第3話 魔法少女は孤独で。(4)

 ◆4月4日 午後3時55分◆


 日も暮れ始め、辺りは茜色に染まり、つい先ほどまでは賑やかな公園でその場を賑やかせていた子供たちは、一人、また一人と家路につき、今やカラスの鳴き声だけが響く、どこか物悲しい空間へと変わっていた。

 そんな、人々の生活が移り変わる様を、公園のベンチに腰掛けながら、途方に暮れるようにぼーっと眺めている私がそこに居た。


「はぁ……」


 ふと箱の中の子猫に視線を落とすと、またしてもスヤスヤと眠りについている。

 少し眠りすぎではと体調面が心配になり、ケガもしていたから何か感染症にでもかかったのかと思って先程調べてみたが、どうやら子猫というものは一日の大半を寝て過ごすらしく、人であろうと猫であろうと、“寝る子は育つ”というのは変わらないらしい。


(この子……どうしよう……)


 私はダンボール箱を抱えながら、この子猫をどうするのかをひとり悩みあぐねていた。

 頼みの綱である雨の返答は保留であり、返事を待つにしても、早くて明日にならないと回答を得ることは出来ない……となれば差し当たっての問題は、“今夜をどのようにして乗り切るのか”ということの一点に尽きる。

 雨の家にとりあえず預けるのも悪くはないが、今の今まで疎遠だった相手の自宅にいきなり押しかけたうえ、子猫を預けてあとはヨロシク……なんていうのも幼馴染とはいえ失礼が過ぎると思うし、連絡してからとも思ったが、生憎と雨の連絡先を私は知らない。

 せめて、連絡先くらい確認しておくべきだったと今さらながら後悔したものの、そもそもツンデレ属性持ちの雨に連絡先を聞いたとしても「だ、誰がアンタなんかに教えるかバーカ!」とか言われて逃げられるという顛末まで想像出来ている私がいる。


「とりま、今後のために連絡先渡しておくことにしよ……。それはそれとして……」


 雨に預ける方法の他に、もう一度家に子猫を連れて帰るという方法も残されているが、それはそれで母親に何を言われるかわかったものではないし、その流れに乗ってしまうと、いっそのこと覚悟を決めて飼ったほうが楽なのではないか? などという錯覚を起こしかねない。

 、文字通りに頭を抱えた。


「う~ん……ん?」


 そこで私はふと疑問を抱いた。

 私はなぜ、これほどまでに頭を悩ませ、どうしてこれほど苦労してまで子猫の里親探しをしており、こんなにも頭を悩ませることになっているのだろうか、と。

 子猫に対して、私の中で放っておけない罪悪感のようなものが働いていることは、私も認識している事実ではあるものの、子猫の里親探しに奔走しているのは私の意志ではなく、言うなれば私らしくない……それはまるで、そうするように仕向けられているような言い様のない違和感とも表現できる。


「どうしてこうなったんだっけ……?」


 これまでの経緯と事の成り行きを思い返し、私はある可能性に辿り着いた。


(もしかして……私が子猫を飼う事を一旦諦めて、子猫を捨てない方法を懸命に探して、最終的に飼うかどうかを本気で悩む……。そこまで、母は想定済みだった……?)


 私の母親は、行動心理学のプロフェッショナルであり、人の意志を誘導することに関しては朝飯前だった。

 母に出された条件が簡単な条件であったなら、飼うというだけで話は終っており、実現不可能な条件であるなら、早々に諦めて飼ってくれる人を探し、飼う飼わないという悩みにまで至ることはない。

 しかし、今回のように実現不可能ではない程度の条件なら、私の苦手とする他者とのコミュニケーションを行う必要があるし、飼うか飼わないかについて真剣に考え、天秤に掛ける機会も発生する。

 ここからは考えたくはないが、疎遠状態である雨に対して、私が思い切って相談を持ちかけるところまでも想定されている可能性すらあった。


「あっ!? 居た居た! お~い、チ~」

「えっ……?」


 私が重い頭を抱えていると、遠くから少しばかり懐かしい名で私を呼ぶ声が聞こえた。


「ん? ナニ? どうしたの?」

(それはこっちのセリフ……)


 先程とは違い、私服になっているところを見ると一度家に帰ったようだったが、それは間違いなく雨だった。

 私をチーというあだ名で呼んでいるのは、私の知りうる限り小学校時代の限られた親しい友人しか居ない。

 ちなみに、なぜチーと呼ばれていたかというと、発端は私がチビの春希だから略してチハル、というなんとも不名誉な理由から付けられたあだ名だったのだが、いつの間にやら呼びづらいからいう勝手な理由でさらに略され、“チー”という呼び方に変貌したのだ。

 結果、私個人を差し示す文字は、もはや影も形もなくなった。


「居た……ってことは私を探してた……。 一応確認だけど、なんでココだって判った?」

「……? 私のうちにアンタの母親から連絡があって、アンタがここで油売ってるだろうから、迎えに行ってほしいって」

「だから、私は子供か!」


 差し詰め、文明の利器であるところのスマホのGPS機能を使って私の居場所を母が特定したのだろうが、主に小学生に対して用いられるそれを、高校生にもなった娘の居場所を調べるために親に使われうというのはどうなのだろうかと、私は再びうな垂れる。


(ん……? 待てよ……このタイミングで雨の家に連絡が行っているとなると……)

「帰ったら、子猫のことも親同士で話がついててさ。暫くは私のうちで預かってて良いってさ」


 どうやら、私の推察は的中していたようで、私は心の中で「ですよねー」と呟きながら、一際大きなため息をついた。


「猫のこと、親に話してあるんなら先言ってよ。あのまま連れて帰ったのに。まあ、飼うかどうかはあとで決めるから、とりあえず預かるってことらしいけど……って、あれ、嬉しくないの?」

(まったく、今日一日の気苦労は一体なんだったのだろう……)


 正直、凄いと思う反面、絶対的な恐怖を感じざるをえないのだが、私は今日一日、完全に母親の筋書き通りに動かされていたらしい。

 恐らく、こうして肩を落としている私の姿さえも予想していたことだろう。


「そうじゃないけど……。まあ……とりあえず、今日のところはこの子を宜しく」


 膝に乗せていたダンボール箱を覗き込むと、ちょうど目を覚ましたのか、子猫は虚ろな眼をしながらこちらを見上げていた。

 私は元気であることを最後に確認して箱を受け渡すと、子猫は顔だけ出して、少し寂しげな表情でこちらを見た。


「りょーかい、っと。よーし、今日からお前はクマゴローだな」

「な……っ!? か、勝手に名前を付けるな!? 私だって名前付けるの我慢してたのに!!」

「こういうのは、早いもの勝ちでしょ?」

「そんなルール、私は認めない……!」

「はいはい。預かっている間に覚えなければいいねー。なあ、クマゴロー」

(なんでよりにもよってクマなんだ……)


 仮称だけでも付けておくべきだったかと、私は少しばかり後悔の念を覚える。


「あ、そうだ。連絡先を――」


 私がそう言いかけた時、クマゴローがしきりに鳴き始めた。

 その鳴き声はそれまでとは様子が違っており、まるで叫ぶような鳴き声だった。


「あれ? どうしたー? お腹すいたのかー?」

「不安がってる……? 私と離れるのが嫌だとか?」


 私と雨が必死になだめても、クマゴローが一向に鳴き止むことはなく、何かあったのかと二人で顔を合わせる。


『力の残滓ざんしを辿ってみれば、こんなこともあるのだな……』


 その声が聞こえた刹那、周囲の空気は明らかな変容を見せ、空は暗雲が立ち込め、四月だというのに突如として凍りつくような寒気に襲われる。


「えっ……? なに……?」


 慌てて周囲を見回そうと視線を泳がせるも、周囲には私たち以外、人の影一つ見当たらなかった。

 だが、一際強い風が吹き、瞼を一度下ろしたその直後、人影らしきものが忽然と現れた。


『探したぞ……』

「何アイツ……? チー、アンタの知り合い? なんか暗くて顔がよく見えないけど……?」


 驚きのあまりなのか、私の全身は何かに拘束されているかのように固まり、動けなくなっていたが、唯一可動する私の目はそれでも情報を得ようと、相手に向けて視線を送り続ける。

 大柄の男のシルエットを捉えていたものの、が何かまでをハッキリと捉えることは出来なかった。


「アンタ、誰……? もしかして、変質者……?」

「……っ!? ソレに近づいちゃダメだっ!」


 喧嘩腰に近付こうとする腕を咄嗟に掴んで制止すると、その行動によって俄かに状況を悟ったのか、当人は舌打ちをしながらすぐさまソレを睨み付けた。


「まさか、アイツってヤバイ系のやつ……?」

「憎悪よりももっと強い感情……とてつもなく強い復讐心……! あんなの視たことない……!」


 通常の人間であれば、あれほどになることはまず考えられないのだが、その人影を中心に、私も視たことがないほどの量の復讐心の胞子が渦巻くように発生しており、私の目でも相手の姿を視認することが出来なかった。

 その現状から、今の私には三つだけ判ることがあった。


 一つ、アイツは人間ではない可能性が高いということ。

 二つ、あの声には聞き覚えがあるということ。

 三つ、アイツは私を探していたということ。

 これらのことから、私は既にの正体を特定するに至っていた。


は人じゃない……。それに私たちのよく知っているヤツ……」

『魔法の痕跡を辿っていれば、いつか必ずお主たちの誰かに辿り着くとは思っていたが、まさかこんなに早く再会できるとはな……』


 何かを思い出したのか、並び立つ横顔は不機嫌から焦りへと表情を変えた。


「……っ!? アイツ……!?」


 私自身も認めたくはないし、目の前の事実を信じたくもなかったものの、私はそれ以外の答えを導き出すことは出来なかった。


『見つけたぞ……! シャイニー・レム……!』


 その名を再び耳にすることなどない――今の今までそう思っていた私の頭を叩き起こすように、その言葉は記憶を呼び覚まし、全身に電流が走るような衝撃を与えた。


 この瞬間とき、私の平和で普通な日常アフターライフは見事に崩れ去った。

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