第2話

 ぼくは主人公という存在が許せない。憎んでいると言っても、過言ではない程に。ではなぜ憎んでいるのか? 答えは単純明快だった。ぼくは主人公にまつわるご都合主義が、そこに存在するヒロインが、悪運だなんて言葉が、血沸き肉躍るバトルが、心揺さぶる感動が、甘ったるい恋愛が、猟奇的連続殺人が、物理法則を裏切る現象が、存在しないはずの現実が、誰かを守るための嘘が、信頼に足りうる仲間が、登場人物以外登場しない世界が――そんな物語の全てが、嫌いなのだ。

 だから主人公を憎んでいるというより、物語そのものを憎んでいると言った方が、より正鵠を射ているのかもしれない。

 僕がどうしてそこまで物語を憎んでいるのか、主人公を嫌い、ご都合主義を破壊しようとするのか、そんなことはどうだっていい。理由なんて必要ないし、いくらでも後付けできる。動機など所詮は副産物でしかないのだから。それより問題なのは、世界には必ず物語が生まれるということにある。ここで言う物語は小説でも、漫画でも、してやアニメでもドラマでもなく、無論ドキュメントや奇跡なんてチープなものでもない。

 あるべきしてある――そう表現する他ないほどに、ご都合主義に埋没した、運命としか呼称しようのない絶対。謀られ続ける予定調和。

 いくら運命だと着飾ったとしても、そうするしかなかったと言い訳をしても、選択の余地がなかったにしても、よしんばそのことに心を痛めていたとしても、彼ら彼女らに巻き込まれた万象には代償があり、必ずどこかで対価を支払う誰か、何かは存在する。付けを払わされる、登場人物に名前の載らない、なんの描写にも描かれない、その他群衆モブにすら成りえない、物語のあらゆる要素から排斥された、いわば物語の構成物質システム

 物語の構成物質ぼくらは、決して主人公になりたいわけじゃない。《資格》がないことを不幸だと哀れんでほしいわけでも、同情して欲しいわけでもない。寧ろ、無くてよかったと思っている。《資格》が無いってことは、ならずにすんだってことだから。

 だけど世界は、まるで何かの法則で縛られているかのように物語が誕生する。何もなかった場所で奇跡が生まれ、予定調和がつづられる。ご都合主義に守られた、安全なプロローグが始まる。ハッピーエンドかバッドエンドか、そんなことは些細な問題ですらない。成長しない主人公がいないように、堕落しない主人公もおらず、ならば彼らが、不変であり続けることはできないのだと思う。

 不変でいることは可変するよりも難しい。

 変わらない日常から、躍動する物語を求める。

 だけど、仮令世界がそんな風にできているのだとしても。ぼく以外の他人がどれほど物語を求めていようとも。認めることはできない。だってそれは、積み重ねた努力を。存在しない友情を。儚い恋心を。裏切られた優しさを。見抜かれた嘘を。培った鬱憤を。貯蓄した財産を。狂った現実を。鬱ぎ込んだ自虐を。間違った感性を。閉じ込めた笑顔を。流される正しさを。曖昧な記憶を。崩れた感覚を。苦しい言い訳を。僻んだ事実を。彼や彼女らを――否定するのと同義だから。

 ……まあ結局の所、御託を並べたところで戦えやしないが。戦うのは主人公の専売特許だ。ぼくらに戦う権利はない。しかし破壊するのは、決して主人公の専売特許という訳でもあるまい。腕さえあれは金槌を振り回すくらいのことはできよう。腕がなくとも脚で蹴ればいい、脚がなければ顎で噛み砕くまでだ。

 物語を紡ぐ者が居れば、物語に終止符を打つ者もいる。けどそれだって同じ物語の中でしかない。ならぼくはその外側から――認知されない物語の無意識から、物語を破壊しよう。二度と同じ過ちが繰り返さないように、世界を修正する。或いは矯正する。そのためなら僕は手段を問わない。

 ――さあ、お開きを開始しよう。

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