COA

 そしてアルドとマナは、アジト内を駆ける。

 だが建物内部の構造が判らない上に、あちこちからガードマシンが湧いて来るせいで、セヴェン捜索は遅々として進まない。逸る気持ちからアルドの剣筋も荒くなってしまって――


「わわっ、どんどん出て来るよ!」


「くっ……キリがない!」


「アルド!!」


 二人を取り囲むマシンを、だが突如吹き飛ばした烈風。

 見れば通路の向こうから、長い菫色の髪を揺らして走って来る、見知った顔――


「セヴェン!」


「ああ、何か騒がしいと思ったら、あんた等だったのか。でもこの騒ぎのどさくさに紛れて、何とか抜け出して来たんだ」


「連絡が取れないから、心配してたんだ。でも無事みたいで、よかったよ」


「まあな。捕まったのは不覚だったが……くそ、俺としたことが」


 自身の能力の高さを自覚し嘯くだけに、誘拐されて心底悔しそうだ。

 だが今は、吹き飛ばし切れなかったガードマシンの突破が先。

 セヴェンも加わった三人で、改めて戦闘を続ける――

 そこに。


「レトロ」


 聞き覚えのある声に続いて、白い球体が突っ込んで来た。

 その物体が、これもこれで見覚えのあるポッドであるとアルドが認識した次の一瞬には、白い球体は内側から光を迸らせ、周囲のガードマシンを巻き込んで自爆する。

 ……相変わらず、心臓に悪い。


『わぁ、本当だ、アルドだ。クロックが言った通りだった』


『当然でしょう、このポンコツ。

 そも、IDEAの関与が確認出来た時点で、彼との遭遇率は5%上昇します』


『大した差じゃなくない?』


 そしてアルドが自爆にちょっと吃驚している間に、たった今四散したものと同じ白い機体と、それより少し小振りな黒い機体とが現れた。

 早速ぺちゃくちゃと賑やかな二体を、テノールとバリトンの中間辺りの声が溜息混じりに嗜める。


「レトロ、まだ任務中だぞ。はしゃぎ過ぎだ」


『はぁ~い』


「さて……」


 そして改めて姿を表した声の主――先程建物入口で遭遇したのと同じ警備員の制服を見て、アルド達は反射的に身構えてしまう。

 彼等の警戒にその警備員は軽く肩を竦め、顔を隠す黒いバイザーメットを外した。

 声とこのポッド達の存在で察してはいたが、案の定。メットの下から現れたのは、甘さとクールさとを程よく併せ持つ、女性受けしそうな端正な面差し。

 額の前に零れた金髪をさらりと掻き揚げる見知った顔に、アルドはようやく剣を下ろした。どこからか戻って来たヴァルヲもほっとした様子で一声鳴いて、相手の足元へと駆け寄って行く。


「セティーじゃないか!

 COAもこの事件を捜査していたのか?」


「ああ」


 アルドに問われ、エルジオンの執政官直属であるエリート捜査官は、しかし苦い表情で応じた。

 ――と言うのも。


『わわわー猫パンチやめてー』


『うるさいですよ、ポンコツ』


 ヴァルヲの肉球で弄ばれる白いポッドことレトロが逃げ回り、黒いポッドのクロックが溜息も聞こえそうな呆れた様子で窘める……せいだけでは、ないようだ。


「……お前達が近付いたら、ヴァルヲだってじゃれつくに決まってるだろう……丸いんだから。

 本当ならば、もっと静かに鎮圧するはずだったんだが……アルド、表で騒ぎを起こしたのは、君達かい?」


「あ、ああ……。

 あっ、もしかして、セティー達の捜査の邪魔になったのか!?」


「……IDEAには、こちらが指示する条件に従うなら、捜査への参加を許可すると言ったんだが……君達のその様子だと、何も聞いていないようだな」


「ご、ごめん」


「まあ、連絡に行き違いがあったのだろうし、結果的に連中の戦力の大半を潰してくれたようだから、よしとしよう」


 セティーは何やら疲れたような表情で首を横に振った。


「ところで君は、誘拐された被害者の一人だよね。後で話を聞かせて欲しいのだけれど」


「はいはい、いーよ。被害者への聞き取りってわけでしょ。

 でもさぁ、やられっ放しってのは、どうにも性に合わないんだよな。端末やら装備やらも奪られたし」


 珍しくセヴェンも自分から首を突っ込む意欲を見せるが、当人が言う通り装備を奪われ、加えてこれまで軟禁されていた身だ。先程は共闘したものの、これ以上引っ張り回していいものだろうか。

 同じ一族の者達も心配していたし、本当なら家に帰した方がいいような気もする。

 そう言えば、セヴェン宛に預かり物があるのだった。

 今このタイミングで渡すことが正解かどうかは判らないが、思い出したのだから忘れないうちに渡しておこう。


「そうだ、セヴェン。ここに来る前に、セヴェンの家に寄ったんだけど」


「は!?」


 何故かセヴェンは顔を引き攣らせたが。


「大巫女って人から、荷物を預かっているんだ。セヴェンに会ったら渡して欲しいって」


「うっわ、マジかよ……」


 何故かセヴェンは天を仰いだが、中身を見た途端、その顰めっ面が緩んだ。

 だが、かと思えばにやりと、如何にも悪そうな感じの笑みに変わって。


「……ふん……さすが婆様だ」


 な、何が入っていたのだろう。

 セヴェンのその表情に、今度はアルドの表情が強張る。


「アルド!」


「む、セヴェンも無事だったのだな。

 して、そちらは……?」


 通路の向こうから駆け寄って来たジェイドとクロードが、警備員の制服を着たままのセティーを見て訝しげに眉を寄せた。

 だが彼等だって時折一緒にパーティを組んで、青い扉のダンジョンに潜ることはある。加えてヴァルヲがじゃれついているのだ、ほどなく見覚えある顔と白黒の二機にも気付いて「ああ、COAの」と警戒を解いた。


「COAが捜査に当たっていることは、つい先程知ったばかりでな。話の解る人物もいるから、可能な限り協力しろ、とのことだが……」


 このアジトにいた組織の面々は既に無力化したし、セヴェンの無事もこうして確認した。

 その上で他に何かやることがあるかとのクロードの問いに、セティーは頷く。


「実はここにいた奴等だけで全員じゃない。今日これから、奴等が主催する闇オークションがあるんだ。幹部クラスも含めた何人かはそっちに行っているし、『商品』として連れて行かれた被害者もいる。

 そちらの制圧及び被害者の救出に当たりたい」


「相解った」


「ああ、そういうことなら、俺も手伝うよ」


「私も!」


「ここまで来た以上、付き合ってやる」


「……そう言えば……アルド達が来る少し前に、何人か連れ出されたようだったな」


 では本日の『出品』にもしセヴェンが含まれていたら、彼とはすれ違いになっていたのか。

 今日これからオークションがあると聞いたからこそ、アルド達もセヴェンが競りにかけられる前にと急いで駆け付けたのだ。彼の無事を確認出来たのは何よりだが、だとしても、他に誘拐された人達が売られそうになっていることに変わりはない。

 紙一重の差で脱出、仲間達と合流出来たセヴェンは、アルドから受け取った荷物をぱへぱへ叩く。やられっ放しはごめんだと言わんばかりに。


「装備は奪られたが――婆様のこれがあれば、問題ない。俺も行く」


「大丈夫なのか? 今までずっと閉じ込められてたんだろ?」


「問題ないって言ったろ、アルド。ちょっとばかり体が鈍ってるかも知れないけどさ。俺くらいの天才なら、その程度はどうとでもなる」


「そうか……」


 そういう意味の「大丈夫なのか」ではなかったのだが、まあ、こうしてやる気を見せているのだし、体調不良の心配はないのだろう。

 全員参加で話が纏まったところで、セティーがオークション会場の同僚に連絡を取り、アルド達も捜査に参加する旨を伝える。通話時の口振りから察するに、アルドも知っている彼女が向こうにいるらしい。


「アルド、イオタ地区のオークションハウスは解るよな? その近くにある建物が、今回の会場だ。俺は報告と証拠データの解析を済ませたら向かう。先に行っていてくれ」


「俺も婆様のこれに着替えてから行くよ。すぐに追い付くから」


 言うなりクロックにそれらを指示するセティー、大巫女の荷物を掲げて見せるセヴェンに頷いて、アルド達は教えられた現場に向かった。



   🐾🐾🐾



 現場に駆け付ければ、セティーから連絡を受けていた彼の同僚が出迎えてくれた。

 背中まである金髪を耳の後ろで二つに束ねた、勝ち気そうな顔立ちの女性捜査官――レンリもまたこの時代におけるアルドの仲間の一人なので、話が早い。


「こっちよ、アルド。IDEAのみんなも、捜査の協力に感謝するわ」


「早速だけどレンリ、俺達は何をすればいいんだ?」


「今回は実にシンプルよ。正面から突入して素早く制圧、犯人グループを逮捕。

 見せしめも兼ねているから、派手に暴れて痛い目見せてやっても構わないわ」


「い、痛い目、って……今回は過激だな」


「……それだけひどい目に遭った人達がいるってことよ」


 トーンを落としたその声音から、静かな怒りを感じさせて。職業意識だけでは留まらぬような義憤が空色の瞳に燃えているのを、アルド達は見て取った。

 今回の事件、アルドが知る罪状は誘拐と人身売買だけだが、その裏には更なる巨悪が潜んでいるのだろうか。……調べたついでに何か知ったらしいクロードも、レンリの怒りに「さもありなん」と訳知り顔で頷いているのだし。

 何があったかも気になるが、今は目の前の任務に集中だ。


「痛い目とは言ったけれど、あなたなら適度に手加減はしてくれるでしょう?

 それじゃあ、配置に付いて頂戴。合図が出たら、一斉突入よ」


 レンリのその指示に従い、アルド達は会場が視認出来る路地にそれぞれ身を潜めた。ヴァルヲも近くに積んであるコンテナの上にちょこんと蹲る。

 そして彼等は、既に内部に侵入している捜査官からの連絡を待つ――


「今よ!」


 連絡を受けたレンリの声に応じ、彼等は一斉に会場の入口目掛けて駆け出した。

 見張りを無力化、突っ込んで来た勢いそのまま内部へ突入する。

 シャンデリアの煌めきを反射する真紅の絨毯の上を越え、分厚い扉を蹴破って。


「動かないで! この場の全員の身柄を確保します!」


 熱気と興奮で満ちていただろう会場内が、水を打ったように静まり返る――紳士淑女の化けの皮を被った参加者達が、呆気に取られた様子でこちらを凝視して。

 だがそれよりも壇上、今まさに手錠をかけられた少女が出品されていたところを見て取り、アルドは何とも言えない胸のむかつきを覚えた。

 一瞬の沈黙に続いて巻き起こるのは、罵声と怒号。

 主催者も客達も自分達の行いが非合法と知っている、そこに突入されればまず逃げ出そうとするわけで。

 だが捜査官達はそれを許さない。狙うは一網打尽――アルド達もそれに加わり、会場内にいた者達を次々に取り押さえて行く。見た目は立派な初老の紳士に口汚く罵られながらその腕を掴んで捻り上げるアルドは、壇上の少女がレンリによって保護される様子を視認、少しばかり胸を撫で下ろした。


「レンリ捜査官! 幹部の一人を取り逃がしました!」


「まだ遠くには行っていないはずよ! 絶対に捕まえるわ!」


 一網打尽にすると言った傍から逃げられ、レンリは悔しそうに顔を歪める。

 それでも別の捜査官に商品の少女を任せ、すぐに逃走した幹部を追うため駆け出した。

 手近にいた数名を無力化、拘束したアルドも、彼女を追う。


「レンリ!!」


「アルド――あら?」


 追ってきたアルドに気付いて、レンリは目を瞬かせたが、懐から響くコール音に気を取られて。


「セティーから? ちょっとごめんね、アルド。

 ……何なの? 今、急いでるんだけど」


 足を止めずに通話に出たレンリは、セティーに一体何を言われたか、たちまちのうちに不機嫌そうな顔になる。


「解ってるわよ、だから今、追跡を――

 ……え。あ、あら、そうなの。情報提供感謝するわ。……ええ、今から向かうから」


 不機嫌丸出しのまま通話を終え、溜め息一つ。

 顰めっ面のまま振り向かれ、アルドは少したじろぐけれど、レンリも彼に対して苛立っているわけではないのだろう。多分。


「……逃げた幹部は、テレポートに向かったらしいわ。セティーとセヴェンもそっちに向かってるって」


「それじゃあ、俺達も急ごう」


「ええ」


 不機嫌をいくらか燻らせているようだが、アルドの促しにレンリは素直に頷いて、端末を仕舞い込んだ。

 ……どういう表現を使ったんだ、セティー。



   🐾🐾🐾



 そして現場は他の者達に任せ、アルドとレンリはエアポートに向かう。

 いつの間に追って来たか、気付けば足元をヴァルヲが走っていたが、いつものことだ。

 セヴェンとセティーもこちらに向かっていると言うから、まず合流するとして。


「こっちだ、アルド!」


 その声に振り向けば、セヴェンが手を振っているのが見えた。その横のセティーは白黒の二機と共に周囲を警戒しているようだ、が――


「セヴェン、その服……」


「ああ、あんたが婆様から預かってくれたやつさ。正装なんて大仰なもんじゃあないが、俺達シャーマンの戦闘服ってとこかな」


 言われてみれば先程アジトで別れる直前、セヴェンは「着替えてから行く」と言っていたっけ。

 その頭を覆うのは、普段の白いニット帽ではなく、滅紫けしむらさきのフード。前開きのロングジレの襟元から、オレンジ色のグラデーションが混じる長い菫色の髪が零れる。平素は丸出しの腹筋はハイネックのインナーでちゃんと隠れているが、袖はないので今度は両肩が丸出しなわけで。

 だが目を引くのは普段と違う衣装よりも、黒光りする厳つい篭手。ライムグリーンの宝玉がいくつか埋め込まれた黒銀に、ごつい鋲が並んだ黒い革のベルトが絡まる。

 アルドの視線に気付いてか、セヴェンはその篭手を見せるように手を掲げた。


「ま・俺には元々プリズマなんか必要ないんだけど、何もないよりも少しは何かあった方が楽なことは確かだからな」


「これ、ゼノ・プリズマじゃあなくって、天然のプリズマじゃないのか……?」


「なわけないだろ。まあ、ゼノとも違うが、さすがにこれ以上はアルドにも言えないな。

 それよか、急いでるんだろ。逃げられる前に捕まえないと不味いんじゃねーの?」


「そ、そうだな……」


 何だかすごく気になるものを見てしまったが、それはそれ。ひらひらと揺れるジレのドレープにヴァルヲがうずうずしているが、それもそれだ。

 レンリからも促され、アルドとセヴェンは改めて逃走犯を追跡する。

 相手が所有する端末は既にクロックが捕捉しているから、リアルタイムでその位置情報を把握出来る。そこから進行方向を予測、ふた手に分かれて挟み撃ち。


『待て待てーっ! えいっ!』


「神妙にお縄に付きなさい!」


 逃走犯の背中に激突したレトロの後ろには、それぞれ得物を構えたレンリとセティーが控えている。幹部の女はレトロアタックにもんどり打って、それでも身を翻して別の通路に逃げ込もうとするが、そちらにはアルドとセヴェンが待ち構えているから。


「チェックメイトだ」


 悔しげに顔を歪める女とは対象的な涼しい表情で、セティーが陽光にきらめく金髪を軽く揺らす。

 そのスカした仕草が余計に癇に障るのか、女は拳を握り、ぎりぎりと音が聞こえそうなほど歯軋りをして。


「くっ……!

 折角、折角IDAスクールの何とか言うゲームに潜り込んで、やっと見つけたシャーマンなのに! 既に何人もの顧客から、言い値で買うとも言われてたのに! こんな所で……!」


「そう言った話は取調室でじっくり聞いてやる」


 COAの二人は改めて武器を構えるが、幹部の女が零した怨嗟の中に、アルドとしては聞き逃せない要素があった。


「IDAのゲーム……?

 もしかして、LOMの不調はあんた等のせいか!?」


「はぁ? 知らないね、そんなの。

 ああ、でも無理矢理入り込んで、そっちの坊やを攫いやすいよう脳波に干渉したから、その時の影響で多少システムに不具合が出ても、可怪しくはないかもね」


「やっぱりあんた達のせいじゃないか!」


「あー……道理でログアウトした後、妙に頭がふらふらすると思ったんだよなぁ……」


 そのせいでLOMを日頃の楽しみにしている学生達はいくらか気落ちしているし、フカヒレちゃんを始めとする開発チームは必死になって復旧作業に当たっている。

 幹部の女は「たかが学生の遊びじゃないか」と吐き捨てるが、そのたかが遊びだって大事にしている者は沢山いるのだ。


「どっちにしても、不正アクセスは法律で禁止されているわ。罪状追加ね」


「う、うるさい……うるさいっ、うるさいうるさいうるさい」


『頭上からエネルギー反応!! こちらに向かっています!!』


「うるさぁああああああああああああああああいっっ!!」


 破れかぶれのように喚くその声が、重量感ある轟音に掻き消された。

 直前にクロックが警告した通り頭上から降って来た、二足歩行の巨大なマシン――アガートラムのせい。

 絶叫した女は、脱兎のごとく走り去ったヴァルヲ並の素早さで、その背後に身を潜めた。だが彼女がヴァルヲと違うのは、黒鉄のボディを盾にしつつアルド達を睨め付けていると言う点か。


「ただで捕まるものか! やれ!」


 がなり立てた命令に従い、アガートラムは左右のアームを獰猛に回転させ始めた。

 勢い良く回転するドリルアームが、アルド達を狙う――あの一撃、真面に食らったらただでは済まない。


「テイルウィンド」


 だがそれよりも早くセヴェンが作る風の壁に包まれ、彼等は強烈な一撃を素早く回避した。

 横飛びで避けたアルドは続けて重厚な鋼鉄に斬りかかるが、流石にこの巨体が相手では満足なダメージを与えられない。

 これまでの経験から、アガートラムにはその重量ごと吹き飛ばすような力強い打撃が効果的と知ってはいるが、アルドの剣は鋭く斬り裂くためのものだ。シャーマン達を気絶させる程度の衝撃が精々である。レンリの斧もまた然りだし、セティーの槍では重い打撃など尚更望むべくもない。

 この場で唯一『殴る』攻撃が出来そうなのは、セヴェンだが――だが魔法に特化した彼の腕力ではいくら杖で殴ったところでたかが知れているし、加えて今の彼は杖を持っていない。

 ――と、思いきや。


「言ったろ。やられっ放しってのは、性に合わないんだよ」


 はッ、と吐き捨てるセヴェンは黒銀の篭手に魔力を纏わせ、振り被った。

 ライムグリーンの輝きが渦を巻き、彼の拳を小さな竜巻が鎧う――


「よっ、と」


 菫色の長髪とジレのドレープが、風を孕んで大きく翻った。

 気のなさそうな声と共に撃ち込んだ正拳突きが鋼鉄のボディを穿ち、拳の纏う竜巻に抉られたアガートラムの巨体は、回転しながら吹き飛ばされて。

 エアポートの狭い地面から弾き出され、錐揉みしながら遥か彼方の地上へと落下して行く――


「ねえ、何で俺に喧嘩売ろうと思ったの?」


 溜息混じりに気怠く見下すセヴェンは、ある意味、いつも通りだった。



   🐾🐾🐾



 大規模なメンテナンスを終えたLOMが再始動する前に、アルドとマナとそしてセヴェンはパーティを組んでバグ探しに勤しむ。

 件の組織がLOMのシステム内に侵入したのも、IDAスクールの生徒達が一定数以上プレイしているため。セヴェンのようなシャーマンに限らず、商品となりえそうな少年少女を物色する目的だったと言う。彼と同時に攫われた二人も無事に保護されたそうで、何よりだ。

 覗き見目的に侵入されたLOMの開発チームとしては、堪ったものではなかろうが。事実、作業を終えたフカヒレちゃん達は、今にも死にそうなほどの顔色だった。


「みんな楽しみに待っとってくれてんねや~開発者冥利に尽きるってもんやね~……ぐばふっ」


 ……今はとにかく、ゆっくり休んで貰おう。

 そんな思いも込めて、アルド達は目を皿のようにしてバグを探す。

 しかし実際のゲームプレイはともかくこういった作業にはあまり興味のなさそうなセヴェンも参加するとは、予想外だった。


「……さすがに同じ手は二度食いたくないからな」


 レンリの宣言通り例の組織の者達は一網打尽にされたから、セヴェンが狙われることもない……と、必ずしも言い切れないのが、世知辛い。


「ま・そーいう存在だからなぁ、俺達は。

 能力を信じない奴等には嘘吐き呼ばわりされるし、信じる奴等も奴等で……まあ、アルドみたいな真面な例外もいるだけ、まだいいけどさ」


「真面なのに例外なのか?」


「多い方が正しいなんて誰が決めたんだよ」


 それもそうだ。

 ふんと鼻を鳴らすセヴェンは、長い髪を翻してフィールド内を歩いて行く。LOMのシステムと同時に被害を受けた彼は、一つ気になる箇所があるのだと言う。

 その目的地に向かう途中、セヴェンは小さく呟いた。


「そう言えば、さ。うちの奴が悪かったな」


「え? ああ……」


 シャーマン達の居住区で終始こちらを敵視していた、葡萄色の髪の青年のことだろうか。

 攻撃されたし睨まれたし威嚇されたけれども。


「でも、あの人もセヴェンを心配してのことだったんだろ」


「だとしても過保護が過ぎるだろ……昔っからそーなんだよ、俺に対しても色々口うるさいしさぁ。そも、普通に喋ればいいのに、声がでかすぎるし。

 あんたのことだから気にしてないって言いそうだけど、代わりに謝っとくわ。

 それと……まあ、その……言いそびれてたけど、あんた等にも心配かけたな。悪かった、っつーか……あ、ありがと、な」


 言葉の最後の方はごにょごにょと不明瞭だったし、ぷいと顔を背けてこちらを見ようともしないし、表情乏しいアバターだけれど。

 そんなセヴェンに、アルドとマナは顔を見合わせた。現実の自分の体なら、お互いにっこりと笑い合っているところだ。


「どーいたしまして」



 🐾🐾🐾



 助けに来てくれた仲間達に礼は言ったセヴェンだが、気恥ずかしさもあって目は合わせられないまま。

 電脳空間の中とは言え、物理的な距離も取りたくなって、自然と二人を置き去りにするような早足になってしまう。

 それでもアルドとマナは彼の後に付いて、“廃村”フィールドへと足を踏み入れた。彼等の存在を背後に感じながら、セヴェンは酒場の扉を潜る。


「うわ、まだいた」


 視線の先には、くすんだピンク色の鬣を持つ、犬のような馬のような四足獣。

 夢意識の獣。

 セヴェンはあずかり知らぬことだが、かつて電脳空間に散り散りになった、マナの意識の欠片。

 LOMに干渉したマザーへの交渉材料としてアルド達が集め、昏睡状態に陥っていたマナはあの通り蘇ったけれど――


「バグ……トレナイ……イヤダ……ミタクナイ……」


 話しかけてもこの通り、譫言のように繰り返すだけ。

 見た目はともかくただのバグと思っていたが、どうやら認識を改める必要がありそうだ。フカヒレちゃんから教わったデバッグも効かないし、アルド達が言っていたマザーの干渉でもあるのだろうか。

 ま、別にいいけど。

 獣の前で何となくしゃがみ込んでいたセヴェンは、溜息混じりに立ち上がった。オレンジ色のグラデーションが混じる長い菫色の髪が、肩口からさらりと零れる。

 そんな彼の背後から、聞き慣れた声が。


「セヴェン、ここにいたのか」


「何かあるの?」


 振り向けば酒場の入口、アルドとマナがきょとんとこちらを見つめていて。

 セヴェンは足元の獣を一瞥、自分達ではどうしようもないバグと判断し、これ以上は何もしないことにした。


「いや、別に」


 フカヒレちゃんに報告だけしておこう。

 わざわざ酒場まで寄って何もしないことに二人は首を傾げるが、入り口の方へと歩を進めるセヴェンを見て、「これで全部だよな、そろそろ戻ろうか」とログアウト。

 さて、自分もそろそろ現実世界に戻ろうか――


「…………………………………………」


 何か、聞こえた。

 不思議に思い、ログアウトしようとした手を止めて周囲を見回す。だが声を、音を発しそうなのは、自分の他には件の獣しかいない。

 気のせいだろうか。

 セヴェンは首を捻りながらも、LOMから退出する――

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時津仇風 ぎんいろうさぎ @ArgentumLepus

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