第3話 魔法少女は孤独で。(1)
◆4月4日 午前5時55分◆
「う~ん……」
カーテンの隙間から差し込む朝日が、私をまどろみから引っ張り出す。
(苦……しい……)
まるで、胸を締め付けるような圧迫感と、心臓が焼けるように熱くなっているのを感じ、私は堪らずに重たい瞼を開ける。
薄暗い部屋の中、ぼやけた視界が次第とハッキリすると、私の目の前に黒い影があった。
「にゃー」
私の胸の上に、黒い子猫がちょこんと鎮座していた。
………
「あら? ハルがこんな時間に起きてくるなんて珍しい」
寝ぼけ
(六時前……。どうりで……)
「あ。さてはあれだ。お漏らししたとか」
「するわけあるか!? 子供か!?」
(
起きて早々デリカシーのないことを言われ、私が不機嫌を態度に表すと、母は手を横に振る。
「違うわよ。あんたじゃなくて、
「う……!?」
図星を指され、私は思わず呻き声を上げてしまった。
「隠すならもっと上手くやりなさい。朝っぱらからあんなにニャーニャー鳴かれたら、気付かないわけ無いでしょ?」
私が起床した直後、子猫はまるで何かを訴えかけるように、しきりに鳴いていた。
何があったのかと私は少々戸惑ったのだが、鞄のことを気にしている様子から、腹を空かせていることはなんとなく察することが出来た。
普段寝ている時間にも拘らず、こうして寝起きの体を引き摺るように階下へと下り、猫の朝ごはんを用意しにきたわけだったのだが、よくよく考えてみれば、朝からあれだけ鳴いていれば気付かれていないほうが不思議なくらいだろう。
「あの……さ……」
昨夜も打ち明ける機会は何度かあったものの、上手い説得方法を思い付けないまま夜は明け、結局出来ず終いに終わったのだが、既に知られているのであれば先延ばしにする理由も無いと腹を決め、私は早速説得にかかる。
「あんたが何言おうとしているかは察しがつくから先に言っておくけど、猫を飼わせてくれって言われても無駄だからね? 日中は誰も居ないし、動物を飼ったこともないのに、あんたが面倒なんか見れるわけないでしょ? 結局、夏那に全部任せちゃうってのがオチ。違う?」
(……しまった。イニシアチブを取られた……)
私が猫のことを切り出す前に図星を指されただけでなく、ごもっともな理由と防護線を張られ、私は次の言葉を見失った。
「まあでもー? こうしてあんたが早く起きてたこともあるし、目覚まし時計って思えば便利かもしれないわねー? 私が出す条件が守れるなら飼ってもいいってのはどう? それが無理そうなら諦めてさっさと戻してくること」
もはや、完全に
「……条件って?」
母は胸ポケットから取り出したペンをスラスラと走らせ、手近なメモに何かを書き記したかと思うと、それを私に差し出した。
「……?」
「それ読んでじっくり考えなさい。あ、やばっ!? もうこんな時間!? 私、先に出るから! あ、コレ宜しく! じゃあ、行ってきまーす」
コーヒーカップを押し付けるように手渡したかと思うと、母は忙しなくリビングを出て行った。
「いってらっしゃい……」
母の背を見送ると、私は冷蔵庫からミルクを取り出して部屋に戻った。
………
「ちょっと待ってろー」
自室に戻って、帰りがけに購入しておいたキャットフードの分量に戸惑いながらも小皿に入れ、ネットで調べたようにミルクを人肌まで温めてふやかし、子猫に差し出す。
すると、「待ってました!」と言わんばかりに、子猫はすさまじい勢いでそれを食べ始めた。
「急がなくても取らないから、ゆっくり食べなー……。さて、と……」
子猫が食べることに夢中になっているその間にと、私は母から渡されていたメモを開く。
そこには、猫を飼うために私が行うべきことが羅列されていた。
「まあ、予想はしてたけど……」
猫の世話に限ったことではなく、成績や素行に関わる難題が10個ほど、ここぞとばかりに並べられていた。
しかしながら、実現の難しそうなことは何一つとして記されてはおらず、私に選択の余地をしっかりと残しているようだった。
「これは……試されてる……な……」
ようするに、飼う事そのものを否定しているわけではなく、それだけの覚悟と責任があるのかどうかを私に試しているのだということを悟り、母はやはり一枚上手だなと感嘆しながら、私はメモをそっと閉じた。
◇◇◇
◆4月4日 午前7時40分◆
子猫を公園に戻すことを即決断した私は、大きなダンボールに子猫を入れて運び、なるべく人目を避け、極力目立たないように公園へと足を運んだ――はずだったのだが、私は今、学校の校舎裏の目立たない木陰に子猫を隠している。
「頼むから、今度はジッとしててくれよ?」
「にゃー」
なぜこんな事態になったかというと、事は30分ほど前に遡ることになる。
公園へと移動している間、子猫は特段変わった様子も無く、箱の中で大人しくしていたのだが、いざ箱を置いてその場を立ち去ろうとすると、子猫は慌てて箱から飛び出し、にゃあにゃあと鳴きながら私の後を着いてくる始末であった。
箱に戻しては着いて来るを繰り返しているうちに、泣きじゃくりながらも健気についてくる子供のように見えてしまい、私の中に“罪悪感”という感情が芽生え、最終的に私のほうが根負けした……というのが30分前の出来事である。
「絶対だぞ……? 今度ついてきたら、後が無いんだからな……?」
「にゃー?」
私が離れようとしても、今度は着いてくる素振りは見せず、それどころかあくびをして眠たそうにする余裕まで見せていた。
まるで、今度は私が見捨てないことを悟っているかのような態度のため、私はこの猫の手のひらの上で踊らされているのではないのだろうかと、この猫を疑いたくなった。
(いや……この場合は手のひらじゃなくて肉球の上か……)
巨大な肉球の上で踊っている自分を想像し、なんとも滑稽で愉快な
◇◇◇
◆4月4日 午前8時50分◆
朝のホームルーム後、午前中は身体測定を行うため、女子は更衣室へと移動し、早速運動着に着替えはじめていた。
そこで私は改めて、私という存在は斯くも非条理な存在で、人間とは斯くも非情な生き物なのであろうと悟る。
(これほどまで差がついていようとは……)
周囲を見回してみるも、胸部が
こんな私の体を、わざわざ数字という形で表現し、変えようの無い事実を当人に突きつけようというのだから、身体測定というものは、私にとって
(言われなくてもわかってるってのに……っ!)
「春希さん? どうかなさいましたの?」
非情な現実に打ちひしがれながらも、ダラダラと運動着に着替えていると、
彼女の顔から少し視線を下げると、そこには他者を寄せ付けない圧倒的威圧感を放つ、巨大な二つの固まりがあり、私は目を見開いた。
(――デンジャラスメロン)
私と彼女では生まれ育ってきた時間にさほど違いはないと言えるはずなのに、これほど差が出るというのは、何かの悪意や作為が働いているとしか思えなかった。
(一体、普段から何を食べていればこうなるんだろう――……じゃないっ!)
そんなことに思考が及んだ瞬間、私は自分自身に驚き、すかさず自分に強く言い聞かせる。
(駄目だ……!
「春希……さん?」
私の様子を不自然に思ったのか、彼女はすぐさま気に掛けてくるも、私は深く深呼吸して鼓動を落ち着かせ、それでもなお、然として無言を貫く。
そのまま着替えを終え、私はロッカーを強めに閉める。
その様子を眺めていた彼女は、ハッと気づいたようような素振りを見せたあと、すぐさま両手で口を覆った。
「あ~、ええ~っと……。これは独り言でーすの」
私が昨日提示した条件には“会話は必要最低限に”という条件があったため、彼女はそれに気付いて下手な誤魔化しを入れたのだろう。
(ま……関係ないんだけど……)
私はそのまま更衣室のドアノブに手を掛け、外へと出る。
(私の決心は揺らぐことはない……。だって私は、もう絶対に
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