第2話 魔法少女はコミュ障で。(5)

 ◆4月3日 午後3時45分◆


 昨夜のことになるが、私は弔った子猫の供養のために、ちゃんとした墓標を作ってやろうとふと思い立ち、完成した墓標と供え物を片手にこうして公園へと赴いていた。

 そこで私は、本日三度目の絶句をすることになった。


「なな……なんで……?」


 驚いた理由は他でもなく、私と黒幼女ゴスロリが弔ったはずの黒い子猫が、どういうわけだか私の目に居たことだ。

 その子猫は、埋葬したあたりを右往左往しながらうろついており、私はついに悪意どころか悪霊までもが見えるようになってしまったのだろうかと、自分の目を疑った。


(幽霊といえば透き通っているとか、足がないとかが一般原則だった気がするけど、どう見ても透き通ってないし、前にも後ろにも足はある……というか、四本足の生き物にその辺は適用されたりするのか……!? じゃなくて!! とりま、墓の周りに悪意らしき胞子も視えないし、悪霊の類でもなさそう……? 他人の空似そらにならぬ、他猫の空似……?)


 思考が纏まらぬままながらも意を決し、私は恐る恐ると子猫へと近付く。

 その時、子猫は私の気配を悟ってか、すぐさま振り返り、こちらをジッと見つめる。


「あっ……!?」


 だが、子猫は逃げるような素振りを見せず、それどころか近寄って足に擦り寄ってきた。

 その感触を確かに肌で感じ、幽霊の類でないことは確認した私は胸を撫で下ろす。


「……いやいや、冷静になれ……。動いているってだけで、死んでる可能性も……」


 私が次に思い当たったのは、ゾンビとかの蘇った系の可能性である。

 だが、その可能性は私の中ですぐに否定された。


「なわけない、か……。死んだ生き物が蘇るわけはないんだから……」


 死んだ生き物が生き返るなんてことは、あるはずはない。

 なぜなら、たとえ魔法であってもということを、私は経験上知っていた。


「にゃー」


 「にゃあにゃあ」と鳴きながら執拗なほどに擦り寄ってくる子猫の様子に、私は警戒されていない理由を俄かに悟る。

 なぜなら、その猫は私にではなく、鞄に擦り寄っていたからだ。


「なるほど……そういうこと……。これは、おまえのためではなかったんだけどな……」


 私は観念するように、お供え物として持参していた煮干を鞄から取り出すと、それを半分に砕いて子猫に差し出した。

 すると、よっぽどお腹が空いていたのか、子猫は飛びつくように食らいついた。

 瞬く間に煮干しを三本平らげ、四本目に差し掛かっている様子を眺めていると、私は猫の動きに違和感を抱く。


「……? 怪我しているのか? おまえ?」


 よくよく観察していると、子猫は左の後ろ足に怪我を負っているのか、庇っているような動きをしていた。

 それほど深い傷ではなさそうだったが、私は放っておくことも出来ず、カバンから薄緑色の液体が入った小瓶を取り出して煮干にかけ、それを子猫に差し出した。


「まずは栄養補給だな……。ほい。こっちもお食べ」


 子猫は少しだけ警戒するように匂いを嗅ぐも、然程気にした様子も無くそれを口にした。


「それにしても、よく食うなぁ、おまえ……」


 食い意地だけは立派なもので、家から持ってきた煮干袋の中身を食いつくさんとする勢いだった。


「それにしても……お前はなんでこんなところに居るんだ? 親猫とか兄弟猫とかは――」


 昨日死んだ黒い子猫の墓の前に、次の日偶然、瓜二つの黒い子猫が現れるものだろうかと考え至ったところで、私の中の点と点が線で繋がった。


「もしかして……」


 子猫の容姿が瓜二つであること……墓の前に現れたこと……子猫の怪我……そして、昨日残されていた残留思念……それらの情報からこの子猫は、昨日私が埋葬した猫の兄弟猫であると私は推察した。

 恐らく、埋葬した子猫はこの兄弟猫をかばって死に、その亡骸を私が抱きかかえて公園に埋めた一部始終を近くで見ていたため、この場に現れたのだろう。


 根拠はもう一つあり、私ほどの熟練度があると、残留思念がどのような種類の感情だったのかは、視ただけで判別できたりする。

 そして昨日、子猫が息絶えていた場に残っていた残留思念は、“怒り”や“苦しみ”、“恐怖”などといったものではなく、“不安”に類する強い思念だった。

 何度か同じような状況を見てきたが、生まれて間もない子猫が“不安”という感情を抱きながら死を迎えているという状況は初めてであり、あの時の私には残留思念が示す意味を理解することができなかった。

 だが、この兄弟猫の安否が気掛かりという想いや、この子を残して先立つという後悔が、強い“不安”という形で残されていたと考えれば一応の説明はつく。

 とはいえ、私の想像でしかないし、それが本当かどうかは今となっては知る由もないのだが、ひとつだけ断言できることがあった。


「お前は生かされた……。だから――」


 死してなお、不安に支配されていたあの猫が居たからこそ、私は立ち止まり、今こうしてこの子猫と出会っっている。

 それは紛れもない事実だった。


「――絶対に、生きなきゃだめだ」


 私は手作りの墓標を子猫の眠る大地に突き立て、残っていた煮干を墓前に並べ、両手を合わせる。

 そして、黒い子猫を抱き上げ、帰路についた。



◇◇◇



 ◆4月3日 午後4時◆


 猫を家に連れ帰り、浴室で全身を洗い、傷薬と包帯で足の手当てをしてやると、子猫は私から離れようとはせず、私の膝の上で寝てしまった。


「随分と懐かれたもんだ……」


 子猫はそのまま寝かせておき、とりあえず明日の準備をすることにした。


「運動着と……。あ、そうだ」


 私は学校鞄を開け、隅に忍ばせてある小瓶の数を数えた。


「聖水が2個か。とりあえず、聖水はストックがあるから補充すれば良いとして、今日使ったポーションは作っておこうか」


 RPGにありがちな単語を並べながら小瓶に水を入れ、それを部屋の中央に置く。

 そして、息を吸っては吐いてを繰り返し、呼吸を整えてゆく。


「花は命! 光は力! 集え、活力の光よ!」


 その声に呼応するように、周囲にはポツリポツリと光の粒子が発生してゆく。

 そして、発生したその光の粒子たちは、私の手のひらへと収束し、一際大きな光の球へと成長してゆく。


「――グロースライト!」


 声とともに両手から離れ、光球は小瓶に向かって放たる。


 ――シュン。


 小瓶はその光を一瞬にして吸い込み、眩く光り輝いていた小瓶は、少しずつ淡い光へと変化していった。


「……これでよしっと」


 出来上がったばかりのポーションに蓋をして、ストックしていた聖水と一緒にカバンにしまう。


 ………


 突然だが、私には使える魔法が三つある。


 “ネガミ・エール”という、負の感情を可視化する魔法。

 “シャイニー・ライト”という、光を生み出し、それを自在に操る魔法。

 “グロース・ライト”という、生命力を与える魔法。


 そして、魔法を使うときには、私なりに幾つかの制約を設けていた。


 一つ、大きな声で魔法を唱えなければならない。

 二つ、人に目立たないように使うこと。

 三つ、魔法は一日一回まで。


 一つ目に関しては意識の問題で、魔法を使う際にはその魔法を強くイメージする必要があるため、私はその魔法の名を必ず叫ぶことにしていた。

 制限があるわけでも、そうしないと魔法が出ないわけでもないので、ちゃんとしたイメージさえ出来れば無詠唱も可能ではあるのだが、私にはそれが難しいためそうしているというだけの話だった。

 

 二つ目に関しては世間体の問題で、以前までは外で“よく判らないモノ”に襲われた時は、その場で魔法を唱えて応戦していた。

 だが、暫くして私のその様子をたまたま見た人が“頭がおかしい”だの“中二病”だのと噂を立てはじめ、それがご近所に知れ渡ることになり、私は奇異の視線で見られるようになった。

 それ故に、私は目立たないように魔法を使うことを心掛けることになった。


 三つ目に関しては体力の問題で、魔法を使用すると体力消耗が激しく、一日に1、2回程度が今の私の限度だった。


 ようするに、魔法を使えたとしても使いどころが難しく、あまり良いことは無かった。

 悩んだ私は、この問題だらけの現状に終止符を打てないかと、魔法に関して実験を繰り返し、その打開策を編み出した。


 魔法は触媒を用いることで効力を持続させることが可能で、あらかじめ触媒に魔法を封じ込めることで、いつでも詠唱ナシで魔法を発動できるということが判明した。

 そして、幾度もの実験と試行錯誤の末に完成したのが、“シャイニー・ライト”という魔法を封じた聖水と“グロース・ライト”という魔法を封じたポーションだった。


 小瓶を触媒にすることで持ち運び可能で、水ということで幅広い用途に利用可能、詠唱する必要が無いので目立たず使用出来るし、体力が余っているときにストックもしておけるということで、聖水とポーションは大変重宝するアイテムとなった。


 ………


「はー……。なんかどっと疲れた」


 二つのポーションを精製し終えた私は大の字でベッドに倒れこみ、私よりも先に我が物顔でベッドで寝る子猫を横から眺める。


「今思うと、私にしては後先も考えずに、衝動的な行動にでたものだ……」


 両親は共働きなので日中はいつも家に居らず、父親に至っては海外を飛び回っているのでたまにしか帰ってこず、妹も部活動の朝練があるとかで朝は早く、放課後も練習があるとかで帰りも遅い。

 ようするに、日中にこの子猫の面倒を見れる人間は私の他に誰も居ない。

 母親が帰ってきてから相談はするつもりではいるが、飼うことに関しては同意を得られる可能性は薄かった。


「今の私には、こんな子猫すら守ってやる力はないのか……」


 自分の無力さを痛感しながら、私は重い瞼を閉じた。

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