第3話 魔法少女は孤独で。(2)
◆4月4日 午後1時◆
午前中の身体測定が終わってすぐに、私は子猫を隠していた校舎裏へと駆けつける。
ダンボール箱を覗き込むと、子猫はすやすやと昼寝しており、私は安堵の息を吐く。
(まったく……こっちの気も知らないで、
私はそのままこの場で食事をとる事に決め、適当な木に背を預けてパンに口をつける。
(身長は1ミリも成長してなかったし、バストに至っては他人に言えるような数字じゃなかったな……。私はほんとに成長期なのか……? まあ、体重が増えてなかったことはせめてもの救いだけど……。うん、とりま牛乳飲む量を増やそう……。あ。そういえば、確か牛乳が切れかかってたっけ……。帰りに買ってったほうがいいな。コイツも増えたし……。ん……? でもそれなら猫用のミルクを買ったほうが良いのか? 猫とか飼ったことないし、詳しく調べてみるか――……じゃないだろ、私!?)
この子猫をどうするのかという問題をまるっと忘れ、私は飼う気になっていた自分を振り払うように首を振る。
母親の提示した条件をクリアできるかと言えば、答えはNOであり、だからこそ私はこの子を捨てる覚悟をしてここに居る――というか、もともと野良猫なのだから捨てるも何もなく、ただ元の状態に戻すだけなので“罪悪感”など本来は生まれないはずなのである。
「う~ん……」
とはいえ、この子猫をただ見捨てるなんてことは、今の私には死んでも出来ず、何か良い解決方法がないかと思い返す。
(こういうとき、マンガとかアニメだと誰か引き取り手を捜すのがお決まりの流れだけど……)
そもそも私は重度のコミュ障であり、マンガやアニメキャラのように人付き合いは上手くない。
猫の飼い主探しにチラシ作って配って回るとか、知らない人に話しかけるなんてことがほいほいと出来るはずもなかった。
「う~……うん? 知ってる人……?」
次に思い浮かんだのは、友人や知人を伝って、手当たり次第にお願いする線だったが、同級生には当然居ないとしても、もともと私には友人や知人と呼べる人間がほとんど居なかった。
(いや……待てよ?)
手近な人間であれば、友人と呼べる人間が一人だけ思い当たったが、今の関係上、彼女と会うことは極力避けたい気持ちも同時にあった。
「でも……」
隣で静かな吐息を立てる子猫を眺めながら、私は決意を固めた。
「背に腹は変えられない、か……」
◇◇◇
◆4月4日 午後1時20分◆
昼食を済ませ、教室棟の二階を訪れた私に待っていたのは、注目の的になるというイベントだった。
(やっぱり、目立ってる……よな……)
二年の階に一年生が居るだけで珍しく、入学早々ここを訪れる一年生なんてまず居ないし、何よりも私の姿は否応にも目立ち、先程から周囲の視線が痛いほど突き刺さっているのを肌でひしひしと感じている。
しかしながら、ここには逃げ隠れする場所など無い、いわば敵地ど真ん中であり、さっさと“旧知の友人と会う”というミッションをこなし、この場を早々に離脱することが最善の選択であるということは自明の理だった。
(二年一組……。ここだ……)
暫く彼女と連絡を取り合うようなことはしていなかったものの、親同士が知人でご近所さんなので、彼女の情報は私の耳にもしっかり届いている。
そのため、どのクラスになっているのかも私はバッチリ把握していた。
こっそりと教室の中を覗き込み、中の様子を確認すると、窓際の席で欠伸をしながら呆けているターゲットを発見した。
(ターゲット……確認――)
「あれ? 一年生? ここは二年の教室だよー? もしかして、迷っちゃったのかな?」
後ろから何者かに突然話しかけられ、私は慌てて振り返る。
見上げると、見た感じは冴えないが、料理とか家事全般だけは上手そうな印象のモブっぽい女生徒がそこに立っていた。
とりあえず《仮称・
「えっ? なに……? これ手紙?」
そして、私はすぐさまその場を逃げ出した――しかし、まわりこまれてしまった! ……わけではなく、不測の事態が起こった。
「あっ! ちょっとー! キミ!?」
――ゴン!
「いたぁ……っ!?」
「あうっ……!?」
「あぶないよー、って言おうとしたんだけどな……。大丈夫?」
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、どうやら私の顔面は何かに衝突したらしく、その反動で私の体は結構な勢いで吹っ飛んだ。
「ぐ……」
「ごめんごめん……よそ見していて……。キミ、大丈夫……? 立てる……?」
もろに衝撃を受けた鼻頭を押さえていると、誰かが私に手を差し出しているのが視界に入った。
衝撃の影響なのか視界はハッキリせず、手探りするように宙空に手を差し出すと、その誰かが私の手を引っ張りあげる。
しかし、その力は思ったよりも強く、私は体ごと浮くように引っ張り上げられたと同時に、足はもつれ、今度は前のめりに倒れ込む。
(土の……匂い……)
「ご、ごめん! 強く引っ張りすぎちゃった!? 大丈夫!?」
どうやら、その人の胸に顔を埋める形になったらしいが、相手も慌てたのか、私は突然突き離された。
「怪我してない!? 痛いところは!? 保健室行こうか!?」
視界がハッキリしてくると私は目を見開いて驚いた。
金髪サラサラヘアーで青い瞳、色白の肌、恐らく日系のハーフかクォーターのような、まだあどけなさの残る端正な顔立ちの、いわゆるイケメンカテゴリーに属する美少年がいた。
だが、私が驚いたのはそこではない。
なんと驚くべきことに、その美少年は私と同じくらいの身長だった。
(
心の中でテンションが上がってしまい、思わず叫びそうになった。
こういう典型的だけど特殊なキャラは、なかなかお目にかかれないのだが、私の中で何かが引っかかった。
(あれ……? でも、どこかで見たことあるような気が……?)
私には外人の知り合いなんて一人も居ないし、居たとしてもこんな美少年を忘れるワケがない。
「んん? あれ……? 確かキミ――」
美少年が何かを言いかけたのも気になりはしたが、今はそれよりも気がかりなことがあった。
周囲に視線を泳がせると、両手を口に当てている人に、指と指の隙間からこちらを見ている人、顔を逸らしながらも横目でこちらを見る人などなど、奇異なものを見る視線とはまた違った、今までに感じたことのないような視線を感じていた。
ちょうど当てはまる言葉を選ぶとするなら“好奇の視線”だろうか。
「あ……」
視線を下ろしたところで、私は自分の置かれている状況にようやく気付かされることになった。
美少年こと
(これは……いわゆる貞操の危機……というやつでわあわあわあわわわああ――)
「んきゃーーー!?!?!?!?」
今までの人生で出したことのない奇声を発した私は、すぐさま美少年の手を払い除け、一目散にその場を逃げ去った。
◇◇◇
「あめ~」
ショートボブの少女が、教室の窓際で退屈そうにしている金髪少女に声を掛ける。
「……? 何?」
「お客さんからこれ預かったよー。はい」
そう言ってショートボブの少女は手紙を渡す。
だが、金髪少女は
「お客……? 誰……? 男? 女?」
金髪少女がつまらなそうに返答すると、ショートボブの少女は考え込むように首を傾げながら、天井を見上げる。
「う~ん? たぶん一年生? ちっちゃくて可愛い女の子だったな~。 それに、めちゃ面白かったー。その子にこれ渡されたんだけどー、何かいろいろあって聞く前に逃げられちゃったー、みたいな?」
「ちっちゃくて、可愛くて……面白い……? ……っ!?」
少しの間を置いて、金髪少女は何か思い当たったような表情を見せた後、すぐさま手紙を奪い取る。
「……アイツ」
「あの子、知り合い? もしかして、妹さん?」
「いや……別にそういうのじゃない……」
金髪少女は視線を窓の外へと移し、小声で呟く。
「……
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