。

 具体的にどんなことをしているのかは、母の部屋にある犯罪心理学の本を読み漁った程度しか私は知らず、守秘義務やら秘匿事項やらで家族である私たちにも詳細は知らされていなかった。

 何より、母は仕事の話を家庭には持ち込まないようにしているのか、私が訊いても絶対に話してはくれないため、普段何をしているのかまったく不明だった。


「今日は私と夏那の二人とも、友達の家に泊まるから」

一昨日おとといの子と同じ家にでしょ? 構わないわよ。まあ、二人一緒とは思わなかったけど。今日は仕事で帰れそうもないから、丁度良かったわ』


 スマホのGPSで居場所を探られていることに関しては、子ども扱いされているようで私としても未だ納得していなかったが、こうもあっさり外泊を許可され、何を言われるのかと身構えていたこちらとしては正直拍子抜けだった。


『で? 私に何か聞きたいことがあるんじゃないの? ハルがわざわざ私に電話を掛けてくる用事なんて、それくらいしかないでしょ?』

(……それもお見通しか)


 一昨日、芽衣の家に無断で外泊したときも、そのことについて母から咎められることはなかったし、私がわざわざ連絡を入れずとも母は私の居場所を知っている――つまり、わざわざ連絡する必要などなかった。

 それでは、私がなぜ母に連絡を入れたのかというと、外泊許可をとるというのはただの口実であり、母に訊いておきたいことがあったというのが本当の理由だった。


「それじゃあ、訊きたい事があるんだけど」

『相談事? 私に出来る範囲なら相談に乗るけど? あ。色恋沙汰とかは勘弁してね?』

「仮にも母親だろう……そこは受けろよ」

『え? 何、やだ。本当にそっち系の話なの? 相手は誰……て、まさかその家の子? あんたそっちのがあるの?』

「そっち系の話じゃないし、そっちのもないっ!」


 案の定ペースを乱されながらも、私は相手のペースに飲まれまいと咳払いを一つして気を取り直す。


「コホン……。真面目な話、もし鼻や耳が動物並みに利く俊敏な大男が居たとして――」

『へぇ。随分と具体的なのねー。もしかして、それが相手の子?』

「頼むから、もうその話から離れて……。もし、そいつを倒そうと思ったらどうする?」

『あらハルにしては大胆ー。強引に押し倒すつもりー?』

「だからその話から離れるっ!!」


 まんまと相手のペースに乗せられた私が思わず声を荒げると、母は電話の向こう側で大爆笑していた。


「こっちは真面目に訊いてるのに……」

『あー、はいはい。悪い悪い。で? 倒すってのは柔道の真似事でもしようってこと?』

「倒す……というか、相手の動きを止めるだけで良いんだけど」

『そんなの簡単じゃない? きっと子供でもわかるわよ? まあ、ハルはそういうところ頭が固いからね。判らないのなら、美人で聡明なこの私からヒントを出してあげてもいいわよ?』


 この人からヒントをもらうことを私のプライドが全力で拒もうとしているが、苦手な母に電話してまで策をめぐらせようとしているのだから、この場は致し方ないとプライドをかなぐり捨て、私はヒントを請うことにした。


「……仕方ない。わかった。教えて」


 しかし、私がそう返答してからというもの、待てど暮らせど答えが返って来ることは無く、私は通話が切れたのかと思って、電話の向こう側に聞き耳を立てた――その瞬間だった。


『――わっ!!』


「――!?!? い、いきなりビックリするだろ……」


 その瞬間、私の心臓は止まりかけたと断言できたものの、電話口からそれを悟られないよう私は何とか平静を装う。


『こういうこと』

「……どういうことだよ」


 私がこういったことが苦手と解っていながら、母は未だ私のことを子供相手であるかのように接し、子供騙しのような悪戯を平気で仕掛けてくる。

 それが母なりのスキンシップであることは重々承知しているのだが、母からの電話でショック死などという情けなさ過ぎる死に方は死んでも御免だし、この年になって子供扱いすることも、いいかげんやめて欲しいというのが私の本音だった。


『まだ、わかんないの? 今のあんたの状況が答えってこと』

「今の私の……状況……? あ……」


 そこまで言われたところで、母の伝えようとしたことを私はようやく理解した。


「そう……か……。なるほど……理解した」

『そ。我が子ながら理解が早くて助かるわ。じゃあ、あたしからもハルに聞きたいことがあるの』

「なに?」

『ハル。あんたトラブルに巻き込まれてるでしょ。雨ちゃんがらみで』


 私の心臓はトクリと跳ね上がり、どう返すべきかと戸惑ったが、まずは動揺していることを気取られぬことのないよう、私は声のトーンをそのまま維持するよう心掛けながら話を続ける。


「……何の話?」

『雨ちゃんがハルに会いに行ってから、雨ちゃんの行方が判らなくなった。私に伝わっている事実だけを見ればこう。わかる?』


 私の母は雨の母親と旧知の仲であり、娘が行方不明で音信不通になったのなら、友人で警察関係者である私の母に真っ先に相談するというのは当然の流れではあるし、私もそうなることは覚悟していた。

 普段、仕事の話を絶対に家庭に持ち込まない母が、に行方不明である雨の話をしたということは、雨が失踪している件は既に警察内で事件に発展していると同時に、ということでもある。

 だからといって、今ここで私が真実を語ったとしても、簡単に信じてもらえることでもなく、何より警察がエゾヒをどうにかできるとも思えないため、私は知らぬ存ぜぬを貫き通す以外に選択肢はなかった。


「……ふ~ん。家出でもしてるんじゃない?」

『あら? 驚かないのねー? ?』

「……!?」


 もしも私が雨の行方について本当に何も知らないのであれば、私が取るべき行動はその言葉に驚いて、根掘り葉掘り訊き返すことだったのだが、無難な回答をしたあまりに、私は自ら墓穴を掘ることになった。


『まあ、ハルが話したくないならそれでもいいわ。それじゃ、ここからは私の独り言だから、聞いたらダメよ?』

(こういう展開は刑事モノのドラマとかでよく見かけるけど、電話してる相手に“聞くな”というのは、これ如何に……)

『困ったわー。近隣の聞き込みとか防犯カメラの確認はしてるけど、有力な手掛かりはまだ見つからないわー。警察署官内ではまだ家出の可能性を有力視しているみたいー。あっ! 私、雨ちゃんが消えた直前の動向を情報として持っているんだったー。でも、そのことを上に報告するのをうっかり忘れていたわー。明日の夕方くらいに、この情報を報告しよーっと』


 聞いているこっちが恥ずかしくなるほどの三文芝居を耳元で聞かされ、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


『どこかの誰かが居場所を知っていて、連れ戻すことが出来るのであれば、それに越したことはないんだけどねー』


 その独り言を要約すると、雨を救出するタイムリミットは明日の夕刻であり、それを超えた場合は雨の失踪が大事おおごとになるので、それまでに雨を連れ戻して来い――私にそう伝えようとしている。

 留意すべきは、私が雨を助けるために動いているという確信があり、私であればその問題を解決できると信じているからこそ、母は自分の知り得ている情報を敢えて上に報告せず、大事おおごとにしていないということだろう。


『さてと……。用事も済んだことだし、仕事に戻らないと』

「待って!」


 電話を切られる直前、私は声を上げてそれを制止した。


『ん? なに? まだ何かあるの?』

「……ありが……とう……」

『ん。がんばれよー』


 プツリという音とともに、そこで通話は切られた。


「あっさりしてるな……これが最後かもしれないっていうのに……。こういうところは鈍いんだよな……」


 「ありがとう」という言葉は、情報提供に対する感謝の言葉や、雨の失踪を黙っていたことでもなく、これが最後の会話になるかもしれないから、せめて今までの感謝だけでも伝えておかなければと思ったが故の嘘偽りの無い感謝の言葉だった。

 だが、その想いは微塵も伝わっていなかったようだった。


「これが最後になんて……できないじゃん……」



◇◇◇



 ◆4月6日 午後5時50分◆


 電話を終えて衣裳部屋に戻ると、魔法少女が一人増えており、ハーマイオニーはなぜかそっぽを向いているという状況だった。


「あ、お姉ちゃん! 見て見てー!」


 夏那はハーマイオニーの手を引っ張りながら私に駆け寄り、私に自分の髪を見せびらかしてきた。


「ウイッグも付けてみたんだー! 二人並ぶとちょっとソレっぽくなるでしょー? どうどう?」


 本物の魔法少女然り、夏那の髪は金髪セミロング、ハーマイオニーは青髪ロングへと早変わりし、なんとも魔法少女らしい姿へと変身していた。


「リイン……イア……」


 その光景を見た瞬間、私は頭が混乱し、まるで目の前に、が目の前に居るような錯覚を覚えていた。


「……? お姉ちゃん? どうしたの?」

「あ、いや……。な、なんでもない。似合ってる。それより――」


 過去の錯覚を振り払うように頭を振り、少しばかり引っかかっていたについて、私は調査を始める。


「ハーマイオニーちゃん。ちょっと」


 私は笑顔を浮かべながらハーマイオニーを手招きした。

 そっぽを向いていたハーマイオニーの赤らんでいた顔は、私を一目見るなり青ざめた表情へと変わっていた。


「ひっ……!」


 夏那からある程度の距離をとり、背を向けてハーマイオニーの肩に手を置くと、ハーマイオニーは一瞬ビクつきながらも、どうしてか私と目を合わせようとしてこなかった。

 そこで私は耳元でこう囁いた。


「うちの妹は何を着せても可愛いなー。ハーマイオニーちゃんもそう思うでしょ?」

「そ、そうですね~。ははは……」

「家事や料理も出来て、運動も出来て、器量も良い。どこに出しても恥ずかしくない、本当に出来た妹だと思わない?」

「そうですね~。は、花咲さんは妹さんが本当に大好きなんですねー……」

「ところで、そんな私の大事な妹がのだが?」

「そぉおっ!? それはー……? ですねー……はははー……」


 この室内には、私たちと女性のメイドが3人いるだけであり、見たところこの部屋には試着室の類も存在していないし、別の部屋に通じる扉も存在してしない。

 となると、私が部屋を出ていた間に魔法少女服へと着替えた夏那は、一体が疑問に挙がる。


「まさかとは思うけど、なんて言わないよね? ハーマイオニーちゃん?」

「見てません見てません見てません見てません!!!」

(……これはクロだな)


 尋常ではない量の胞子が溢れ出していることからも、ハーマイオニーがその光景を目撃していたことは明らかだった。

 ラッキースケベという生物は、エロい状況が向こうから舞い込んでくるという危険生物であることを知っていながらも、夏那を安易に近付けてしまった自分の脇の甘さを、私は人知れず悔いた。


「いい? ハーマイオニーちゃん? あなたをハーマイオニーちゃんということにしたのは、私にもあなたにも都合が良いから。わかるかな?」


 コミュレベル高めの妹であれば、本当のことを伝えたからといって、すぐに毛嫌いしたりはしないのだろうが、妹も年頃の女の子であり、男子が同行しているとなれば行動に迷いが生じたり、年上だと気遣って距離感が生まれるなんてことは、想像に容易かった。

 そういった面倒事を極力避けるために、ハーマイオニーちゃんという都合の良い存在をでっちあげたわけではあるし、ハーマイオニーにとっても高校生男子であるという正体を知られずに、恥ずかしげもなく堂々とコスプレ姿になれるという利点があるため、この“ハーマイオニーちゃん設定”は両者共に都合が良かった。


「ええっ!? でも、それはそっちが勝手に……って、あっ! ちょっ……何してるんですかぁ!?」


 私の顔を直視できないことを良いことに、私は先程からハーマイオニーの様子を動画で撮影していた。


「よし。あとはこの動画を組み合わせたら……」


 再生ボタンを押すなり、昨日撮った映像がスマホに流れた。


『僕が着る! 僕がそれを着て五月さんを助け出す!』


 恥ずかしいセリフの音声とともに、少年漫画の主人公も顔負けなくらいにドヤる金髪王子パツキンショタの映像が画面に流れると、ハーマイオニーはその場に蹲り、顔面を真っ赤に染めながら耳を塞いだ。


「そそそ、それは昨日の!? ず、ズルいですって!!」

「この動画と今撮った動画を組み合わせたら、すごく面白いことになりそうだと思わない?」

「本当にごめんなさいそれだけは勘弁してくださいお願いします」


 見た目だけで言えばかなりの逸材ではあるし、“男の娘”、“魔法少女”、“撮ってみた”とかタグを付けておけば、かなりの再生数を稼げるコスプレイヤーになれるかもしれないのだが、本人にはまるでその意志が無いようだった。


「妹にこれ以上何かしたら、この前みたいなビンタじゃ済まないから。それと、こうなった以上、絶対に正体は隠し通すこと。いい?」


 男子の目の前で生着替えを披露したなどと知れたら、さすがの夏那も取り乱すことは間違いないだろうし、こんな大事な時にメンタル面が不安定になってしまっては、明日の作戦に差し支えるどころの話ではなくなってしまう――そのため、もはや隠し通すことは絶対条件マストだと言えた。


「はい……肝に銘じます……」

「じゃあ、宜しく。ハーマイオニーちゃん」


 内緒話を終えて妹の元へと戻ると、自撮り撮影会が始まっており、いつの間にやら復帰していた芽衣はレフ版片手にその撮影会を手伝っていた。

 しかしながら、先ほどのように不審な様子はなく、夏那とは普通に打ち解けている様子だった。


「話終わったのー? じゃあ、お姉ちゃんも着替えて一緒に写真撮ろー♪」

「まあー♪ それは良い考えですの♪」

「あ、いや……。た、楽しみは明日に取っておくとして……。そろそろ、明日の話をはじめようか?」

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