第5話 魔法少女は奔走中で。(1)
◆4月5日 午後4時10分◆
「ただいま」
私が家に帰宅すると、キッチンで料理をしている妹の姿があった。
「あ、お姉ちゃん。おかえりー」
「今日は早いな。部活は?」
私の二つ年下の妹こと
私自身も家では部屋に引き篭もることが習慣づいているため、互いに顔を合わせるのは夕飯時くらいなもので、こんな時間に顔を合わせることは滅多になかった。
「んー、今日は休みー。校庭が使えないんだってー」
我が家の料理グレードを引き上げてくれている唯一の存在である
「ああ……。昨日の雨のせいか」
(この匂いは、野菜炒めか? 胡椒の良い香りが、私の食欲を掻き立てるように鼻孔をくすぐってくる……。そういえば、昼飯はジャムパン一つだった……。なんか、色々あったからお腹が空いていることすらも忘れていた)
いざその事実に気が付いてしまうと、私のお腹はうなり声をあげる寸前まできているのだと、空腹であることを主張し始めていた。
「あめー? 何のことー? 今日は野球部が他校と試合するからグラウンド使えないんだってー。うちの陸上部、弱小だから肩身が狭いんだよー」
「お前が言って良いのか……それ。一応エースで次期部長候補でしょ?」
「あー、それねー。私には無理ですーって言って断ったよー。私、人をまとめるのとか向いてないし」
「そう……か……?」
(私から見れば、十分すぎるほどコミュ力が高いのだがな)
「というか、ウチで少し速いってだけで部長にされても困っちゃうよー」
夏那は短距離走専門であり、その足は私が本気で逃げるときよりも速いのだが、本人には自分が速いという自覚があまりないようで、それ故なのか、本人の部活に対するモチベーションはそれほど高くはない。
ただ、私と違って根が真面目に育っているせいか、弱小校でありながらも毎日練習に励み、音もあげず、休日の自主練なんかを自発的に行っている。
その上、我が家の家事や料理もこなし、器量が良くて運動も出来、人からも好かれるという、まったくもって良くできた自慢の妹だった。
「そういえば、そういうお姉ちゃんこそ部活はもう決めたのー?」
「いや……まだ決めてない。今はその……色々あって忙しいし」
「そっかー。高校生って大変なんだねー」
(まあ、高校生だからというわけではないのだが……)
「あ! そーだ!」
その言葉で何か思い出したのか、料理の手を止めて振り向いた。
「ねぇねぇ! 昨日友達の家に泊まり行ったってほんと!? もしかして、男の子?」
「んなワケあるかっ! もしそうだったとしても、『そうです』なんて言えるワケ無いだろっ!」
「な~んだー。つまんなーい。お姉ちゃん、男っ気がないから妹としては心配なんだよー?」
(昨日、男子に胸を揉まれた……なんて口が裂けても言えないな、これは……)
「まあ、彼氏が出来たら真っ先に教えてね? お母さんにバレないように手伝ってあげるから」
「出来れば、な……。そっちこそ、出来たらちゃんと報告するように。それはそうと、母さんは?」
「
「……来てる」
スマホを確認してみると、確かに通知は入っていた。
だが、他人とのコミュニケーションが殆ど皆無な環境で中学生活を終えた私にとって、スマホをいちいち確認するという習慣は培われてきていないため、通知機能というものはほぼ意味を成していなかった。
「便利なんだから、使ったほうが良いよー。友達とかに教えてさー」
「あー……うん……。そうするわ」
私は“友達”という言葉にひどく動揺し、後ろに隠した左手を強く握り締めながら、適当に相槌を打った。
(……そうだ。このアプリの連絡先に、一番最初に雨を登録する……。それまでは、他の誰も連絡先を登録をしない……。この戦いに決着をつけて、雨を取り返す。それが、
――ぐー。
私の固い決意に賛同するように、私の腹の虫が鳴った。
「お姉ちゃんのお腹は相変わらず正直だねー。ちょっと待っててー。今ご飯出来たから、一緒に食べよー?」
◇◇◇
◆4月5日 午後6時◆
現状の確認と準備をするため、夕食を済ませたあと、私はすぐに自室へと戻った。
「これだけ……か」
家にストックしてあった聖水とポーションをありったけ出し、机に並べて数えてみると、聖水が十個にポーションが五個……これに鞄に備えていた分を足すと、合計で聖水十三個、ポーション六個となった。
(十分なほどあるとは思うけど、何が起こるかわからないし……。念には念をいれて少し増やしておこう)
「今日はポーションを足しておこうか……」
………
「――グロース・ライトっと」
緑色の小瓶に光が収束したあと、中の液体がぼんやりとした淡い緑の光を放ち、やがてその光は落ち着きを取り戻すように普通の水へと戻った。
私はそれを確認すると、そのままベッドに倒れ込んだ。
「はぁー……やっぱり疲れるな、これ」
グロース・ライトを使用すると、運動もしていないのに全身汗だくになるほど体力を消耗するのだが、その分、ポーションの効果や汎用性は非常に高い。
普通の人間が飲めば、一時的にではあるが全力疾走してもまったく疲れなくなるし、筋力増強の効果もあるので、人間では考えられないほどの驚異的な瞬発力と跳躍力、そして腕力が備わり、おまけに自己治癒能力を高める効果もあるので傷もすぐに治るという、誇張無しで至れり尽くせりの万能増強剤と言えた。
だが、調子に乗って動きすぎると、翌日死ぬほど疲れて動けなくなったりするという欠点もあり、その副作用は調子に乗った以前の私で実証済みだった。
例えるのなら、市販のエナジードリンクを超強力にしたようなものであり、私が使用するときは、基本的には少量ずつ摂取するようにしている。
「あ……そうだった。アレを探しておかないと」
汗が引いてきたのを見計らってベッドから起き上がり、私はクローゼットの奥を漁りはじめる。
「確か、この辺りに……おっ……? これこれ。あったあった」
………
私は
「馬鹿な……。ピッタリ……だと? 五年も経っているのに……?」
クローゼットの奥から引っ張り出したのは、ピンク、青、黄色を基調とした三着の魔法少女風の衣装で、私はその中の一着であるピンク色の魔法少女服を着ている。
魔法少女に変身できなくなったときのためにと祈莉が
祈莉に持っていて欲しいと言われて三着分預かってはいたものの、まさかこのようなタイミングで使う機会が訪れるとは思ってもみなかったし、それより何より、あれから五年という歳月が経過しているにもかかわらず、当時作られたはずの衣装が私の身体にピッタリのサイズであるという事実に動揺を隠せなかった。
「……というか、そもそも着る必要なかったのでは……?」
私の頭には、【戦う
「これが職業病……なのか。まあ、でも……」
万が一にでも失敗したら恥ずかしいし、せっかく衣装を着たんだから少しだけ決めポーズを復習しておこうか――衣装を纏ったことで不思議な高揚感に包まれていた私は、何故かそんなことを考えてしまった。
「左足を軸に。確か、こんな感じで……。足は閉じて、両腕をクロスさせて腰に手のひらを当てる。そのまま腰を沿うように腕を上げていき、両手首が交差した辺りで拳を蕾に見立てて握る……」
魔法少女だった当時は、なぜだか体が勝手に動きだして自然とポーズが決まるので、練習の必要などなかったのだが、いざ自分でこれやろうとすると結構難しかった。
「ここでターンしながら、蕾が花開くように人差し指から順に開いて、水平に腕をピンと伸ばしつつ、右足を少し前に出す。それから少し溜めてー……」
特撮ヒーローのように右腕を左斜め上、右斜め下に伸ばしながら、左に半身反らし、右太ももを一杯まで上げ、そこからいつもの決め台詞を叫ぶ。
「光輝く、希望の花!」
踵の音が鳴るように意識しながら右足を下ろし、瞬時に左腕は空手の型のように構え、右腕は空を切るように勢いよく振り下ろす。
「シャイニー・レム!」
(決まったぁ……! 数年ぶりだというのに、今のはかなり良かったんじゃないか!? 私、まだまだ現役で行け――)
「お風呂入ったよーって伝えに来たんだけど……お姉ちゃん、何してるのー?」
「へっ……?」
私が正気を取り戻すと、驚きと怪訝が入り交じったような表情をした妹が、鏡越しに映るドアから顔を覗かせていた。
「あ……」
(――し、しまったああああああ!!! そういえば、今日は妹が居たんだった!? なんという不覚!? 今までの人生で一番見られたくないシーンダントツ1位の場面を妹に見られた!? こ、ここはどのように言い訳すべきっ!? 「友達に頼まれて作ってみたんだけど、どうかなー?」――って、なんで私が着てるんだよ!? そもそも裁縫スキルなんて、私には無いっ! 「新しい服を買ってみたんだけど、どう? 似合う?」――って、どんな服のセンスしてるんだ!? 私は子供かっ!? 「バイト先の制服なんだけど、可愛くない?」――って、いかがわしいバイトだろ、それ!?)
冷や汗が止め処なく溢れ、返す言葉も見つからないまま、私はもうダメかもしれないと絶望に打ち
「ああー!? なに、その衣装!? 可愛いー!! お姉ちゃん、どうしたのそれ!?」
「こ、これはその、えーと……! そ、そう! これは映画撮影用の衣装!!」
こういった咄嗟の対応を私は苦手としており、苦し紛れとはいえ、我ながらセンスの無い嘘だと
も思うのだが、妹もまた、そういった嘘に関しては鈍感であった。
「映画!? あ、スゴイ! 他にもあるー! こっちの青いのはマーチング衣装っぽくてカッコいいー! こっちの黄色いのもお姫様みたいにフリフリでカワイイー!」
既の所で姉の威厳が木っ端微塵に吹き飛ぶ状況を回避し、私はホッと胸を撫で下ろした。
「ねえ、お姉ちゃん! コレ、私も着てみていい?」
「えっ……? あ、ああ……うん、まあ……良いけど」
………
「見て見てー! 結構すんなり入ったー!」
黄色の衣装は祈莉のサイズに合わせたものであり、当時の祈莉は同世代の子供たちよりも背が高く、私や雨よりもかなり背が高かったため、私のものよりも大きめに作られていた。
対して夏那は中3にしては少し小柄な体型であるためなのか、二人の体型にそれほど差はなく、夏那はその衣装を着こなしていた。
「どう? お姉ちゃん? 似合ってる?」
「ああ。似合ってる」
余程衣装が気に入ったのか、鏡の前でスカートを摘まんでヒラヒラさせたりしながら、幾度となくクルクルと回っている。
「でも、胸の辺りが少し苦しいかなー?」
妹の発育が順調なのは良いことだと思うのだが、それは勝ち組の悩みであり、負け組一直線である私にはまったく共感することができなかった。
「あ!? そうだ! お姉ちゃん、一緒に写真撮ろ!! 今、スマホ持ってくるから!!」
(私のこの姿を未来に残そうというのか、妹よ……)
魔法少女だったとはいえ、その姿を写真に収められたことは一度も無いし、まして高校生にもなった私の魔法少女コスプレ姿を未来に残る写真という形で残し、将来の私を一生辱める一枚を生み出そうというのだから、悪気がないとはいえ、なかなかに罪深い所業である。
しかしながらその瞬間、私はあることを閃き、頭上に電球マークを輝かせていた。
「待って、夏那」
部屋を出て行こうとする妹を呼び止め、私はその両肩をがっしりと掴む。
「その服着て、映画に出てみない?」
「へっ? 映画……?」
「明後日の夕方に映画の撮影があって、1人欠員が出たから探してくれないかって頼まれていたのを今思い出した」
不運が招いたかに見えるこの状況も、見方を変えれば絶好の機会だった。
妹の身体能力の高さは私が一番知っているため信頼でき、交渉という手順を踏まなくて済む分時間節約にもなるため、夏那はシャイニー・レムリィのニセモノ役としては好条件の揃った最高の逸材であると私は考えた。
「ほ、ほんとに!? あ、でも、わたし台詞とか覚えるの苦手かも?」
映画を撮影するという口実は色々手回しが必要であるにせよ、人を集める口実としては悪くない理由であり、夏那本人が興味を持っている今は、このまま押しきるのが最善手だと考えられた。
「そこは大丈夫。最近の特撮はアフレコで声を吹き込めるから」
特撮に限らず、最近の映画やドラマなんかでも、映像を観ながら後で声を録音するアフレコ方式が多くなっているのは事実ではあるが、こんなところでオタクとして蓄積した知識が日の目を見ることになり、私は誇らしくすら思っていた。
「けど、私、演技出来るかなー……」
「問題ない。編集とかCGでなんとかなる」
(まあ、それを実現しようとすると膨大な時間と多額の予算が必要だけど)
「んー……。まあ、それじゃあやろうかなー?」
妹の了承が得られ、これで目下の問題の一つが解決すると、私は思わずガッツポーズをした。
「お姉ちゃんもその衣装着てるってことは、その映画に出るんだよね? 一緒に頑張ろ! お姉ちゃん♪」
「へっ……? あ、その、私は……」
結局、私はこの衣装を着ることを余儀なくされることとなった。
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