2.日常

第2話 魔法少女はコミュ障で。(1)

『この程度か。口ほどにもなかったな……』


 低く、くぐもったような声で、うごめく闇が堂々たる様子で呟く。


『これで邪魔者は始末した……。これよりこの世界は、我がモノとなるのだ。はーっはっはっは!!』


 闇は実体を持たない炎のように揺らぎ、その姿はなぜか目でしっかりと捉えることは出来ない。


「わたし……負けない……!」


 どこまでも続いているような無に包まれた空間に、一際大きな声が響き渡った。

 その声は甲高く、まだ幼さの残る少女の声だった。


「わたしたちは……絶対に負けられないの……」


 ビビットなピンク色の髪を腰ほどまで垂れ下げ、ピンクや白を基調としたデザインにフリルがあしらい、ところどころ花のような装飾が施されているいわゆるロリータファッション――それほど凝ったデザインの服装もズタズタに切り裂かれ、無数の焦げ痕を残し、土埃でボロボロという無残な姿に成り果てていた。

 それでもなお、その服に身を包んだ幼さの残る小柄な少女は、片膝をつきながらも起き上がり、息も絶え絶えに擦れた声を絞り出す。


「わたしの大好きなこの町も……」


 その可愛らしい容姿におよそ似つかわしくない、怒りや悲しみ、憂いや苦しみといった複数の感情が入り乱れたような表情にも見て取れる、とても険しい表情をしていた。


「わたしの大切な、みんなも……」


 少女の傍らには似通った衣装に身を包んだ二人の少女が地に伏しており、その少女等も負けず劣らず、ボロボロの状態で意識を失っていた。


「あなたの好き勝手にはさせない……!!」


 少女は辛うじてといった様子ながらも立ち上がり、赤いガラス玉や星型の金属で煌びやかに装飾が施された、身の丈ほどもある杖を両の手でしっかりと握りしめ、巨大な闇と対峙するかのようにそれを向けて構える。


『しぶとい奴め……! お前一人で何が出来るというのだ!!』


 闇が言い放つと同時に、木々など軽く薙ぎ倒すだろうほどの強烈な衝撃波が放たれた。


「――できる!」


 だが、その程度の衝撃にも少女はまったく怯む様子はなく、まるで声が障壁になったかのように、衝撃波をはじき返した。


「だって、わたしは今、みんなの想いを背負ってここに立っているんだから……!」


 一点の曇りもない少女の瞳には、ただ闇が捉えられている。


「わたしはただ、みんなの笑顔を守りたい……ただそれだけ!!」


 威勢なのか、これまでに培ってきた自信なのかは定かではないが、少女の言葉にはまごうことなき“力”が宿っていた。


「たとえ、それが無茶だとしても、あきらめるわけにはいかない! わたしは、わたしのすべてをかけてでも、絶対にあなたを止めてみせる……!」


 まるで、この絶望的な状況の中でも絶対の勝利を確信している……そう語るような、純粋無垢ながらも強い意志を宿した瞳――そんな瞳に睨まれてもなお、闇は少しも動じる様子は無い。


『ふははは……! 悪あがきを……! だが、面白い……! そこまで言うのならやってみるが良い……!!』


 さあ来いと言わんばかりに両手を前に突き出し、闇は全ての攻撃を自らその身で受けんと構えるように空間一帯に広がる。

 そして少女は額から汗を流し、ゴクリと喉を鳴らし、そして大きく目を見開く。


「みんなお願い……!! 私に……力を貸して……っ!!」


 空は黒く塗りつぶされ、青の色がひと欠片も垣間見ることのできない上空に向かって、少女は雄叫びを上げるかのように高らかに叫ぶ。

 懇願するような、はたまた遠くの誰かに届かせるような、どこか切実さを秘めた声ではあったものの、まるで絶望と希望の間に揺れ動くかのように震えていた。


「ミラクル……マギウス……――」


 その言葉を引き金に、少女の体が淡い光を放ち始め、それは段々と強さを増してゆき、やがて朝焼けの太陽のような眩しさを帯びはじめる。


「レム・ライトーー!!!!」


 高々と発せられた声と同時に、少女の体は目が眩むほどの眩い光を放った。


『ふははは……っ! 愚かな……!! 混沌の闇に包まれたこの空間に、お前のような弱き光の力など無意味なのだ!!』


 少女の放った光が闇を照らすには程遠く、その闇の中では蝋燭の火のようにちっぽけな灯火程度にしかならなかった。


『……諦めろ。我を止めることは出来ない……!! 絶対に……だ!!』

「諦める……もんか……」


 絶対的な差を見せつけられてもなお、少女の心が折れることは無く、まるでその確固たる意志を示すかのように、少女の体からは尚も眩い光が溢れ出ていた。


「希望の花よ……祝福の雨よ……豊穣の大地よ……!!」


 少女の言葉に呼応するかのように、倒れ伏した二人の胸元から二つの光が現れる。

 そして、それらの光は少女の放つ光へと溶け込むように交わった。

 すると、少女の放つ輝きは虹色のような輝きを纏うように変化し、その輝きをより一層強いものへと変えた。


『馬鹿な……!? 闇が光に変わっていく……だと!?』


 空気中に漂っていた闇の粒子は、光の粒子へと変化し、それらは少女の持つ杖の先端へと導かれるように収束してゆく。


 ――パリ。

 ――パリパリ。


 それから程なくして、闇の空間にはひび割れるように亀裂が生じ、その隙間から僅かな外光が差し込んだ。


『ここは我が闇が支配する世界なのだ……! この空間に光など届くわけが――』


 闇がそう叫ぶとほぼ同時――空間全体を覆っていた闇の壁は一斉に砕け散り、壮大な破裂音とともに割れ落ちる。


「――私の想いに応えて!!」


 少女が叫んだその刹那、溢れ出た光を杖が吸収、収束し、闇をも超える巨大な光球を創り出した。


『そ、そんな……!? これが人間の……希望の光だというのか……!?』


「みんなの希望の光おもいが、悪しき心を浄化する――」


 まるで祈るかのように両手で杖を握り、少女はそれを天高く掲げる。


「マキシム・マギウス……――レム・シャイーーーーーン!!!!!」


 喉が裂けんばかりの叫び声とともに、巨大な光球は闇に向けて放たれた。

 漂う闇を光に変え、それは肥大化を続けながら一直線に対象に向けて突き進む。


 ――バヂィ!!


 闇が巨大な光球を受け止めると同時に静止し、雷が弾けるような閃光が走った。

 しかし、止まったはずの光球は少しずつながらも進み、まるで闇を飲み込むように吸収してゆく。


『こんな……こんなことが……っ!? こんなことがあってたまるかああああ!!!!!』

「いっけぇーーーー!!!!!!!!!」


 少女の叫び声が、光の中にこだました。


『グワァァーーー!!!!!!』



 ◇◇◇



 ◆4月3日 午前7時15分◆


 目を覚ますと、私は自室のベッドから転げ落ち、床で仰向けになっていた。

 それも、天高く、両手を掲げた状態で。


「……」


 のそのそと這いながら、ベッドに置いてある目覚まし時計を確認すると、その針は7時45分を指し示していた。


「……寝過ごした」


 ………


 洗面所で顔を洗い、歯を磨き、髪を整え、食卓に用意されているラップ済みの食事を口に運び、朝食を手早く済ませる。

 自室に戻り、寝巻きを脱ぎ捨て、一夜で急速乾燥させられたであろう少し湿っぽい制服に袖を通し、予備に用意していた靴を履き、玄関の扉を開ける。

 そして締めくくるように、誰も居ない家に向けて決まり文句を告げる。


「――行ってきます」


 ………


 悪の親玉と魔法少女が対峙しているという最終局面っぽい雰囲気の中、魔法少女はボロボロになりながらも、最後の最後にすべての力を解き放って悪を打ち倒し、世界に平和を取り戻す――私はそんな夢をたまに見る。

 この歳になって、まだそんな幼稚な夢を観ているのかと笑われても致し方ないのだが、それは本当に仕方のないことだと言えた。

 無論、それは夢だからという意味ではない。

 例えるなら、昔住んでいた場所や子供の頃遊んだ場所、以前飼っていたペットや仲の良かった友達と遊んだ記憶などなど、誰しも過去の出来事や情景が夢に現れることはある筈だろうし、脳というものは寝ている間に過去の出来事を想起してしまうように出来ている。

 私が見ているのも、と同じだった。


 昔観たアニメや特撮のワンシーンでも、私の想像力が創り上げた妄想の産物とかでもない。

 その夢は紛れもなく、であった。


 ようするに、私は正真正銘の“魔法少女”だった。

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