第1話 魔法少女は高校生で。(2)

 ◆4月2日 午前11時45分◆


「んじゃ。今日のところはこれで終了だ」


 初日のイベントが一通り終わり、その一言で教室全体に安堵の空気が流れはじめる。

 プリントや生徒手帳、さらには学校支給の携帯端末が配られたことは記憶の片隅にはあったものの、あの出来事からのことは正直あまり覚えていなかった。


「明日の午前中は部活紹介。午後は通常の授業が始まるからな。いきなり遅刻するなよ? じゃ、解散」


 担任の五条茜は明日の予定だけ告げると、さっさと教室を後にして扉を閉めた。

 扉が閉まりきったその音が宴の開始の合図とばかりに、教室内に謎の解放感が一気に満ち満ちた。

 私もまたそれを合図とばかりに席を立ち、早々に帰宅の途につこうとする。

 だが、それとほぼ同時のタイミングにそれは起こった。


「春希さん!!」

「ひゃぃ!?」


 隣に座る《仮称・穢れ無き天使イノセントエンジェル》がここぞとばかりに私に話しかけ、私は予想だにしない事態に驚きを隠せず、自分でも聞いたことのない奇声を上げてしまった。


わたくし木之崎きのさき芽衣めいと申しますの」


 自己紹介を聞いていたはずなので初耳ではなかったはずだが、彼女の顔と名前を関連付けて認識したのは、その時が最初だった。


「あっ……!? い、いきなり名前で呼ぶのは失礼でしたの……。ごめんなさいですの……」


 私は無意識に首を横に振っていた。


「そうですの? 良かったですの……。こちらの高校には同じ出身の方が居らっしゃらなくて……」


 言葉の端々に育ちの良さが垣間見え、私とは関わりのなかった――いや、本来関わりのないハズの人種だということを俄かに悟っていた。

 しかしながら、それならばどうして私に真っ先に声を掛けたのかと考えてみるも、私には思い当たる節も無かった。

 そんな私を余所に、彼女は考える暇を与えることなく一方的に話を続けた。


「皆さん、仲の良いお友達が居られるのか、私に話かけて来られる方もいらっしゃらなくて……。それに、話しかけようとしても何故か避けられているような……?」


 プラチナブロンドと呼ぶべき白に近い光沢のある髪は、肩より少し下まで伸びているため特段目立つが、その髪に負けじと肌も白く、透き通るような肌がひときわ眩しかった。

 私の視点からでは正確な判断ができそうもないが、かなりの高身長に見えるし、モデルのようにスタイルも良いのだが、とりわけ彼女の存在を近付き難いものへと昇華させているのは、その胸部に備わった二つの脂肪の塊だろう。

 男子生徒はおろか、女生徒ですら釘付けにするほどのソレは、もはや無差別破壊兵器といっても過言ではないほど巨大で破壊力があり、天使のような穢れ無きオーラと、人を寄せ付けさせないほどの気品と魅力を惜しげもなく垂れ流しにしながら格の違いというやつをその身で体現しているのだから、誰も近寄ろうとしないのも仕方のない話だと私は心底納得した。


「あの……。それで、宜しければなのですが…」


 彼女は唐突にそう切り出すと、顔を赤らめながら恥ずかしそうにモジモジし始めた。


「……?」


 その様子は、好きな男子に直接告白ができないから、勇気を振り絞って校舎裏に呼び出して、ラブレターだけでも直接渡そうとして恥らっている、甘酸っぱい青春真っ盛りの女子のようだった。


(なんだ、この可愛さの固まりみたいな生物は……)


 男ならたとえ騙されていたとしても、告白されれば「イエス!」と即答してしまいそうなものだろうが、私は女であり、そっちのもない。

 それにも関わらず、私の心臓は激しく高鳴っていた。


「私とお友達になってくださらない……でしょうか?」


 先ほどから微かに感じている違和感や、私に向ける視線と独特な雰囲気が、私の良く知る友人の仕草に似ていることに気付き、私はようやく納得する答えに辿り着いた。

 恐らく、彼女と面と向かうことに抵抗がなかったのはそれ故なのだろうが、その事実は


「……嫌。無理」

「へっ……?」


 私は自らの本能に従い、彼女を拒絶することにした。

 その旨を端的に伝えると、彼女は目をまん丸にして私をジッと見つめ返した。


「え、ええっーー……!? だ、ダメなんですの……!? わ、私はただ、その……!?」


 私のあらゆる感覚器官は、彼女を危険な人物であると判断し警鐘を鳴らしていた。

 そもそもの話、私という何の取り得も無い喪女もじょに、躊躇ためらいなく話をしている時点で不自然極まりなかった。

 この天使のような顔に裏の顔など無いと信じたい気持ちもあるが、表裏一体という言葉があるように裏があると考えるのが自然であり、そこに経験則も併せるとその可能性は否定され、一つの仮説へと辿り着く。


「で、でしたら……!! い、一度で良いので――」


 私の経験則から言うと、彼女のように豊満な胸を持った身長の高い女性には、一貫してを持っていることが多い。

 人間という生物は、自身の持たざるものを過剰にほっする傾向にあり、私という存在は、とも言い換えることができる。

 つまり、彼女の目的はたった一つ。


「だ……抱かせてくれませんか?」


 彼女がその言葉を言い終える前に、私は猫のように教室を飛び出した。


「ああ!? 待っ――」

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