第6話 魔法少女は信頼で。(2)

 ◆4月7日 午後4時1分◆


 周囲は一瞬にして更なる緊張感に包まれ、風を受けると低周波刺激を受けているようなピリピリした感覚が肌を撫で、寒気が背筋を走り 自分の耳にも聞こえるほどに心臓の音が大きく鼓動している――エゾヒはそこに存在しているというだけで、それほどまでの威圧感を放っていた。

 リインとイアの耳にもエゾヒの声は届いているはずであり、この圧迫されるような重い空気も伝わっている――だからこそ、エゾヒが姿を見せた直後から、二人は硬直したままなのだろう。


(何度経験しても、この感覚には慣れそうもない……)


 この状況に置かれれば、普通の人間は本能的に理解してしまう――敢えて例えるのならば、お化け屋敷やバンジージャンプ、VRゲームのように、その体験が擬似的なものであると頭では理解していても、脳はそれを本当の事だと錯覚し、体は条件反射のように無意識に反応してしまう感覚に近かった。

 二人は今、目の前で起きていることが映画撮影であると頭で理解しようとしていても、常軌を逸した状況に脳が錯覚を起こし、虚構と現実の区別ができないが故に、不安や疑念は否定と肯定を繰り返し続けているのだろう。

 しかし、未知の恐怖と対峙した普通の人間の反応としては、それが普通であるとも言える。


(これじゃあ、無理も無いか)


 気が付けば、不安げな顔をした二人の瞳が私を見据えており、この沈黙の長さと比例して二人の不安が次第に大きくなっていることも、逼迫ひっぱくした空気からひしひしと私に伝わっていた。

 人間誰しも最初は不安なものであり、二人にとっては何もかもが初めての状況ではあるのだろうが、かく言う私も、という状況は初めてであり、それに加えて、三人を守りながら雨を救出しなければならないという条件も付いているのだから、ゲームを初見プレイするのと縛りプレイするほどの違いがあるのだろう。

 しかしながら、私は冷静に状況を把握し、やるべきことを自ずと理解していた。

 それは自らの不安を曝け出すことでも、何もせずにただ沈黙することでもなく、唯一の経験者だからこそ知り得る、こんな状況に相応しい対処法を二人に伝えることだった。


「すぅー……」


 私は大きく深呼吸をする――そして、全てを搾り出すように大声で叫んだ。


「待ちくたびれたわーーー!」


 私が発したその声は、風や木々の音すらも打ち消し、空間内へと響き渡った。

 反響した声が空間から掻き消えたところで振り返ると、突然の私の行動に驚いたのか、二人は揃ってキョトンとした顔を私に向けていた。

 そんな二人に私がドヤ顔を向けると、何かを察したのか、二人は互いに目を合わせながらニヤリと笑みを浮かべた。


『待ちくたびれたわーーー!!!』


 私に続くように叫んだ二人の声は、辺り一帯へと響き渡り、叫び終えた二人は先ほどとは打って変わって、これから起こることが楽しみだと言いたげに、生き生きしているような面持ちへと変わっていた。


(どうやら、二人には無事に伝わったみたいだな)


 不安や疑念などは一過性のものであり、数々のヒーロー・ヒロインたちが、そうして苦境や窮地を乗り超えてきたように、それを超える想いや気迫を声に出して打ち消すことこそが最善の手段

であるとともに、不変の鉄則と言って過言ではない――無論、アニメや特撮の話ではある。


「なんかちょっと緊張してたみたい! ありがとう、お姉ちゃん!!」

「僕――じゃなくて私も、ちょっと緊張が解れました」

「いい。それより――」


 私が視線を向けると、二人もまた追従するように同じ方向へと視線を向ける。

 渦巻く風は収束し、まるで球体となったその中心に、大きな影が確認できた。


『……やはり、に合わせるのは難しいな』

(今度はちゃんとな……)


 芽衣に借りた眼鏡の効果は絶大で、感情の胞子は少しも視界を遮るようなことはなく、エゾヒの傍らで宙に浮かぶ女性の影――つまり、雨の姿も視認することができた。

 その姿を私が確認した直後、近くに居たリインは堪らず怒りを含んだような叫び声を上げた。


「五月さん……っ!!」

(やっぱり、そう簡単にはいかないか)


 知ってか知らずか、アニメや漫画でみかけるものとほぼほぼ同じ仕様である、エネルギー的なもので相手を縛り付けて動けなくする緊縛術――通称・闇の輪に雨は拘束されていた。


「コラーーっ!? 話はまだ途中だ……って……アレ……? えっ……!? ナニコレどうなってんの!?」


 雨は連れ去られた時とまったく同じ格好をしており、何が起きているのかをまったくわからない、といった様子全開で周囲をキョロキョロと見渡していた。


「あーちゃん、二日ぶりー。そっちは無事?」

「チー……? 私は無事だけど……つか、コレどういうこと? てか、なんでそんなカッコしてるの? もしかして……変身したの!?」

『……ふむ。他の二人も揃っているようだな。久しいな、シャイニー・レムリィ』

「あーつか、もうっ!? 動けない!! この輪っか外れなくてウザい!! マジでワケわかんない!? これ外せよっ!?」


 ひとしきり暴れたあとに電池切れしたように力尽き、雨は闇の輪に引っかかるようにうなだれた。

 監禁によるストレスが原因かどうかは定かではないものの、その様子からも情緒不安定であることは私にも読み取ることが出来た。

 しかしながら、雨が騒ぎ立てていたことを意に介する様子もなく、エゾヒは淡々と話を続ける。


『再会の挨拶はここまでだ。さっそく――』

「ちょっと待って」

『……なんだ?』

「……アレ、やるよ」


 私の魔法少女としての経験がこのタイミングでをやるべきだと告げており、私はすぐさまインカムのチャンネルをフルオープンに切り替えて呟くと、シャイニー・イアに扮装した妹こと夏那は大きく頷き、まずは私だと言わんばかりに、堂々とした様子で一歩前へ踏み出す。

 そして次の瞬間、まるで指揮者が指揮棒を最初に振り上げたかのように、イアの呼吸や仕草、そして間が、周囲の空気を変え、静寂を創り出した。


「万物に届け――」


 両手を大きく広げて回転しながら、仕込んでいた花びらを周囲にふり巻き、一周して中央に戻って天高くジャンプし、そこから着地した直後、すかさず両の手のひらで左右から顔を隠すようにして立ち上がり、円を描くように両手を回転させながら、左向きに立って静止する。


「――豊穣の祈り!」


 本来であればこのタイミングで、周囲の花々が色とりどりに咲き誇る煌びやかな演出があるのだが、今回はそこまで手が回らなかったので泣く泣く諦めた結果、私の中には少しばかり物足りなさが残った。


「シャイニー・イア!」


 「キラッ!」という言葉が出てきそうな感じで左手を顔の横に置き、最後の最後にカワイイが存分に込められたウインクをサービスする。


(――ヨシッ! 完璧だッ! 私の教えた通り……さすがは私の妹!! ウルトラカワイイ!!)

「つ、次はぼ……私の番です……の……」


 自分の順番となって一歩前に出た、シャイニー・リインに扮するハーマイオニーは、人の字を何度も手に書いては飲むを繰り返してから、大きく深呼吸をする。


「穢れなき――」


 降りしきる雨を確かめるように滑らかな動きで右手を前に出し、まるで王子に手を引かれる姫のように、踵を鳴らしてリズムを刻むように円を描きながらゆっくりと一周歩き、手のひらに溜まった雨水を、そのまま胸元に引き寄せるように握り締め、それを天高くに振り撒くように開く。

 このタイミングで雨の雫が降ってくる――のが本来の仕様だが、こちらも仕込みの都合上、敢え無く断念していた。


「――祝福の雨!」


 すかさず、右手で顔の右半分を隠しながら左手を肘に添え、右向きになって立ち、最後に相手を睨み付け、歌舞伎で見得を切るかのようにキッと首を振る。


「シャイニー……リイン!」

(オッケー、ブラボーだ! 若干動きがぎこちなかったけど、思っていたよりも良い動き! これなら申し分ない!)


 リインの努力も然ることながら、妹の懇切丁寧な指導もあっての賜物であり、二人がしっかり結果を残したのだから、先輩である私が失敗するわけにはいかないと、私は意気込みながら前に出る。


「光輝く、希望の花!」


 五年間というブランクがあるとはいえ、体に深く刷り込まれた動きが忘れられることはないらしく、まるで精密機械のように動きをなぞり、難なく、そして完璧に私はこなしてみせた。


「シャイニー・レム!」

(決まった……! やっぱりこれを先にやっておくと、気が引き締まる……気がする。でも、これも職業病なんだろうなー……じゃなくて! 達成感に浸っている場合じゃない!)


 私が我に返ると、他の二人は既に両サイドでスタンバイを済ませており、私はアイコンタクトでタイミングを合わせ、声を合わせるように高らかに叫ぶ。


『未来に届け、生命の光! シャイニー・レムリィ!』


 ――ドカーーーン!!!


 イアが左手側、リインが右手側、私が中央でそれぞれがバラバラに動き、持ちポーズを決めると、ワンテンポ遅れて、盛大な爆発音が後方から鳴り響き、カラフルな煙が巻き起こった。

 ちなみに、こういった決めポーズはそれぞれの個性を強調するために、あえて揃わせないのが味なのだと先人達は言っている。


『うむ……? 久しぶりに拝見したが、この様な催しだっただろうか? 以前はもう少し煌びやかで華やかだった気がするのだが……?』

「そ……そんなことないわ!!」


 「こっちの気苦労も知らないで文句を言うな!」などと言い返したくはなったものの、ここで私がおいそれと挑発に乗ってしまえば、作戦の進行に支障が出ることは自明の理だったため、私は溢れ出る怒りを堪えるように、ぐっと内に留めた。


『それと、先ほどから気にはなっていたのだが……人間という種族は成長しないものなのか? 歳月は経っているのに、主らは以前からまったく姿が変わっていないように見えるぞ?』

「そんな……こと……」


 この場に居る三人の中で、以前と同じ人間は私だけではあったものの、私は少しばかり成長期が遅いことは自覚している――故に、この程度の揺さぶりに動じることはなどありはしなかった。


「以前から……? そういう設定なのかなー?」

「というか、身代金の受け渡しは……?」

「……どうでもいい」

『えっ?』


 インカム越しから二人の驚きを含んだ呟きが聞こえ、二人は私に視線を送ったことだろう。

 しかしながら、二人が私の姿を捉える事は無い――なぜならば、私はもうその場にはおらず、20メートル先に立つエゾヒの足元まで接近していたのだから。


『……!?』

「交渉なんて……クソくらえーーーーっ!!!!!」


 次の瞬間、エゾヒの顎に私のアッパーカットがクリーンヒットし、エゾヒは片膝をついて体勢を崩した。


「雨は……返してもらう!」


 私はキメ顔でそう言った。


『え~っと、それでは皆さん。シーン12、アクション! ……ですの!』


 こうして、何の脈絡も無く、戦いの火蓋は切って落とされた。

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