第2話 魔法少女はコミュ障で。(2)

 私は以前、魔法少女だった。


 魔法少女になる前の私は引っ込み思案で、仲の良い友達なんて実を言うと一人も居なかった。

 そんな私は、友達を作るにはまず自分を変えることからはじめようとして、髪型を変えたり、服装を変えてみたりと、色々なことを試していたのだが、そんな努力も虚しく、私に友達が出来ることは無かった。


 そんな時のとある晴れた日の夜、流星群をたまたま見かけた私は、学校で聞いた噂どおりに流れ星に願い事をした。

 当時の状況も相俟ってか、事もあろうに私は「」などと願ってしまった。


 それが全ての始まりだった。


 心の中で三度の願いを終えて私が瞼を上げると、なぜだか流れ星の一つが軌道を変え、それは私に向かって一直線に落ちてきた。

 逃げる間もなく眩い光に包まれた私がなんとか目を開けると、目の前に謎の白い生物が浮かんでいた。


 この世の生物とは思えないそれは何故か人の言葉を喋り、自らを《流れ星の妖精・ノワ》と名乗った。


 そして何故か、自称・妖精に促されるままに《シャイニー・レム》という名の魔法少女に変身させられ、更には「世界を護ることが君の使命だ」などと言われて、半ば強制的に戦うことを強要させられた私は、明くる日にさっそく現れた悪の組織と邂逅し、私と同じく魔法少女になった子とともに一緒に戦わされ、かつてないほどの面倒事に巻き込まれることとなった。


 それから数ヵ月後、私たち魔法少女はなんやかんやで敵の陰謀を阻止し、

 それからは、まるでそれまでのことが嘘だったかのように何事もない平和な時間が訪れ、それは今もなお続いていた。


 そうして役目を終えた今の私はというと、以前のような魔法少女ではなくなっていた。


 自称・妖精にそう言われて役目が終わったわけでも、少女という歳にはそぐわないとかの理由や、魔法の類が全く使えなくなったとかでもなかった。

 シャイニー・パクト――所謂いわゆる、コンパクト型をしている魔法少女に変身するためのアイテムであったそれが、まるで灯っていた火が消えてしまったかのように、なんの反応もしなくなってしまった、というのが一番の理由だった。


 しかしながら、当の私はそんな事態に混乱し、取り乱したり悲観してひどく落ち込んだ――などといったことはなく、ただあるがままにその現状を受け入れていた。

 今にして思えば、当時の私はそれでも構わないと心から思っていたのだろう。



◇◇◇



 ◆4月3日 午前8時◆


 私は入学二日目から遅刻などしてたまるかと、自慢の体力を生かして、全力疾走で学校に向かった。

 道中で何人か同じ制服を見かけてはいたものの、特段急いでいる様子が無いことを不思議に思いつつ、腕時計と睨めっこしながら必死に走り、そして結果的に間に合った――というより、かなり早く到着していた。

 そこまできて、私はようやく自分が欺かれていた気付かされた。


「騙……された……」


 犯人もその動機も、私には判っていた。

 恐らく、寝起きの悪い私の特性を熟知している母が、故意に私の目覚まし時計と腕時計の時間を30分ほどずらしていたのだろう。

 ここまで巧妙なトラップを仕掛けるのは、我が家の中では母以外に考えられなかった。

 私は肩を落としながらも呼吸を整え、何事も無かったかのように校門をくぐった。


 ………


 教室の中をこっそりと伺うと、当然ながら生徒の影はまばらだった。


「あ……」


 しかしながら、一番の懸念である穢れ無き天使イノセントエンジェルは既に登校しており、準備万端といった様子で席に座っていた。

 私は十分に警戒しながら教室に入り、彼女の視界に入り込まないよう注意しながら、背後からゆっくりと着席する。

 そのとき、彼女が一瞬だけこちらの様子を伺うように視線を向けたように見えたが、こちらに寄ってくるような素振りはしてこなかったため、私は安堵の溜息を吐く。


「ふぅ……」


 必ず向こうから接触をしてくるだろうと踏んではいたものの、それは私の取り越し苦労だったらしく、彼女は朝の挨拶どころか、昨日のことについてすら問いただそうとはしてこなかった。

 「私のことは諦めたのだろうか。まあ、あれだけの拒絶反応を見せたのだ。当然といえば当然の反応だろう。とはいえ、これで気負うこと無く高校生活を送ることが出来そうだ」などと考えながら、カバンの中から教科書を取り出し、せっせと机の中に入れていると、空っぽであるはずの机の中に異物があることに私は気付く。


「……?」


 何も考えずにそれを引き出したその瞬間、私は文字通り凍り付いたように固まった。

 私の指先にはハートマークでデコレーションされたピンク色の便せんらしきモノがつままれていた。

 「この学校の歴史の中でラブレターを貰った最速記録保持者になるのではないだろうか? 私ってすごくね?」などと、ポジティブシンキングになる思考回路は生憎持ち合わせておらず、私は耳を塞ぐように頭を抱える。


(いやいやいや!? そんなワケはない!! これは、何かの間違――)


 そう思って差出人を確認しようと裏返すと、『花咲春希さんへ』とご丁寧に私の名がしっかりと記されており、さらには意気揚々と名前の後ろにハートマークが添えられ、私は絶句する。


(――マジか)


 数秒考えた後、私は隣に座っている穢れ無き天使イノセントエンジェルを手招きする。


「……?」


 不思議そうに首を傾げる穢れ無き天使イノセントエンジェルの袖の裾を摘み、私は彼女を教室の外へと連れ出した。

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