第1話 魔法少女は高校生で。(3)
◆4月2日 午前12時◆
学校を一目散に逃げ出した私は、そのまま周囲の目から隠れるように下校の途に着いていた。
流石に追ってくることはないだろうと考えはしたものの、相手は初対面の人間であり、どう出てくるかも予測不能だったため、周囲への警戒を一切怠ることはせず、コソコソと物陰に隠れながらの移動を余儀なくされている……というのが今の状況だった。
「居ない……な……」
私の容姿が一般的には珍しい部類のものであり、好奇の視線に晒されることも多いことは自覚していた。
世の中には、身長が低いことで不便なこともそこそこに多いが、人間の習性というべきか、背の低い人間に対しての人間から扱いは許容できるものではなかった。
男女はおろか、年上だろうが年下だろうがそんなものは関係なく、条件反射のように頭を撫でられ、なぜか苦しいほど抱き付かれたり、頼んでもいないのに餌付けされる――つまり、
これではまるでペットや小動物のような扱いであり、そこに対等な立場の人間であるという認識は存在していないとさえ思わずにはいられない。
無論、当人たちに悪意がないことはわかってはいるものの、私のようにコミュ障を
「はぁ……」
教室での出来事を振り返り、警戒レベルMAXである危険人物に出会ってしまった悲劇を、私は心底から嘆いた。
(あれは、スキンシップを迫ってきてはしつこく付き纏ってきて、突き放しても諦めることはないどころか喜ぶし、あらゆる手練手管を尽くしてくる、私の天敵タイプ確定だな……)
私の直感は鬼気とした危険を感じ取っていたが、不運にもクラスメイトで隣の席である以上、それを避けて通ることはもはや不可能だと言えた。
端的に言い換えるのであれば――詰んでいる。
「どうしよう……」
文字通りに頭を抱えながら道を歩くいていると、ふと我に返り、周囲への警戒が疎かになっていたことに気が付いて、慌てて周囲を警戒する。
すると、視界の片隅に何か黒い塊のようなものがあることを認識し、私は立ち止まった。
「……?」
招かれるように大通りに面した商店街の路地を少し入ったところまで移動し、私はしゃがみ込む。
「こんなところに……」
それは、全身を黒い毛皮で覆われた、まだ小さな猫だった。
しかしながら、それはもう呼吸をすることはなく、既に息絶えていた。
周囲の状況や傷を見た限りでは、車か何かにはねられたような様子だった。
「……? なんで……?」
猫の周囲に黒い胞子のようなものがゆらゆらと漂っていることを不思議に思いつつ、私は一度手を合わせ、鞄から水の入った小瓶を取り出し、胞子が漂っているあたりに中身を振りまく。
すると、黒い胞子は蒸発するかのように霧散し、すぐに掻き消えた。
「成仏しろよー……」
小声でそう呟いて、猫だったモノを優しく抱きかかえる。
「――アンタ、何やってんの?」
唐突に背後から声を掛けられ、私の心臓は大きく跳ねた。
その声が聞き慣れた声であることにすぐに気が付いたものの、それ故というべきか、私は振り向くことを躊躇い、そのまま背を向け続けた。
「……アンタ、まだそんなことしてるの? そんなの放っておけばいいのに」
その言葉どおり、私が何もしなくても誰かが保健所に連絡し、猫だったモノは回収され、やがてゴミと同じように廃棄されることだろう。
最悪、誰もが気付かずとも、カラスたちの血となり肉となり、亡骸は塵となって大地へと還る――不思議と世界はそういう風に上手く出来ている。
「……今の私に出来るのは、こんなことくらいだし」
しかしながら、私は見過ごすことは出来ず、この子猫を見て見ぬふりをすることなんて出来なかった。
無論、そうしたくないことにも理由はあった。
私が聖水で浄化した残留思念は、この猫に強い意志があったからこそ残っていたものであり、確かに生き、自分の意志を持っていたことの証明でもあった。
だからこそ、この子猫が廃棄物として捨てられることも、カラスどもに
「だからって、アンタがそういうことをやってるから、前みたいに変な噂が……!」
「私は、この猫が可哀想だと思っただけだから」
動かなくなった猫を強く抱き抱え、私はゆっくりと立ち上がる。
そして、私は大通りに戻ることはなく、あえて彼女とは反対側の方向に向けて足を進めた。
「使命とか、そういうのじゃないから」
「……アンタのそういうとこ、あの頃から全っ然変わってない! そういう考えになること自体がおかしいって言ってんの!!」
怒声が聞こえなくなるのとほぼ同時に、何かを蹴るような荒々しい衝突音が小道に反響していった。
そして、背後から聞こえる靴音が遠ざかっていくのを待ち、私は振り返る。
「……」
そこには誰も居なかったものの、路地裏が静寂を取り戻したタイミングを見計らったかのように、ポツリ、ポツリと雨が降りはじめた。
「……雨」
既に幾つかの斑点のあった地面に、黒い斑点が増えてゆく様をしばらく眺め、私は足早に路地を駆け抜ける。
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