IDA
サキから受け取ったマップデータに従い、アルド達はエルジオンの一角に向かう。
一見してごくごく普通の住宅街だが――それでも急激な治安の悪化ゆえか閑散とした道には、通行人の一人どころか猫の子一匹見当たらない。
かと、思いきや。
「……何者だ」
警戒混じりの誰何の声は、男性のもの。
気付いた時には複数の気配がアルド達を取り囲んでいた。
身構え、辺りを見回せば、建物の中からそして路地から、フードとマントで全身を隠す集団に取り囲まれていて。
彼等がこの地区に住まうシャーマン達だろうか。
「ただの通りすがり……とは、思えぬな」
アルド達の行く手を阻むように立つフードの男は、戦闘もやむなしとばかりに杖を構えた。
黒銀の柄にあしらわれた、ネオン管のような冴えたブルーが特徴的なそれは、どこかで見たようなデザイン。
「セヴェンの杖に似てる……?
っ、わ!?」
「アルド!」
思わずアルドが零した刹那、男が鋭く杖を振るった。
刹那の間にアルドの足元すれすれを氷の槍が穿ち、ヴァルヲが飛び上がる。
咄嗟にアルドは剣の柄に手をやった。ジェイドに至っては更に気が早く、既に槍を抜き払って臨戦態勢。
だが緊張高まる彼等よりも、周囲の敵愾心の方が上――
「あれの名を知るか――どこで! あいつをどこで知った! IDAの生徒とでも名乗るか!? そのような肩書きに誤魔化されるか!」
「っ、待ってくれ! 俺達はただ、セヴェンに会いに来ただけ――」
「戯言を! 我等が力をこれ以上悪用されて堪るか!」
目の前の男は続けて杖を振るい、無数の氷の矢を降らせる。
のみならず周囲の者達もそれぞれ、攻撃魔法を放って来て。
激昂する口振りから察するに、彼等はセヴェンと同じ一族のシャーマンで、そしてどうやら誰かにその稀有な能力を狙われている……のだろうか。
そんなつもりは微塵もないアルドとしては、穏便に話し合いたいのだけれど。
「どうやら戦って切り抜けるしかないようだな、アルド!」
「くそ……やるしかないのか!?」
歯噛みしてアルドは、抜剣と同時に振り抜いた。火の力を纏った斬撃が、氷の矢を斬り捨て、融かす。
ジェイドもまた白熱した刺突で、別方向からの鋭利な風刃を貫き、威力を殺す。
相手の攻撃が魔法だけならば、マナの無差別スキル――クイーンオブハートは非常に有用。自分の魔力が格段に下がると同時、体力が漲るのを感じたアルドは、強化された身体能力を活かして鋭く剣を振るった。
彼等を極力傷付けぬように。
同じく魔力を落とされた彼等も身体能力は上がっているのだが、肉体を使った戦闘はあまり慣れていないようだ。その動きから戸惑いが見て取れる。
だから刃先で斬るよりも、腹で殴るようにしながら。それだって相応の威力で薙ぐのだから、相手に怪我をさせてしまうことに変わりはないのだけれど――
「そこまでじゃ」
数名を殴り倒したところで、嗄れた老女の声が修羅場を裂く。
破鐘のような、という表現がぴったりな大音声が、敵味方関係なく動きを止めた。
戦う手を止めた一同は、揃って声の主を見る。
『大巫女様!』
地に付くほど長い白髪を揺らす、小柄な老女。
肉体の幼いマナとさほど変わらぬ体格だが、杖で力強く地面を打ったそれだけで、びりびりと空気が震えるほどの、気迫。
アルド達に襲いかかった彼等が一斉に跪いたのは、その迫力に圧されてか。
先程までの騒ぎが嘘のような沈黙の中、大巫女なる老女は呆気に取られて佇むアルド達に静かな視線を向けた。
「客人よ、まずは一族の者の非礼を詫びよう」
「大巫女様!」
抗弁しようと顔を上げた一人を、大巫女は冷たい視線で黙らせる。
「まずは頭に昇った血をどうにかせよ。その上で改めて、この者共を視るがよい。
……判らぬか? 我等が力を悪用しようなどと考える輩に、精霊が斯様な加護を与えるわけがなかろう」
アルド自身は精霊の加護に覚えがないが――四大幻霊から貰った武具は持っているが、あるいは竜神の力だろうか――フードの一同は大巫女の言葉に従いこちらを見て、身動ぎする。
大巫女の言う加護とやらを感じ取ったのだろうか、たちまちのうちに彼等の戦意が萎んで行くのが判った。それでもなお、最初に氷の槍を放った男は悔しそうに鼻を鳴らしたが。
アルド達も武器を納めたのを見て、大巫女はくるり背を向ける。
「客人よ、こちらへ。歓迎しようぞ」
付いて来い、と言うことなのだろうけれど。
ジェイドは露骨な警戒を見せ、マナも顔を強張らせつつアルドを見上げる。
戦闘が収まったと見てか、どこからかとことこ姿を表したヴァルヲも、もの問いたげにアルドを見て。
アルドは二人を見返し、大巫女の小さな背を見て、頷いた。
「……行こう」
元々セヴェンを探しに来たのだ。
🐾🐾🐾
大巫女に導かれ足を踏み入れたその部屋は、これまでお邪魔したエルジオンの一般家庭とさほど変わらぬ……ようであって、民族的あるいは古典的な装飾があちこちに見受けられる。
勧められるままアルド達は椅子に腰掛け、出された茶を口に運んだ。ジェイドは警戒丸出しでカップに指一本触れないが、大巫女の背後に控える眼光鋭い葡萄色の髪の青年――氷の槍を放った彼の存在もあるのか。ついでに言えば、ヴァルヲも猫特有の警戒心を発揮して、アルドの膝の上から青年を凝視する。
「改めてようこそ、客人よ。
妾は――そうさの、其方等が望む答えで表すなら、セヴェンの祖父の妹に当たる」
「つまり、セヴェンの家族……?」
「左様。IDAスクールでは、あれが世話になっているようじゃの。
ここへは、あれに会うために来たのであろ?」
「あ、ああ。ここ数日、スクールに来ないし、連絡も付かないから、心配で……」
「ほほ。こうもその身を案じてくれる友がおるとは。よき、よき」
皺くちゃの顔に喜色を浮かべ、大巫女は心底嬉しそうに笑う。
しかしその笑いも、すぐに憂いの溜息に変わってしまった。
「実を申せば、其方等のことはあれもよう口に出しておったからの。
それほどの仲であること、精霊の加護を持つこと――その二つを考えれば、其方等には話しても構うまい」
「大巫女様……!」
「其方はしばし口を噤んでおれ。先に手を出したのは其方であろ。セヴェンが連れ去られて気を張るのは解るが、もう少し冷静になりや」
「…………………………………………失礼しました」
葡萄色の髪の青年は大巫女の言葉に恭順を示したが、それでも納得が行かぬとばかりに、彼女の背後からアルド達を睨み続ける。露骨な敵意を向けられ、アルドもマナも困ってしまうが、ジェイドとヴァルヲは対抗するように睨み返す有様。
出来れば穏便に済ませたいのに。
しかしこの大巫女、さらりととんでもないことを言わなかったか。
「待ってくれ! 今、セヴェンが連れ去られたって……」
「左様」
聞き咎めた一言について慌てて問い返せば、大巫女は渋い顔で肯定した。
「我等の力については、セヴェンから聞いておろうな。
ゼノ・プリズマに頼ることなく、己が力のみで斯様にエネルギーを変換させる――」
言葉で説明しながら大巫女が軽く手を振れば、窓も締め切った室内に一陣の風が吹き抜けた。
「ゆえに我等を狙う者は、別段珍しくもないのじゃ。
この力をプリズマ代わりにせんと欲する者、ただ物珍しいと言うだけで欲しがる者、動機は様々であろうが、我等にしてみれば薄汚い欲望を向けられていることに変わりはない。
それゆえ無闇に力を誇示するなとも、言い聞かせておったのじゃが……どこで誰に目を付けられるか判ったものではないからな。世の中、其方等のような者ばかりとは限らぬからのぅ。
ところが」
言葉を切り、大巫女は深々と息を吐き出した。
いくらか疲れたような表情で、顳顬に手を当てながら続ける。
「ところが――我等の力に興味を持ち、研究材料にせんとする者共に、あれの存在が知られてしもうたようでの」
「あ……」
思わずアルドは、口を押さえた。
いつだったか――プリズマに頼らず自然の力を活用したいと言う科学者に出会ったことがある。セヴェンも少し興味があるようだったし、もし自分達で役に立てるのならと、彼を誘ってゼノ・ドメインまで会いに行ったのは、他でもないアルド自身だ。
精霊魔法の研究で一儲けしたいと清々しいまでに自分の欲望に忠実な科学者、研究自体はさっぱりだったわけだが。
「その……済まない」
セヴェンの存在が知れ渡ってしまったのは、その科学者がきっかけかも知れない。
もっと言ってしまえば、彼を誘った自分の責任――そう考えると非常に言いにくいことではあったが、アルドは正直にそのことを明かし、謝罪した。
すると青年は解りやすく激昂するが、またも大巫女に留められて。
「我慢なりません、大巫女様! そも、こやつが余計なことをしなければ、セヴェンは……!」
「だとしても、ここでこの者を責めて何になる。
だが――そうさの。我等が同胞が敵の手に落ちたのは、其方の軽挙が原因とも言えるしのぉ」
皺に埋もれた薄水色の目を細め、大巫女はアルドを直視する。
葡萄色の髪の青年の恫喝よりも余程心臓に悪い、静かな威圧に、アルドは謝罪と反省しきりである。マナも不安そうにそわそわと体を動かし、青年と睨み合っていたジェイドもさすがに居心地悪そうに明後日の方向を向いた。ヴァルヲに至ってはびくりと身を竦ませ、アルドの上着の中に潜り込む始末。
そんな少年少女と黒猫に追い打ちをかけるように、大巫女はにたりと笑った。
怖い。
「で、あれば――あれの救出に協力せよと言われれば、否やはあるまい?」
「あ、ああ。元々俺達は、セヴェンが心配でここに来たんだ。
仲間が危険な目に遭っていると知って、放ってはおけないさ」
自分が原因かもしれないと思えば、尚更。
意気込み頷いてしまったが、それからアルドはジェイドとマナを振り向いて。
「二人もそれで、構わない……かな?」
「……今更だろ」
「うん! セヴェンさんを助けないとだね!」
ジェイドはやや投げやりに、マナは力強く承諾してくれた。よかった。
事後承諾ながらも仲間達の同意を得たところで、アルドは改めて大巫女を見つめた。
その視線を受けた大巫女は、威圧を消して鷹揚に微笑む。
「では、受けて貰えるな?
あれを」
「はッ」
大巫女の指示に応じ、葡萄色の髪の青年が部屋の隅にひっそりと置かれていた荷物を手にした。マナの細腕であれば一抱えはありそうな、少しばかり嵩のある包みである。
青年はその荷物をアルドに差し出した。受け取れと言うことなのだろうが、その真意を図りかねてアルドが見つめても、ただ無言で荷物を突き付けるだけ。
よく解らないながらもアルドはその荷物を受け取った。中身は何が入っているのだろうか、体積の割に重量は手応えのない。
「もしセヴェンに会えたら、それを渡してやってはくれぬかの」
「セヴェンに?」
「うむ。頼んだぞ」
「解った」
中身は何か判らないが、託された――と言うことだろう。
尚更セヴェンが無事であることを祈るばかりだ。
🐾🐾🐾
大巫女から託された荷物と情報とを持ってIDAスクールへと戻ったアルド達は、改めて額を突き合わせる。
セヴェンが置かれている現状は判ったが、彼の居場所は未だに掴めぬままなのだ。彼の一族のシャーマン達もいくつか当たりを付けてはいるものの、特定には至っていないと言うし。
どうしたものかと首を捻りながらもスクールに戻ったアルド達は、出迎えてくれたサキと共にIDEAの作戦室に向かった。この件に関してクロードは調べることがあると言っていたし、まずは情報の共有をしよう。
「やあ、アルド。話は聞いているよ」
穏やかな微笑を湛えた白皙は凪いだ湖面を思わせる静けさ。それを縁取る、長く真っ直ぐなプラチナブロンドを、蝶の羽にも見える黒いリボンで飾る。華奢ながらも均整の取れた肢体を包むは、当然ながらIDEAの白制服。
少数精鋭の自治部隊から全幅の信頼を寄せられている、彼等の長――IDEAの会長を務める、イスカ。
アルドにとっては、彼女もまたこの時代で出会った冒険の仲間。
スクール内でも限られた人間しか出入り出来ないIDEA作戦室に、メンバー外であるアルドがこうして立ち入ることが出来るのも、イスカから、延いてはIDEA一同から認められているため。
加えてイスカとクロードは、ジェイドにも一目置いているわけだが。サキの身内であることも抜きにして。
作戦室に集った彼等は当初の予定通り、各々の得た情報を開示、共有する。
まずはアルドが、大巫女から聞いた話を掻い摘んで説明した。
「セヴェンの……シャーマンの力が珍しいことは知っていたけど。でもあの時に俺があいつを誘わなければ、今こうして攫われることはなかったはずなのに……」
「いや、アルド。君が彼をその科学者に引き合わせなかったとしても、遅かれ早かれ狙われていただろう。
君の時代でもプリズマなしに力を使うなんて考えられないことだろうが、地上を離れ、自然の力から離れたここエルジオンでは、より稀少なものとして捉えられるからね」
「イスカ……」
「それに、だ。過ぎたことをどうこう言っても始まらぬだろう?
尤も彼がスクール内で襲撃を受けたことを考えれば、我々とてそうも割り切って考えられないのだが」
クロードが険しい表情で溜息を吐く。
「監視カメラにも、彼が自分の足で敷地の外に出る様子は、映っていなかった。同じ日に消息を絶った他二人も、また然りだ。
つまり我等の学舎に不審者の侵入を許してしまった、と言うことだな」
自分達が主体となってスクールの治安を守っていると言う自負ゆえに、クロードが歯噛みする。他のメンバーもそれぞれ表情や仕草に悔しさを滲ませて。
日頃穏やかな微笑を絶やさぬイスカも、今ばかりは眉を寄せて腕を組む。
「再発防止のためにも、警備の強化が必要だね。そして攫われた生徒達の早急な救出もだ。
と言っても――ジェイドから聞いているかな、被害者の人数が人数だから正直こちらでの優先順位はあまり高くない。それでも我がスクールの生徒が被害に遭っている以上は見過ごせないからね、調べてはみたよ。
彼等から受け取った情報を予めジェイドが送ってくれていたから、君達がここに来るまでに終えることが出来た」
「……その方が早く片付くと思っただけだ」
「受け取った位置情報のどれも、人身売買を行う非合法な組織のアジトだね。
加えて犯人の痕跡から足取りを辿り、そこから絞り出した結果、彼はこの建物に捕らえられていると我々は判断した。
そしてヒスメナが調べたところでは、彼等組織の主催する闇オークションが、今夜行われるそうだ」
「それじゃあ……急がないとセヴェンは今日にも……!」
「ああ。買い手が付いて連れ去られたら、追跡も困難だ。
済まないが、先程も言った通りの優先順位があるから、私達は現場に行くことは出来ないけれど――クロード」
「任せて貰おう」
――と言うわけで。
アルドは勿論マナにジェイド、そしてクロードは各々獲物を携え、現場を目指す。
🐾🐾🐾
セヴェンが囚われていると目されるのは、エアポートにほど近い倉庫街――
アルド達は気配を殺し、周囲の様子を窺いつつ、目的の建物に近付く。
物陰に身を潜めて入り口を確認すれば当然と言うべきだろうか、警備ドローンがふよふよと飛び回っている――が、ドローンと言うものは弓や槍で刺されると脆いものだ。そしてここにいるアルド以外の三人は全員、突タイプの武器を手にしている。
迅速に無力化し、建物内部に突入――
「しまった! まだドローンが……」
突入しようとドアを抉じ開けていれば、見落とし撃ち漏らしていた別機に発見されてしまった。
たちまち鳴り響く警報に、他のガードマシンや警備員達も集まって来る。
「何だ、お前達は!」
「その制服、IDAスクールのガキ共か!?」
口々に叫ぶ彼等は、こちらの素性が何であれ無事に帰すつもりはないのだろう。
それにどちらにしてもここを突破せねば、セヴェンの救出もままならない。
発見されてしまった迂闊さに歯噛みしながらアルドは剣を抜き、同じく得物を構えた仲間達も戦闘態勢に入る、けれど。
「はぁああああああッッ!」
素早く突き刺し払った銀赤の熱風が警備員達の足と闘志を鈍らせ、空隙を作る。
「見事だ、私も負けていられぬな!」
間髪を入れずに吹き抜けるは、翠色冷光の鏃。
「アルド! 先に行け!」
「ここは我等が引き受けた!」
「ジェイド! クロード……!
ありがとう、ここは頼んだ!! 行くぞ、マナ!」
「うん!」
アルドとマナ、そしてヴァルヲは透かさず地面を蹴り、浮き足立つ門衛の隙間を縫って建物の中へと飛び込んだ。
警備員達は慌てて二人と一匹の侵入を止めようとするが、ジェイドとクロードがそれを阻む。
「通さぬよ、ここは。
……ふ、我等を通すまいとしていた君達が、逆にこうして足止めされると言うのも、面白い状況だな」
「言ってる場合か」
敵意丸出しの面々にぐるり囲まれつつもクロードは不敵な笑みを見せ、一方ジェイドは厳しい表情で舌打ちする。
それでも目の前の敵を倒し、仲間達の元に向かわんとする意志は、双方共等しく。
「……背中は任せた」
「ああ。
来るなら、来い。我等が道の邪魔はさせん」
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