第2話 魔法少女はコミュ障で。(3)
◆4月3日 午前7時50分◆
慣れているはずもない校舎を適当に歩き回り、人目のなさそうな近場の場所を探した結果、屋上前の踊り場へと私は行き着いた。
それまでの間、
なぜなら、ここに至るまでの彼女の表情は、彼女がこの状況を楽しんでいるであろうことを十二分に物語っていたからだ。
「……」
腕時計を一目見てホームルームまでの残り時間を確認し、連れ回していた人物へと私は向き直る。
理由も告げずに一方的に連れ回したというにも関わらず、
いざ一対一で向き合うという状況に置かれてみると、反響する秒針の音とともに私の体は緊張で少しずつ強張ってゆく。
しかしながら、私から彼女を連れ出した以上、こちらが切り出さないわけにもいかず、私は手っ取り早く決着をつけるためにそれをポケットから取り出し、直接証拠品を突きつけることにした。
「これは……ナニ……?」
「恋文ですの!!」
入学二日目にして、あの席を私の席だと認識している人物となれば送り主は限られてくるし、男子からのものであれば、こんなピンク色の便せんにハートがデコられているわけはない。
そして、昨日の彼女の行動と、今日の不自然な視線の動きから、彼女が差出人であることは私の中ではほぼ確定的だと言えた。
しかしながら、確証と呼べるものは無く、こうして問い詰めようとしているに至ったわけだが、こうも簡単に自白が取れるものとは思っていなかったため、私は少しばかり拍子抜けを通り越し、動揺してしまった。
「私、初めて春希さんを見かけた時から一目惚れしてしまいましたの! こんなに小さくて可愛いらしいお方が私と同じクラスの、しかも隣の席だなんて……。私は運命を感じましたの!」
そう言って眼前まで迫った彼女の瞳には、驚き、困惑した自分の顔が逆さに写っていた。
同性の、しかも同級生に入学二日目にしていきなり告白されることなどあるのだろうかと疑いたくなる気持ちはあったが、彼女の言動に嘘が無いことは私が
「春希さんが帰られてしまったあと、私はずっと考えていましたの……。何か機嫌を損ねるような粗相をしてしまい、春希さんを怒らせてしまったのか、私に至らない点があったのか……と。そんなことを考えているうちに、どうしても春希さんとお近づきになりたい気持ちが抑えられなくなってしまい、どうしたらこの想いを伝えられるのかを考えましたの。それで、この溢れる想いを文章にすれば、きっと私の気持ちが伝わるはず……! ……と思いましたので、筆をとらせていただきましたの!」
その主張は突っ込みどころ満載ではあったものの、とりあえずこの手紙の内容が可愛らしい見た目に反してとんでもなくヘビーな代物だということは、読まずとも私には伝わっていた。
そういうわけで、「私はきっとこの手紙を読むことはなく、読む気も起きないし、今後起きることもないだろう」などと考えながらポケットにそっと戻した。
「少し……時間を……くれない……。その……明日までに決める……から」
無論、ここで言う結論とは友達になるかどうかの話であって、恋人どうこうの話では決してない。
「分かりましたの! 良いお返事を御待ちしておりますの♪」
彼女はそう言うと、意気揚々といった軽い足取りで、一人教室に戻っていった。
「はぁ……」
私の意志とは無関係に、私の口からは安堵のため息が漏れ出た。
(ここで断るのもなんか悪い気するし……。でも、ヤンデレだったらどうしよう……)
言葉では時間が欲しいと言ったものの、私の中で既に結論は出ていた。
しかしながら、隣の席である以上、否が応にも数ヶ月は同じ時間を過ごす事にはなるし、話を有耶無耶にするには少しばかり長すぎる。
そして何よりも、彼女がそんなことで諦めてくれるとは到底思えなかった。
だからといって、返答を誤れば事態が悪化することも考えられるし、返答を保留し続けることもまた同様の事態を招く可能性もあった。
「う~ん……。あれって、
◇◇◇
◆4月3日 午前8時40分◆
担任が教室に現れ、出席確認が終わると、ホームルームが始まった。
すると、担任は先頭の席に座る人間にプリントを配り始め、オートメーション化されたシステムによって、そのプリントが前の席から私の元へ回ってきた。
「今日の午前中は部活紹介だ」
そのプリントのド頭には、“入部届”という文字がデカデカと記されていた。
(……入部届……部活)
部活というワードを聞き、
「このホームルームが終わったら体育館に移動するから、無駄口叩かずにさっさと移動すること」
帰宅部という最善の選択をする私にとって、部活なんて無関係な話だろう……などと高を括っていると、私にとって耳を疑いたくなるような信じ難い事実が担任の口から述べられた。
「あーそれと、一応先に言っておくが、帰宅部なんてものは無いからなー。特別な事情がない限り、うちの生徒は部活か同好会に所属することが校則で決まっている。さっさと帰りたいという奴は、特別な事情を作るか、堂々と幽霊部員でもやって評価を下げるかするといい」
一日が始まってまだ間もないというのに、私は本日で二度目の絶句をすることになった。
(ば……馬鹿な……!?)
全身全霊で帰宅部に勤しむことを決めていた私にとって、それはあまりにも衝撃的であり残酷なものだった。
「締め切りは今月中。体験入部もやってるから、色々回ってみて自分にあった部活を各々で探してみると良いぞ」
「私のようなコミュ障になんという
まして体験入部など、低身長のことを鼻で笑われて運動部に門前払いされたり、コミュ障を拗らせた私が文化部の部室前で立ち往生しているなんて様を想像するほうがよっぽど容易かった。
それならば、いっそ過去のことを引っ張り出して、
「ちなみに私は女バスの顧問だ。うちに来たとしても、自分のクラスの生徒だからって容赦なく
(言われなくとも、そんな
本来、私の身長からすると選択肢にすら入らない縁遠い世界ではあるものの、最近のアニメやマンガだと、身長が低くてもバレーボールが出来たり、影の薄さを利用してバスケットボールで才能を発揮したり、欠点を逆手にとって武器にしてしまう作品は多くみられた。
(こんな私にも、ワンチャンあるのか……?)
偶然かな、私はこう見えて運動が出来るほうであり、もしかしなくてもそういった可能性はあるのではなかろうか?――などと考えているうちに、ホームルームの終了を告げるチャイムが校内中に鳴り渡った。
「んじゃ、体育館に移動! さっさとしろよ」
◇◇◇
◆4月3日 午後1時◆
「はぁ~……。疲れた……」
午前中、その時間を丸々使った部活紹介を観終え、教室に戻り、そのまま流れるように昼休み時間へと突入した。
自由な休み時間というものの過ごし方がどういったものなのかがイマイチ判らず、とりあえず学食に立ち寄ってはみたものの、リア充な雰囲気に気圧されて出戻り、購買でパンを購入するのも学園生活の定番だと思って購買にも出向いたが、既に売れ残りのコッペパンしか残されておらず、もはや荒野と化していた。
(私としたことが、“購買のパンはすぐに売り切れる”なんて定番を失念するなんて……)
売れ残りのコッペパンを片手に、私は人気のなさそうな中庭のベンチに陣取り、灰色で薄暗いぼんやりと曇った空を見上げる。
(明日からどうしよう……。学食は雰囲気がムリ。購買のパンも競争率高そうで買えそうも無い。けど家族にはこれ以上迷惑かけたくない……。自分で作る……? いやいや、愚策にもほどがあるだろ……)
そうなってくると、コミュ障の頼もしい味方でもある、あの場所を利用するしか思い浮かばなかった。
「しばらくはコンビニで買ってくるか……」
私はコッペパンを
(――じゃなくて!)
私の今後の食生活事情は置いておくとして、部活決めのほうが目下の課題だった。
部活紹介はそれぞれの部が数分程度の持ち時間を与えられて、次々にパフォーマンスやらで紹介していく方式だったが、正直そのどれもが私にとっては興味が無く、どの部活も私の肌には合いそうもなかった。
「う~ん……んん……?」
最後に残ったコッペパンの欠片を名残惜しげに口に放り込んだ直後、なにやら食欲をそそる良い香りが鼻腔をくすぐり、私はハッと顔を上げる。
「――こちらもいかがですか?」
おせち料理を思わせる色とりどりの料理が敷き詰められている弁当を、私の目前に差し出してきたのは、
「な……なに……?」
「私一人では食べられませんので、良かったらどうぞ?」
それは、自己紹介のときに見せた満面の笑みだった。
そしてやはりというべきか、彼女の純粋な厚意を証明するように、そこには悪意は
「いや……。遠慮――」
――ぐー……。
私の腹の虫は、私よりも何倍も正直者だった。
………
「今日はピクニック日和ですの。こうして、青空の下で春希さんと一緒にお食事が出来て、私は嬉しいですの♪」
与えられた食事をたらふく腹に収めた私は、注がれたお茶をちびちびと飲んでいた。
「そういえば、春希さんは部活は決めましたの?」
私はすかさず、首を横に振る。
「興味のある部活動はありませんでしたの?」
今度は首を小さく縦に振る。
「そうですの……。でも、私は春希さんの入る部活に入ると決めていますの!」
唐突な発言に、私は思わず口に含んだお茶をプロレスラーの毒霧のように撒き散らすところだった。
(なんだそれ……悪質なストーカーか……? でもまあ、知った顔が居たほうが部活には居やすくなるもんだけど……――って!? いかんいかん!! なに考えてるんだ!? 相手は
彼女のペースに乗せられ、危うく一緒の部活に入るイメージをしてしまったものの、私と彼女は隣の席同士ではあるが、未だ赤の他人であることに変わりはない。
「あ!? そうですの! 同好会を調べるのはいかがでしょうか? 今回は部活紹介でしたが、同好会は紹介されていなかったので、きっと春希さんに合う同好会があるのではないでしょうか?」
(同好会……。なるほど……一理ある……)
同好会であれば必然的に人数も少なく、活動自体も少なそうであり、部活か同好会に所属するという条件もクリアしている。
懸念する点があるとするならば、同好会だけに相当に濃い人種が揃っていそう……ということだろうが、いずれにしても私一人で同好会を回ることになることが大きな課題として残ることに変わりは無かった。
「もしかして、お一人で回るのが難しいのですか……? それであれば、私と一緒に同好会を回ってみませんか?」
「それは、イヤ」
大きな課題を超えるほどの悩みの種に提案され、私の口はもはや条件反射的に答えを出した。
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