第3話 魔法少女は孤独で。(3)

 ◆4月4日 午後3時35分◆


 午後の体力テストも無事に終わり、放課後のホームルームになったと同時に、私は机に突っ伏した。


(私としたことが、こんな少女マンガチックな展開を己自身で体現してしまうとは……一生の不覚……)


 私はこう見えて運動神経は良いほうで、柔軟さや俊敏さには自身があったし、他人から即座に逃げ隠れすることに関しては得意中の大得意である。

 しかしながら、体力テストは惨憺さんさんたる結果に終わり、上体起こしや前屈などの柔軟系種目は基準よりもかなり上ではあったが、他の種目は総じて平均未満という情けない有様に終わった。

 それというのも、昼休みに起きた、のせいで、本来の力を出せなかったことは言うまでもなかった。


(それにしても、アイツの顔……どこかで……? それとも思い違い……?)


 私は顔も名も知らぬはずの金髪王子パツキンショタに、何か引っかかるものを感じていた。

 相手もこちらのことを知っているような反応を見せており、もしかしたらどこかで出会ったことがあるのかもしれないが、記憶力の良い私でも思い出すことは叶わなかった。


「明日からは普通授業だ。各々確認と準備を忘れないように。ああ、それと。六時限目はHRだ。そこで学級委員と委員会役員を決めるから」

(学級委員……。これも、あとで所属が必須とか言わないだろうな……)


 学校というものが、生徒に対して生きていくために必要となりうる課題をイージーモードで与えることを本分としている場であることは百も承知しているが、社会勉強だの、生徒の自主性を尊重するだの、就職や受験に有利になるだのともっともらしい理由を並べ立て、穴埋め要員として良いように生徒をこき使っているだけじゃないかと、小一時間問い詰めたいところである。


「そんじゃ。解散」


 ………


 放課後の教室は、例の解放感に包まれ、ホームルームが終わったというのに、クラスメイトたちは居残って和気藹々と会話を楽しんでいる。

 少しだけ聞き耳を立ててみると、どうやら部活見学をしようという輩が大半のようだったが、今日の私にはそんなことに時間を割いている余裕はなく、帰り支度を整えている最中だった。


「……?」


 私が準備を整え終えると、教室の後ろの扉から何かの気配を感じた――といっても、負の感情は視えても、マンガのように敵の気を感じて誰かを判断するとか、距離感を掴むなんてことは当然できないため、見覚えのある人間がたまたま視界に入っただけだった。

 相手もこちらが気づいたことを察知したのか、私に先に行っていることを合図だけして、その場を立ち去った。


(どうやら手紙は無事に届いたみたい……)


 早速待ち合わせ場所へ赴こうとすると、すれ違いざまに危険な天使デンジャラスエンジェルと目が合った。

 まるで何か心配しているような表情を私に向けていたが、私は特段気にすることなく、待ち合わせ場所へと急いだ。



◇◇◇



 ◆4月4日 午後3時45分◆


 私が校舎裏に到着すると、彼女は私が訪れるのをで不機嫌そうにしていた。


「……遅い。昔から、アンタはそういうとこルーズなんだから。待ち合わせの時間くらい守りなさいよね」


 根が真面目なので、待ち合わせ場所に現れないという可能性はまず考えられなかったし、大方の予想通り賑やか女子にぎやかしに押し付けておいたメモに記したとおりの場所に現れていた――それも随分と早く。


(いや、15分も早いんですけど……)


 そしてこれも案の定ではあるが、大量の黒い胞子――いわゆる嫌悪感に類するが、それをもっと濃厚にした“敵対心”を惜しげもなく放出している。

 ようするに、彼女は私と会う前から臨戦態勢であった。


「久しぶり……でもないか。一昨日おととい会ったし」

「……アンタの顔を見るのは暫くぶりだけどね」


 私をあからさまに毛嫌いしているこの人物は、五月雨さみだれと書いて五月さつきあめ――私の家の近所に住んでおり、小学校と中学校は同じ学校に通っていた、俗に言う幼馴染であり、


 知的で真面目で剣道も出来る文武両道の優等生キャラだった彼女は、私たちの中ではブレーン的ポジションで活躍しており、自由奔放でバラバラな私たちをまとめ上げていたのは彼女の手腕だと言って良い。

 しかしながら、今やそれらの優等生たる面影は微塵も残っておらず、青みがかった美しい黒髪はかつての面影はなく金色へと染められ、耳にピアス、ギリギリのヘソ出し、校則違反であろう超ミニにメイクをガッツリ決め、いわゆるギャルと呼ばれる身なりをしている。


「んで? どの面下げて私に会いに来たわけ? 言っとくけど、今さら謝っても私の気持ちは変わったりしない。私は絶対にアンタを許さないから」


 彼女との関係は、五年前の一件以来、ずっと険悪なままであり、その原因を作ったのは、紛れもなく私だった。

 私の行為が彼女たちを傷付けているのだと自覚はしているが、それは彼女たちのためでもあるし、今さら謝罪する気もなく、ただ謝罪したとしても許されるとは思っていない。


「まあ……その話はちょっと置いといて」


 故に、私はあえてその辺には触れないで話を進めるため、早速校舎裏の茂みを掻き分ける。


「置いとく……? はぁ!? 何ソレ!? ふざけてんの!?」

「ふざけてないから。こっち来て」

 

 私が手招くと、渋々といった様子で彼女は私の後を付いてきた。

 そして、私はそれをお披露目するように手のひらで仰ぐ。


「これ」

「なに……って、こ……子猫!?」


 そこには相も変わらずスヤスヤと眠っている子猫が居た。


「めめ……めっちゃカワイイんですけどぉ……!? ん……? でもこの子……って、いやいや、そんなわけないか……じゃなくてっ! なんで学校に……あー、もう! これは、一体どういうことなのよ!?」

「わざわざ呼び出したのはこの子の相談がしたかっただけ。この子、そっちで飼えない?」


 私はこの手の常套手段に則って、知人を当たることを選び、その結果、一番付き合いの長い友人であるところの彼女を真っ先に頼ったのだった。


「へっ? うちで……? ムリムリ!? 親に許可取らないと!?」

「そんなナリをしていて親の許可って……」

「この格好は関係ないでしょ!? それいうなら、アンタこそまだ地味子やってるとは思わなかったわ!?」


 割と善処してくれそうな答えをするところや、妙に律儀なところは今も昔も変わっておらず、昔の彼女が垣間見えたようで、私は少し安堵した。


「地味じゃないし。わざとだし。カモフラージュ」

「アンタの体型なら安くて可愛い服を選び放題なのに、勿体ない」

「それ、どうせ子供服だろ……。ケンカ売ってんのか」


 彼女はしゃがみ込んで、猫の眉間あたりを撫でているが、今の彼女の周りには先程まであったはずの黒い胞子は今となっては一つとして存在しなかった。


「あ。そうそう。この前、りつに彼氏紹介されたんだけど……」

「えっ……マジか。あの内気で目立たなかったりっちゃんが……! 信じられん……」


 以前はこうして他愛もない話を延々として、ただただ笑い合っていたものだが、今の私たちには変えようも無い大きな隔たりが存在している。

 それは、だった。


「んで、そっちはどうなのよ?」

「どうって……?」

「傷の具合とか。新しく出来た友達……とかさ」

「何年前だと思ってるの。傷のほうはとっくに完治した。あとは残ったけど」

「そう……か。良かった……。でも、友達のほうは……まあ聞くまでもないか」

「そこ! 勘違いしない! 居ないんじゃない! 作らないの!!」


 私が“友達ができますように”などと願わなければ、私が魔法少女になることも無かったし、彼女と今のような関係になることもなかったのだろう。

 だが、今という現実は私の選択の結果であり、それは私の落ち度でもあるため、私は甘んじてそれを受け入れている。


「はぁ……。また、アンタはそういうこと言う……」


 一瞬、呆れたと言った顔をしたかと思えば、すぐに無表情に変わった。

 その表情はまるで、私と彼女と出会った頃のような、赤の他人に向ける表情に似ていた。


祈莉いのりは、何か理由があって私達に嘘を吐いてるんじゃないかって言ってたけど――」

(それは初耳だ。やっぱり、勘だけは鋭い……)


 ゆっくり立ち上がり、スカートの土埃を払いながら、私を睨みつけた。


「――私はアンタからちゃんと本当のことを聞くまで、友達に戻るつもりはないから。絶対に」


 独り言のようにそう呟くと、彼女は校門のある方へと向かって歩き出した。

 だが、ピタリと立ち止まり振り返る。


「あっ、言い忘れてた……。そののことは明日までに考えておく。……アンタが言ってたように、私たちのこととそののことは無関係だから」

(できれば今日中に決めて欲しい……なんてここで言えるわけないよな……)

「それともう一つ」


 彼女は再び歩みを進めるが、今度は振り返ったりはしなかった。


「久々にチーと普通に話せて、良かった……かも」


 それだけ言い残して、今度は逃げ去るように全力疾走で走っていった。


「……」


 時間の経過が人を変えるとはよく言うが、私はその事実を目の当たりにして驚愕し、呆然と立ち尽くしていた。

 どうやら彼女はいつの間にか、“クーデレ”から“ツンデレ”にクラスチェンジしていたらしい。

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